アジアの眼〈52〉
演じる側の俳優から作る側にチャレンジ
――日本を代表する国際派女優 島田陽子

アート・フェアを目前に控え、出張前に画廊スペースで日本を代表する国際派女優の島田陽子(以下、島田氏)を取材した。今まで出演した映画は約150本、及び数多くのドラマに出演してきた。熊本県出身の彼女は、幼い頃からバレーを習っていたこともあり、すらりと長身で細身の彼女は同世代から背が高すぎると言われることもたびたびあったという。着物が似合う女優とのイメーシが強く、様々な映画に出演し、アメリカ映画『将軍』や中国映画『鄭成功伝』にも鄭成功の母親役として出演している。

島田陽子事務所提供

これまでに出演した映画やドラマの中でも特に印象に残っている映画を尋ねると、『犬神家の一族』(1976年)、『龍馬を斬った男』(1987年)だった。

出演作は、『夜霧の訪問者』(1975年)、『球形の荒野』(1975年)、『トラック野郎 望郷一番星』(1976年)、『白昼の死角』(1979年)、『黄金の犬』(1979年)、『将軍』(1980年)、『リトルチャンピオン』(1981年)、『花園の迷宮』(1988年)、『リング・リング・リング 涙のチャンピオンベルト』(1993年)、『ゴト師株式会社スペシャル』(1995年)、『ハンデット』(1995年)、『クライング・フリーマン』(1996年)、『國姓爺合戦』(2002年)、『真紅』(2005年)、『Dear Heart 震えて眠れ』(2009年)、『日帰り女子一人旅へ出かけませんか?』(2010年)、『島田陽子に逢いたい』(2010年)、『明日泣く』(2011年)、『サンタクロース』(2015年)、『カノン』(2016年)など枚挙にいとまがない。時には自分でも数え切れないほど多くの映画出演だ。

島田陽子事務所提供

島田氏は1953年生まれの熊本出身の女優である。劇団若草出身で、1971年のテレビドラマ『続・氷点』での辻口陽子役が当たり役となり人気を博す。1980年に米国のテレビドラマ『将軍 S H O G U N』(映画編集版も上演)でヒロインを演じ、米国でも国際派女優として活躍する。

N H Kでは、日仏共同制作の『ビゴーを知っていますか?』(1982年)や大河ドラマ『山河燃ゆ』(1984年)にも出演した。長身・細身で黒髪の島田氏は、甘いエクボがある美貌で、かつミステリアスで迫力ある演技には、演技派女優としての独特な雰囲気を醸し出している。愛と生と死、その裏に見え隠れする人間関係を彼女はリアルにみずみずしく演じてきた。愛するから信じ続けるのか、裏切られるから「愛」が「恨み」に変わり、人間を幻滅させ、「死」へと向かわせるか。ドロドロとした愛憎劇のヒロインを演じ続けた俳優であり、役作り一つ一つに真剣に取り組んだ形跡は映画の数々に刻まれている。

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愛と信頼と裏切りと「死」。私たちは、彼女の演じる役柄から多くの「愛憎劇」や「死生観」を見てきた。

『島田陽子に逢いたい』という映画がある。陽子が「陽子」を演じるストーリーはリアルなのか、フィクションなのかと錯覚するほど楽しませてくれる。しばしば、「陽子」という本名と同じ名前で演じる出演作がある。リアルかフィクションなのか、その境目がボヤけるほど迫真性に富む演技になっている。

真剣に愛しているから、裏切られた際に悔しいのか、私たち人間は、自分の行為を「正当化」し、人の「所爲」に厳しくあたる時がある。

取材前にネットフリックスで見た『砂の器』(2005年)で、列車の窓から紙吹雪を飛ばすシーンや窓ガラス越しのミステリアスな着物姿は印象が強い。その美しい紙吹雪が舞う画像で、撒かれたのは紙ではなく刻まれた血の付いたシャツだったことが判明し、殺人の証拠になるというギャップが印象に残る。

さまざまな人生を演じる俳優という仕事は、彼女の生涯を通して偉大な事業だったように思われる。その業績が評価され、主演女優賞等様々な賞を受賞しているものの、どこか過小評価されているように思う。

島田陽子事務所提供

日本を代表する国際派女優である島田氏の出演する映画が、近年、劇場で再放映され、好評であるうえ、話題になっている。2021年12月8日に、東京都内で開催された角川映画祭では、「犬神家の一族」(市川崑監督、1976年)4Kデジタル修復版の上映後にトークショーが行われた。犬神家の遺産相続のカギを握るヒロイン・野々宮珠世役を演じた島田氏の登場が話題になった。映画を通して振り返る俳優人生……。

撮影当初は、市川監督から「バカヤロー」とよく叱咤されたそうで、「でもそれは愛のあるバカヤローで、私の奥の精神性みたいなものを引っ張ってくれた」と語った。数多くの出演作の中で、象徴的な作品として位置付けていることがわかる。

2021年には映画「Ever garden(エバーガーデン)」(横山浩之監督)に主演した。コロナ禍の人生模様を描く作品で、念願のプロデューサーにも初挑戦した。半世紀以上に及ぶ芸歴を生かし、打ち合わせやロケ地、衣装の選定などに奔走し、「コロナ禍で気づかされた思いを届けたい」と静かに力を込めた。

従来、俳優として演じてきた多くのフィクションの世界、ドキュメンタリー映画ではあるが単なるリメイクではなく、どこに差別化を求めるかが重要だ。

島田陽子事務所提供

チェ・ゲバラのドキュメンタリー映画をつくる構想がある。島田氏はプロデューサーとして2作目にチャレンジする。一緒に仕事をする監督はフェビアンという名のアルゼンチン人。彼の父は有名なニュースキャスターで、チェ・ゲバラにロング・インタビューをしたこともあり、縁の続きを繋げたい思いだ。やはりドキュメンタリー映画に限らないが、脚本が命ではないかとも言う。

従来より作られていたゲバラのドキュメンタリー映画。新たに作られるその映画が、現代人が生きていく上で、どのように人生を示唆する契機になるのか楽しみだ。

洪 欣 プロフィール

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。