アジアの眼〈49〉
平面からソフト・スカルプチャーに辿り着くまで
――上海のアートユニット 計文于&朱衛兵

photo by Zhang yu

 

上海に春がやってきた。東京から上海に帰り、3週間の隔離を終え、春雨が長引いていた陰鬱な天候がやっと気温17度前後の陽気になった。上海郊外の松江開発区にある、アトリエというよりは作品倉庫というべき場所で取材は行われた。

少し早めに着き、日向ぼっこをし ていたが、アトリエのドアに直結するエレベーターで、いきなり二人の作品世界に突入した。

計文于(以下、計氏と略す)は上海生まれで、上海の地元の上海軽工業専門学校でインテリアデザインを専攻し、80年代から抽象画を描いていた。様々な試行錯誤の末に辿り着いた、キッチュで中国要素がたっぷり盛り込まれたポリティカル・ポップの代表作家として一躍注目を浴びる存在になる。ライオンキングの歌手として有名なエルトン・ジョンは彼の作品のコレクターの一人だ。上海を代表するShang Art Gallery(中国名:香格納画廊)の代理作家である彼は、2003年から北京オリンピックが開催された2008年前後までの中国現代アートバブルの波に乗り、欧米のアート界が盛り上げたコンセプチュアルな人気作家、方力鈞、岳敏君、王廣義たちに並び、一躍スター作家として君臨する。

 

photo by Zhang yu

 

一方、朱衛兵(以下、朱氏と略す)は名前からして文革期に生まれた世代である。歳の差一回り違う二人が上海で出会った時、計氏はすでに相当有名な作家であった。朱氏は、北京の中央工芸美術大学(現、清華大学芸術学部)でファッション・デザインを専攻し、卒業後はまだ国が職業を配分していた時期であり、服飾工場で子供服のデザインをしていた経歴を持つ。1999年、計氏と結婚し、翌年に愛娘が生まれたのを機に、育児に専念するため一旦家庭に入るが、社会性を失いたくないという思いが強かった。朱氏は、かねてから布に対する愛着があり、何か作りたいと思っていた。

計氏も、ちょうどリーマン・ショックを機にコンセプチュアルでキッチュなポリティカル・ポップな平面絵画の制作に限界を感じていたところだった。そこで、朱氏は日常生活のあちこちに存在する布に徐々に興味を持ち始めたという。

 

假日旅游(ホリデイ・バカンス)  114×146cm    布面油画   2001/アトリエ提供

 

遊船観光 70×68×72cm 布、ポリプロピレン、線 2004/アトリエ提供 

 

朱氏は、最初に計氏の平面作品『ホリデイ・バカンス』(2001年)を布で立体的に仕上げてみた。ドラゴンボート(龍舟)に乗ってバカンスを楽しむ様々な人々の表情を表現するのは容易ではなかったが、どこを捨象すればうまくいくか、立体化する感覚は掴めたという。ドラゴンボートの下を流れる水面をリアルに表現しようと思ったが上手くいかず、偶然にもブルーの布をグルグル巻いて置いたら上手くいった。二人して手応えを感じ、こうして二人で一緒にソフト・スカルプチャーを作るスタイルができあがった。計文于&朱衛兵という二人の本名をアートユニットの名前にした。新たなアートユニットの誕生秘話だ。

 

毕加索和中国民间艺术(ピカソと中国民間藝術)  98×138cm  布面油画 1999/アトリエ提供

 

計氏の作品「ピカソと中国民間藝術」(1999年)は、春聯(旧正月に中国人家庭の入口に貼られる赤い紙)をモチーフにした作品で、真ん中に魚に乗った男の子の民間画(注1)を描き、左にピカソ風の絵を描き、右にはその2枚を合体させた絵が描かれている。周りの言葉は、計氏流のユーモラスがあって楽しい。その頃のロンドン個展は、展示会開催前から予約済みになるほどの人気ぶりだったという。

徐々にキッチュなポリティカル・ポップの作品に限界を感じていた時に出会ったのが布だった。二人はアトリエで喧嘩しながら作品を作り、作り終わったら一緒に家に帰るという。喧嘩を通して相手を理解し、ますます仲良くなったという。いわば、夫婦喧嘩で作品の構想が完成されていくプロセスだ。

 

上山 下山 1813×94×20cm×2木偶,线,布,木,铁环,填充棉  2009/アトリエ提供

 

『上山、下山』という作品がある。888人の小さな人間がそれぞれ分かれ、上方と下方に向かって進んでいる。集団主義の中では、一「個人」としての「人」は埋没されがちであり、その波に巻き込まれていつの間にかそこにいる自分に気づく。いつの間にか、iphonを使い始め、いつの間にかTikTokで映像を作り、いつの間にかアリペイとウイチャットペイで消費行動を行っていて、タイムラインにその日撮った自撮り写 真を載せている。

トレンドが瞬く間に変化していく現代人の生活、コロナ禍が2年も続く中で、彼らの作品にはどういう変化があるのか? かねてからユーモ アたっぷりに描いていた平面作品の中の文言が少しずつ人を癒せるものに変化したという。そして、コロナがそろそろ収束するかと期待される中で、ウクライナ危機が訪れ、戦争が始まろうとしている。偶然かどうかわからないが、ソフト・スカルプチャーの中に髑髏を題材にした作品が大型グループ展に展示中だ。

 

瓦全 78×135×38cm 布、ポリプロピレン、鋼線、線、スポンジ 2022/アトリエ提供

 

ポリティカル・ポップ(平面)からソフト・スカルプチャー(立体)への進化の中で二人が見つめてきた、集団と個人の関係性。生と死の関係性と内側と外側の関係性、私たちは死に向かい生きているのか、良い死に方をするために「生」を「有意義」化しようと頑張っているのか? 彼らの作品は、日常生活から生まれているが、その意味で示唆的であり、哲学的である。作品の制作過程で行われる夫婦喧嘩による思想のぶつかり合いは新しい哲学とアートを産んでいる。価値ある喧嘩だといえそうだ。

夫婦喧嘩の中で完成していく二人の作品の世界、「愛」が作品を通して確認されているようだ。

(注1)男の子が赤い魚に乗っているのは、「年々有魚(余裕)」という縁起担ぎがある。

 


洪 欣 プロフィール

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。