8月の真夏日に鹿児島からフェリーで桜島に取材に出かけてきた。桜島焼の窯元桜岳陶芸を切り盛りしていたのは、橋野翠史氏と娘さんとの二人三脚だった。
陶芸は全く独学だという翠史さんは、最初の頃は、白薩摩を目指そうとしたが、桜島から火山灰が降り出し、大失敗に終わったという。
だが、桜島にいて天から降りてくる灰を敢えて使って見たらどうかと発想を変えて、それを素材として焼く桜島焼を作ることにした。
陶芸の道の師匠を求めて工房に弟子入りしようともしたが、性に合わず3カ月でやめたという。やはり、好きなことを、自由気ままにチャレンジする方が仕事もはかどるし、新しいアイデイアも次々と噴き出てくる。
「桜島焼」の中でも、還元焼成で焼き、非常にうまくいった時だけ発色する「銀彩」がある。この「銀彩」は技術的に非常に難しく、窯の中の陶器の並べ具合、温度の調節、酸素の加減、釉薬の配合がうまく整わないと絶対に出ない銀色の輝きと模様だ。その成功率はわずか5%未満だという。
その時々の条件により、創出される陶器の肌の模様と色彩は思い通りにはなかなか行かないが、幾重もの偶然が重なった時に生れた銀彩は、まさに桜島の噴火口の中でしか生まれないような稀有な輝きだ。通常は、400年以上続いてきた薩摩焼では、祖先の秘伝の方法を用いて一所懸命に取り除くはずの火山灰。その「灰」を敢えて使ってやる方法は、代々続く伝統工芸を学ぶ中では許されず、あり得ない話だ。
だが、それもまた独りで自由気ままに試行錯誤と研鑽を重ねた結果、失敗を恐れず大胆に突き進めた結果だと思われる。この桜島にしかない材料を「天から降ってきた宝物」を使わない手はないと思ったのかも知れない。
工房に着くなり、取材する前から手料理を振る舞う翠史さんは、陶芸家よりも実家に帰ってきた娘に料理を振る舞う、優しいお母さんに見えた。だが、取材が始まり、素材に向き合った瞬間、仕事人の「顔」が浮き出てきた。陶土を捏ねる彼女の力強い動きは、無から「新たな何か」を作り出したクリエイターのキリッとした「顔」に豹変した。それも仕事する職人の美しいもう一つの「真顔」だ。
1954年生まれの彼女は、地元の桜島で22歳の若さで窯元桜岳陶芸を立ち上げた。45年も続く窯元に訪れてくるリピーターの多くは、海外からわざわざ再来するという。作品のほとんどは、生活の中で自分が必要と思うものを作るだけだという。きっとその自在な生き方が作品に現れて、作品の魅力に繋がっているのだろう。
取材している最中にも若い外国人の女性が長く吟味した末に、爆買いして帰っていった。取材に同行してくれた現地の友人たちも一緒にご馳走になった陶芸家の手料理は、今も記憶に新しい。名前は忘れてしまったが、現地のケーキも作ってくれた。
「桜岳漬け」という漬物は、創業以来窯元でお茶請けにお出ししているらしい。手作りの寒干し大根の酢漬けは、上海で隔離の時、繰り返し出てくるまずいお弁当がつらい時に重宝した。
さとりとは、物にも、心にも、仏にさえも繋縛(けばく)されることなく、まったく相(かたち)無くして一切の相を現じ、現じながら、現ずることによって、現じたものにも、現ずること自身にも繋縛されることなく、空間的に無辺に世界を形成し、時間的に無限に歴史を創造する絶対主体の自覚である。これを「心悟」だという。(注1)
この「一期」というのは「一期の命」などと使われるごとく、「一生涯」を意味し、「一期一会」とは一生涯に一度の出会いの意味で、それが特に茶会を催す場合の心構え、態度などに関して多く使われるのである。
翠史さんの作り出した作品には、そんな「悟り」というか「縁」が色濃く宿っているような気がする。それが、45年も続く工房に、リピーターが絶え間なく続く理由でもあろう。
力仕事をしているにもかかわらず、物腰が優美な理由は、日本舞踊の達人であり、着物の着付けの先生でもあるからだ。その力強く、そして柔らかい一見矛盾する個性が同居しているのが、彼女と作品の魅力として抽象化されている。
後世に残るものは強い。もろいもの、それもまた強いのだ。
「銀彩」の中に秘めた「偶然性」と「蓋然性」。そのごくたまにしか出ない輝きは、我々が生きていく中で出会う「奇跡」に近い「出逢い」であり、「一期一会」ではないだろうか。
桜島で出会ったおっかさん陶芸家の翠史さんは、そんな「悟り深い」人だった。
彼女の工房には、世界的なビッグ・アーティストの蔡國強さんも常連だったという。いつも翠史さんの作品をたくさん買っては、嬉しそうにパリに持って行ったり、ニューヨークに持っていたりしていたらしい。日常生活で使っていたか、プレゼントだったかは不明だが、お気に入りで絶賛していたらしい。
茶道のコツ、人間のコツ、翠史さんの器にはその両方が宿っているような気がしてならない。
注1 久松真一『茶道の哲学』(講談社学術文庫)参照
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