鳩山由紀夫 元内閣総理大臣、東アジア共同体研究所理事長
対米依存から脱却し強固な日中関係を築く

本年1月に発効した、地域的な包括的経済連携協定(RCEP)は、中日韓やASEANなど15カ国が参加する世界最大の自由貿易協定であり、アジア太平洋地域の国家間の経済協力と、地域経済の一体化促進に大きなプラス作用をもたらすことが期待される。

国際的な背景から見て、RCEP調印の背後には、中米の経済摩擦の激化を緩和し、中日両国及びアジア太平洋地域の経済成長を担保したいとの思惑がうかがえる。中日国交正常化50周年に当たって、アジア太平洋地域の経済一体化や今後の中日関係などについて、鳩山由紀夫元首相にうかがった。

米中の協力関係を日本や韓国が協力して構築

―― 2022年1月、中日韓や東南アジア諸国連合(ASEAN)など15カ国が加盟する地域的な包括的経済連携協定(RCEP)が発効され、世界最大の自由貿易圏が誕生しました。一方で、中米貿易摩擦が激化していますが、RCEPは今後、世界経済と東アジアの秩序維持にどのような影響を与えると考えますか。

 まず、本年は日中国交正常化50周年という記念すべき年であり、日中関係がより好転することと願っています。しかしながら、日本では必ずしもその熱意が十分でないような気がしています。

RCEPが今年の1月に発効しました。世界最大の自由貿易圏の誕生は、中国、日本、韓国、そしてASEAN諸国にとって大変画期的なことであり、アジア太平洋地域の各国間の交流と協力を促進し、地域経済の発展に寄与するものと確信しています。アジア諸国の協力と交流を強固にすることは、地域の発展と世界の平和を維持する上で大きな意義をもっています。

一方で、経済安全保障という考え方が出てきています。その典型的な例として、米中関係が対立していく中で、米国はファーウェイなどの企業に対して制裁を課しています。こうしたことは、両国にとって決してプラスにならないと思います。

経済安全保障という形で、政治が経済に介入していくことは決して望ましくありません。結果として、両国ともにウインウインではなく、逆にルーズルーズの関係をつくってしまいます。このような状況はまさに「トゥキディデスの罠」(従来の覇権国家と台頭する新興国家が、戦争が不可避な状態にまで衝突する現象)です。

台頭する中国に対して、面白くないと感じている米国が反発するのはやむを得ないのですが、大国らしくもっと広い心で受け入れて、お互いに利益を享受できるような関係をつくることが大事ではないでしょうか。したがって、東アジアの経済秩序というのは、やはり日中韓、特に中国がリーダーシップをとって、日本と韓国も協力しながら、各国の経済状況を発展させていくことが重要です。

特にロシアのウクライナ侵攻の先行きが見えず、世界的な影響が懸念される中で、米中がいがみ合うことは、自国にとっても世界にとっても何のメリットもありません。むしろ米中が協力していく道を、日本や韓国が協力してつくり上げていくことが望ましいと思います。

日中関係を大事にする枠組みをつくるべき

―― 21世紀に入って日本を取り巻く安全保障環境は激変しました。もともと安全保障といえば国防の観点でしたが、昨今は経済安全保障に視点が移ってきています。こうした変化をどのように見ていますか。

 これははっきり申し上げて、米国や日本などの先進国がここ数十年伸び悩んでいる中で、中国が急速に発展してきたことに対する妬みです。しかし、こうした状況は地域経済や世界の発展にとって望ましくありません。

米国と日本が組んで、自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP)、あるいは日米豪印戦略対話(Quad)といった4カ国軍事同盟のようなものを作るのは、つまり中国包囲網であって、決して賢明なやり方だとは思いません。

日本の現政権は、むしろこうした構想に主体的に加わっていこうとしていますから、日中関係がよい方向に進んで行きにくくなっているのが実情です。韓国は中国との関係を大事にしたいという発想で、そういう中国包囲網には加わらないという賢明な方法をとっています。 

日本は、日中関係をもっと大事にする枠組みを構築していくべきです。そういう意味ではRCEPが触媒となり、協力・互恵の礎となることを期待しています。日本政府はRCEPに参加するメリットを、もっと国民に知らしめる努力が必要ではないかと思っています。

