アジアの眼〈50〉
尺八を演奏する思想する修行者
――上海で活躍しているパフォーマー 郝方圓

アトリエ提供

3月になり、上海では急にオミクロンに対する防疫措置が強まった。2月末に帰国時の3週間の隔離を終えた自分にはきつい選択だった。仕事場のある居住エリアが封鎖管理され始めた16日から1週間、いろんなことが一気に押しかかってきたことにより、再度帰ってきたばかりの上海を離れる決断をした。30日の朝 9:30に東京行きのPCR検査を終え、朝ご飯をフランス租界地の安福路にあるいつものパン屋で食べていたら、 行政命令が発せられ、すぐクローズするとのことで、全員向かい側のスペイン領事館文化処のデッキに途中まで食べたプレートを運び、そこで朝食を済ます事態になった。

道端での取材ははじめてだったかもしれない。非常事態に決断がもう一つ、雨が本格的に降り始めるまで 取材しようと約束し、取材は始まった。

夸父逐日 Chasing The Sun ;紙本重彩 Traditional pigment on rice paper;546cmx178cm;2014 (アトリエ提供)

中国の東北3省、遼寧省丹東市出身の郝氏は、小学生高学年の幼いころから成績だけを基準にしている教育制度に疑問を持っていたという。反抗的になりがちな学校生活の中で、少年は非行に走らなかったが、みるみる生気を失っていった。見兼ねたご両親の計らいで瀋陽に転校するが、そこは魯迅美術学院の附 属高校で、成績至上主義や受験一辺倒の教育制度に失望した。そういう学校には馴染めず、早熟な少年は皆が頑張って受験勉強をする中、ピアノのレッスンに出かけた。

そこから始まった創作への道。少年は走り始めた。

滄海桑田 EARTH MOVEMENT;重彩水墨 Traditional pigment & Ink on rice paper;371x191cm;2007(アトリエ提供)

インスタレーションやパフォーマンスを企画し、そのイベントを映像化することが出来たのは、度重なる旅の体験によるものだ。多くの旅で出会った禅への没入が彼を思想するパフォーマーにした。禅の教えは、作品の内容となり、彼の人格形成にも大きな影響を与えた。クラシック音楽への造詣は、彼のパフォーマンスやインスタレーションに伝統とコンテンポラリーアートとの関係性を彼なりに限定させただけでなく、彼の作品制作のライブペインティング時の音楽伴奏とのコラボレーションでは、時々生演奏が儀式感とリズムを提供する役割を果たす。

長髪を後ろに結び、端正な顔付きに仏教徒の魂を乗せたようなパフォーマンスの数々。中国だけではなく、海外でも幅広く活躍している。コロナ禍で海外に行けない今はもちろん中国国内を中心に活動を続けている。

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2003年に作家活動を始めて以来、さまざまな試行錯誤の末、2014 年には、上海東華大学藝術設計学院の校外講師を務めるまでになる。2015年に、ニューヨークのWAMアートファンデーションに招待され、スポンサーとヨーロッパを見て回り作家活動を行なった。ヨーロッパ滞在中の2016年には、ベルギーのブリュッセルCUMEIDAギャラリーと契約してアートプロジエクトを進行させたという。

その後、上海に戻ってからは、個 展「スーパー・チャイナ再生DNA」を開催し、2016年には、上海同済大学博物館で「八/ THE 8」という個展を開催した。同年、ニューヨークの国連海洋国際会議に招待され、レジデンス及びライブペインティングを行った。翌2017年、上海万博の会場跡地にある中華芸術宮にて「一体化藝術と時空間の生命エネルギーとの関係性」という国際シンポジウムを開催し、話題を呼ぶ。同年、第11回イタリアフィレンチェ・ビエンナーレに作品を出品し、『2017年中国現代アート文献』に収録される。そして、2018年に上海バンド(外灘)に立地するルーズベルト公館にて、中欧国際現代アートグローバル巡回展に参加し、翌2019年にはベルギー中欧創意文化センターの文化親善大使に任命されることになる。

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ところが、コロナ禍で海外渡航がピタッと止まったことにより、この2年間は上海など中国国内での活動に切り替えた。粘り強い生命力を感じさせると同時に常に示唆に富んだアバンギャルドな芸術実験は、フランス租界地での最先端のシステムを用いたコンテンポラリーな音楽とのコラボによる演出となり、エネルギッシュな活動は止むことなく続いた。2021年に蘇寧美術館で参加した国際グループ展、離ギャラリーで開催した磁場計画というコラボ企画、2021年夏に行われた「筋肉と禅」アートプロジェクト、「パワー」というライブペインティングなど、この2 年間に20近い展示会やイベントを精力的に開催してきた。

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また、日本の尺八という雅楽器を10何年も学び続け、パフォーマンスに取り入れつつ、VRという最新のツールを美術館展示の舞台で取り入れた。

修行者としての悟りとスケールの大きい発想で、常に最先端の技術に敏感に反応するピンと張ったアンテナ。少年時代の反骨精神と音楽への熱愛は、彼の作品全般に新鮮 味と迫力を付加してくれた。

photo by Anni Sun

4月1日に上海がロックダウンする直前に逃げるように東京に帰ってきた。浦西側がまだロックされていない3月30日に道端で行われた今回の取材はとても印象深い。奇跡としか思えない。

洪 欣 プロフィール

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。