アジアの眼〈47〉
「存在自体に価値を見出したい」
――陶歴60年の世界の現代作家 濵中月村

Photo by Hara

 

自宅隔離生活が終了して間もない昨年末、萩に向かい陶芸家、現代作家の濵中月村氏(以下、月村氏と略す)を取材してきた。山口宇部空港から思いのほか時間がかかったため、大幅に取材時間に遅れた。

坂の上にある窯元は、敷地面積が広く、とても大きい日本家屋で、慌てて行き過ぎたところが自宅アトリエだった。

展示室風景、photo by Hara

 

アフリカの家具や韓国、中国の骨董家具が置かれているアトリエには、月村氏の作品がセンス良く配置されている。棚の中に何気なく置かれている骨董品は、李朝(李氏朝鮮)時代のモノだったり、中国の漢時代のモノだったりする。もちろん、古い萩焼も含め、それらの骨董品と同じ空間に置かれている月村氏の作品は、違和感なく調和が取れているから凄い。

月村氏は大阪府岸和田の生まれである。父は市立病院の院長をしていたが、末っ子の月村氏が15歳の時に他界、母の郷里である萩に移住したという。祖父の山本勉弥も開業医であったが、晩年は『萩の陶磁器』『萩の歌人』など、郷土史家として多くの著書を執筆し、萩焼をはじめ陶磁への造詣も深かった。弟子入りをした吉賀大眉の吉賀家とは縁戚関係にあったという。

Arrow( 道標 ) 制作年:1994年 材質:陶器 ( 長石釉鉄絵 ) 木、鉄 寸法:全体 長さ2050 幅900 高545 mm :単体 長さ1600 幅85 高460 mm

 

月村氏は、山口県立萩高校を卒業後、1961年に陶芸の道を志す。その後、1969年に築窯して独立し、窯元を大屋釜と命名する。その2年後の1971年に月村と号することになる。

作陶歴60年の月村氏は、陶芸の技術が身に染み付いていて、その技術を駆使した現代アート作家として国際的地位を確立している。日本国内のギャラリーだけでなく、アメリカのニューヨーク、オーストラリア、イタリア・ミラノでの個展や中国での交流展などは常に大きな話題となる。月村氏は陶芸において、萩焼だけに限らず、自由に信楽、織部、志野等へと広がり、穴窯では磁器も焼いている。

Arrow( 道標 ) 制作年:1994年 材質:陶器 ( 天目釉 ) 寸法:長さ295 幅63 高160 mm

 

好奇心が豊富でアイディアが常にあふれ出ていて、それを大きく花咲かせたのは彼の勤勉さと創造力だったろう。窯元は月村氏の実験場であり、のちの矢印シリーズへの開花は、彼の哲学を具現化する問いであり、答えでもあろう。60代中頃で茶陶づくりは一旦辞めたという月村氏の話からは、現代アートへの跳躍が感じ取れる。私たち人間は「人間とは何か」を問う人間であり、ジャンポール・サルトル(1905−1980年)が表現したように、「あるところのものであらず、あらぬところのものである」のだ。現実世界に「これは私だ」と言えるものはなく、私たちは常に「どこに向かっているか」という方向性への疑問、あるいは「躊躇、迷い」があろう。そして、それを導いてくれるのは「矢印~80億體の道標~」である。ただ、その矢印通りに行っても、難なく目的地にたどり着けることが保証されているとも限らない。そこに月村哲学の集大成はあるのかと…。正しい方向でないところへ一所懸命走っていた記憶はないか、人生は間違った選択肢ばかりではないが、相当あったはずだ。皆、誰しも。

木葉皿 制作年:2015年 材質:陶器 ( 鈞窯釉 ) 寸法:長さ320 幅190 高56 mm

 

アトリエの庭に設置されている矢印作品は、左向きと右向きが向かい合っている。人間は矢印があろうと、G P Sがあろうと右往左往するものだとでも言いたそうな月村氏らしい作品だ。「迷子」になりがちな人生を、われわれ人間は歩んでいるのだ。

哲学者マルクス・ガブリエルが言うように、新実存主義では、人間は自分が何者かという認識に基づいて行動すると考えるのだ。人間がいわば疑問符だとしたら、人間以外の存在は感嘆符である。ライオンはライオンであり、月はただ月であり、植物はただ植物である。

仮に他の動物を模倣できる動物がいたとしても、それらの動物は人間と共通点があるというだけで、詩を書いたり、車を所有したり、経済運営を行ったり、ビデオ会議をしたりすることはできない。さらに言えば、「人間は自分の動物性と距離を置いた動物である」。(注1)

Arrow( 道標 ) 制作年:1994年 材質:陶器 ( 織部釉 )、木、鉄 寸法:全体 長さ250 幅160 高146 mm :単体 長さ220 幅70 高2300

 

月村氏の矢印は、時々動物に見えたり、生き物に見えたりする。やけに色気があるのだ。リビングなのかよくわからない場所に置かれた巨大な矢印の作品は、大きな魚あるいは「生き物」に見える。そして、その作品を支える何気なく切り落とされた樹木の枝は、「相性」のいい相棒のように作品と古い板の間にぴたっとハマる。

焼き物の焼成過程で生ずる割れがある。きっと若き日の月村氏はその「割れ」を失敗したと思い埋めたに違いない。しかし、今の月村氏は「存在自体に価値がある」という。さまざまな喜怒哀楽や体験を経た今、陶芸家、現代作家である月村氏は哲学者であり、預言者でもある。

コロナ禍や自然災害で左往右往している現代人。自分たちで創り出した技術に縛られる現代人は、数字に一喜一憂し、結局は行く方向を失っている。「矢印」があろうとなかろうと、われわれ人間は「迷子」である。

Photo by Hara

 

月村氏の作業場を翌日、雨の中再訪した。天井に丸、三角、四方を設置し、壁もドアもない作業場。手作り感があるそのすぐ裏を清流が流れている。ここで、「矢印」は月村氏によって作られている。そして、私たちは「方向」を探している。職人の技と現代アートの間で自由に行き来できる、月村氏は数少ない世界級の才能の持ち主だ。

 

(注1)マルクス・ガブリエル著『The Meaning of Thought』の中の一文。(邦訳なし)
 

洪 欣 プロフィール
東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。