日本は対米依存から脱却すべき

―― 本年は中日国交正常化50周年ですが、コロナ禍でもあり両国の往来も制限されている中、友好ムードはあまり高まっていません。そうした中、鳩山先生は楊宇中国駐日本国臨時代理大使と会見されるなど、積極的に友好交流活動を展開されています。新たな中日関係構築の在り方についてお聞かせください。

 新疆ウイグルの人権問題については、一部の報道が喧伝されて、必ずしも正確な情報が日本に伝わってきていません。日本に伝わってきている情報の9割が事実ではないとも言われています。 

先ごろ、日本の入国管理局でスリランカ国籍の女性が虐げられて亡くなり、人権問題が明るみに出ました。他国の人権問題を言う前に、自らの人権問題の解消のために、政治がもっと力を注がなければならないと思います。

また、日本のメディアは喧伝によって、日本国民を「嫌中」に導いているように思います。政府にもメディアにも正しい情報を正確に国民に伝える義務があります。そこで私どもも、より正確な情報を伝えるために、ネットメディアをスタートさせる準備をしています。

日本は、対米依存による発展が本当に国益に適っているのか、深く考える必要があると思います。戦後70年以上が経過してなお、日本国内には米軍基地が存続し、それが当たり前になっているのです。私は日本の国土に他国の軍隊があるという状態は、極めて異常だと思っています。

かつて日本は中国を侵略しました。中国も漢民族も日本を侵略したことはありません。日本は、アジアにおける自国の立ち位置と役割をしっかりと見極め、米軍と米軍基地の呪縛を徐々に取り除き、中国との友好協力関係の構築と強化に努めることが大事です。

日中国交正常化50周年という意義ある年に、日本政府として、岸田文雄首相が訪中して首脳会談を開催するとか、習近平国家主席を国賓としてお迎えするとか、そのどちらかでも実現させることができれば、日中関係は大きく改善していくのではないでしょうか。

アジアに重心を置いた政権を誕生させるべき

―― 韓国では新しい政権が誕生し、日本は7月に参議院選挙が控えています。秋には中国共産党第20回全国人民代表大会が開催され、三カ国には大きな変化が出てきますが、今後の中日韓の3カ国関係について、どう予測していますか。

 韓国で保守派の尹錫悦大統領が誕生したことで、日本政府には日韓関係も改善していくのではないかという期待感があるかも知れませんが、そんなに簡単ではないと思います。

私は文在寅大統領も決して反日ではなかったと思っています。日本がしっかりとしたメッセージを出さなかったために、結局は厳しい日韓関係のままで終わってしまったわけです。お互いが歩み寄る姿勢をもたなければ、関係の改善は厳しいと考えています。

中国は最高指導者のリーダーシップの下、今後も国力を強めていくことでしょう。日本の参議院選挙は政権交代選挙ではないので、大きな変化は期待できませんが、日中国交正常化50周年のこの時に、日中韓のそれぞれの政府が共に努力することで、三カ国関係を改善していくチャンスが生まれると思っています。

そして、日本はもっとアジアに重心を置いた政権を誕生させなければなりません。それが日本の国益にもつながると思うのですが、現政権が軍事力強化の方向に行きつつあることを、大変懸念しています。

友愛の精神が世界の平和と発展の礎

―― 日本の1970年代以降の中国に対する政府開発援助(ODA)プロジェクトのうち、少なくとも16項目が新疆ウイグル自治区に対する投資でした。人権問題を言うのであれば、矛盾する行為です。日本は中国の人権問題をどのように見ているのでしょうか。

 仰る通りだと思います。4、50年前と比べると、中国は長足の進歩を遂げました。当時日本が新疆にODAを供与していたということであれば、現下の人権問題について視点を変え、認識を改めなければなりません。

この人権問題報道に関しては、米国の情報で、何人かの新疆出身の方の「証言」が全てであるかのように伝わっていることが問題で、非常に危険だと感じています。

かつてイラク戦争のときに、油まみれの海鳥が取り上げられ、イラクが油田の油を海に流したとの報道がなされましたが、これは米国側の仕掛け、フェイクだったのではとも言われています。このような戦争広告とも言われる間違った情報を広めて犯人に仕立て上げるという、まさに米国が得意とする情報戦争です。米国の行為は、中国の急速な成長と発展に対する嫉妬によるものです。

協力すればウインウインの結果が得られるのに、人間というのはかくも狭量なものかと残念でなりません。友愛の精神こそが、世界の平和と発展の礎であると思います。