アジアの眼〈43〉
「作品の存在自体が何かを物語ってほしい」
――日本の現代彫刻家 北川宏人

photo by Kenji Miura

 

8月末のある午後、現代彫刻家・北川宏人(以下、北川氏と略す)の自宅アトリエを訪ねて取材した。ちょうど高さ2メーターの大作が完成したこともあり、その前で取材をお願いした。髪の毛のブルーと、キリッとした目をしたその子は、まだ命名される前の生まれたての宇宙服を着た「赤ちゃん」とでも言おうか。体は巨大だが。見上げて目が合い、どきっとした。まるで、インドの寺院で見上げた巨大な仏像と目が合った時と同じ体験だ。

photo by Kenji Miura

 

北川氏は、滋賀県生まれで1989年に金沢美術工芸大学を卒業後、マリノ・マリーニー、ジュリアーノ・ヴァンジなどの当時のイタリア具象彫刻家に憧れ、単身でイタリアに渡ることになる。アカデミア美術学院ミラノ校とカラーラ校で学び、テラコッタの古典的な彫刻技法を習得する。イタリアに十四年間長期滞在する中で、何度か帰国してはトヨタの鋳造所などでバイトをしてお金を貯め、また渡伊することもあった。そのことで、鋳造の技術も身につけたという。

北川氏が留学していた九十年代、イタリアの現代アートの世界では、アルテ・ポーヴェラ(Arte povera)[1]が主流であり(日本では「モノ派」が世界的に学術的な地位を得ていた)、当時の彫刻科の学生は、本気で作家を目指すものは、ごく一握りだった。

カラーラは、上質な大理石の産地として有名であり、かのミケランジェロが住んでいたことでも有名で、彫刻家が大勢住んでいる街として知られている。

コロナ禍前の2019年に行ったトスカーナーのピエトラサンターと、なぜか勘違いしていたが、隣町だったことに気づく。

帰国後、北川氏は近代具象彫刻にアニメやフアッションの要素を取り入れた一連の作品を制作する。トップ・カルチャーではなく、いわゆるサブカルチャーを彫刻作品に取り入れたのだ。

ニュータイプ2003 ブラック 170*40*30 テラコッタにアクリ ル着色、アトリエ提供

 

やきものの素材で初めて等身大の大きさを試みた作品がある。(ニュータイプ 2003―ブラック)この作品をきっかけに、公立美術館などで発表の機会が増えた。近代具象彫刻の流れにポップ・サブカルチャーを融合することは、いわばすでに「もの」を作らないことをよしとすることと(あるいは抽象的であることをアバンギャルド)、トップ・カルチャーに拘り続けてきた彫刻の世界へのダブルのアンチテーゼであった。あえて、具象の彫刻をし、サブカルチャーをも取り入れたのだ。

#DSC1519 #DSC1492 TU 1739-マスク、レッ ドシエナ H161*50*32cm セラミック、アトリ エ提供

 

まず、心棒に粘土で造形をし、下書きとかドローイングをせず、制作台で作りながら考えるスタイルだ。[2]基本的なスタイルができ上がったら、顔や髪の毛、及び手など細部の調整をし、中身をくりぬき、何分割かにして1000度ぐらいで焼くプロセスだ。それは、コロンブスの卵とまでは言わなくても、とても勇気のいるチャレンジだろうと思われる。

まず、素材からして青銅や大理石ではなく、テラコッタを選択することの現代性。ロダンの考える人が目指す人の本質や、人間の理想や理念を表すものではなく、身体美を見せるカラーラの大理石をふんだんに使い、白い肌を表現するでもなく、サブカルチャーを取り入れた服を着たストリートの実存する人々。しかも、その生きている時代の流行までも汲み入れているのだ。

最新作、photo by kenji Miura 

 

フィレンツェのダビデ像のように人間の力強さや美しさの象徴ともみなされる16世紀のミケランジェロの作品は、生きている人間というよりは日常生活とは遥かにかけ離れた存在に見える。「神格化された」トップ・カルチャー、材料から理念までだ。

私たちが見てきた東洋の仏像たち。殊に、日本で見かける仏像は木彫が多い。その仏像は近年、現代アートの美術館で展示されるようになっている。建築家の田根剛がライトで表現していた仏像を使った展示が印象に残っている。

その「神格化」されてない、焼き物彫刻はそのどっちでもなく、北川氏しか作れない作品である。アトリエにはスターウオーズの小さいフィギュアと円空の形の焼き物が窓辺に飾ってあった。

2013年以降の北川氏の作品は、釉薬をかけ高温で焼き上げることに進化する。釉薬をかけた後の焼成は、1200度の高温で焼くことにより、多少釜の中の貫入にはコントロールしきれない「偶然性」にも出逢うのだ。

Tu 2010b ダウンコ -ト、イエロー  H45*12*10 セラミック、アトリエ提供

 

取材中は言及できなかったが、どこか東洋的な仏像から来る「気質」として、全身であり、「着衣」している安堵感というものが潜在意識の中に「精神的必要性」[3]と結びついた「てわざ」の一つとして、作者の持つ「現在の眼」で知らぬ間に今を生きる若者像を作っているのではないかと空想してみる。

作品に何かいろいろと定義や理念を付与するわけではなく、作品の存在自体が何かを物語ってほしいというのだ。

作り上げたばかりの2メーターの新作を真っ先に鑑賞できた贅沢、その女性像の中に、私は男性性も見つける。スターウオーズ的な未来性とガンダム的なアニメ性も感じとる。そもそも、男性であれ女性であれ、多かれ少なかれ男性的な性格と女性的な性格が混在し、分かちがたく混淆しているのが人間というものであろう。能動性と受動性、攻撃性と傷つきやすさ、強さと弱さ、苛烈さと優柔不断さが同居しているのが人間の普遍的な真実ではないのか。

Tu 2014 パールブラウス、165*42*30 セラミッ ク、アトリエ提供

 

天才彫刻家・北川宏人の「現代」への捉え方は、シュールで未来志向であり、「日常生活の普通の人」の中に「仏」の「神性」を導き出しているのかもしれない。それは、本人も気付いていない内側に秘めた「東洋性」かもしれない。

今、上海の隔離ホテルで原稿を書いている自分は、この窓から宇宙服を着た少女になって火星に行きたい。その夢を見た。



[1] イタリア人の美術評論家、キュレーターであるジェルマーノ・チェラントが1967年に企画した「アルテ・ポーヴェラ、1m空間」展において命名された、1960年代後半のイタリア先端美術運動。

[2] 制作過程がYouTubeにアップされており参考になる。

[3] 中原佑介『現代彫刻』(美術出版社、1987年)参照

 

洪 欣 プロフィール
東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。