アジアの眼〈36〉
「結局、作る楽しみは 最高のモチベーションになる」
——世界に誇る有田焼の巨匠 矢鋪輿左衛門


窯元提供

年明け早々の1月4日、佐賀県有田焼の名匠矢鋪輿左衛門窯(やしきよざえもんがま)の窯元に取材に出かけた。現地の友人達のアテンドが急きょ増えたことで、大人数での取材になったが、矢鋪氏とのインタビューは笑いが絶えない楽しい取材となった。

矢鋪氏は400年も続いた有田焼の伝承人として、「内山技法」を長年続けてきた。昭和52年(1977年)に佐賀県重要無形文化財で現代の名工中村清六先生に師事し、その後有田焼の白磁の窯元を確立した。

彼の作品は、熊本県天草産の陶石を厳選・精製した特上の土を用い、肥前有田に伝わる技法を持ってロクロを回し、焼成したものである。

意外だったのは、焼き物を始める前の矢鋪氏は福岡で13年間警察官を務めていたという。警察の縦の組織が自分の性に合わないと思い切り転職を決意した。

本当は絵描きになりたかったが、焼き物の世界に縁があった。

夢中になってロクロを回し、必死な思いで土と同居した。そして、コミュニケーションを取った。


Photo by 中村亮哉

その必死の努力の甲斐があり、平成元年(1989年)に労働大臣検定一級技能検定(手ロクロ)に合格し、同検定総合一位で、佐賀県知事賞を受賞することになる。

その後、熊本県荒尾市にて開催した第一回仲間展をきっかけに独立した彼は、大体三年に一度のペースで展示会を開催することになる。その後、平成18年(2006年)からは毎年開催されるようになる。

一方、平成5年(1993年)の白磁酒器を宮内庁が御買い上げしてくれたことを皮切りに、その後度々買い上げられたが、10年後の平成15年(2003年)の際は第49回伝統工芸展入選作の青白磁楕円深鉢だったという。

そればかりではない。45年近い作陶史の中で、矢鋪氏は数々の賞を受賞した。その華々しい受賞歴の中でも特筆すべきは、平成24年(2012年)に県政功労者知事表彰と黄綬褒章をW受賞したことであろう。

しかも、その功績は国内だけにとどまらない。平成13年(2001年)にはフランスのロートレック没後100年記念芸術祭に、「地球シリーズ」(地球はパラダイス)を出品し、ミディ・ピレネー・ジャポン協会会長賞を受賞し、サロン・ド・ロートレックの正式会員に認定されることになる。さらに、韓国では平成12年(2000年)ごろから平成15年(2003年)にかけて約3年間各地を巡回しながらロクロを実演し、作品展を開催することもあった。言葉は通じなくても、作陶の過程はプロの間では通じる。いわば「共通言語」だ。大好評を得たことは間違いなく、有田焼のルーツからしても何だか懐かしい郷愁を誘い合う香り立つような器の美学。長い歴史の中では、その同じ技術の伝承と行き交う時間と空間が混じりあったのではないだろうか。その白には抗えない魅力が潜んでいるからだ。


窯元提供

現代の名工、矢鋪輿左衛門。彼は教育にも常日頃から力を注いできた。母校である荒尾市平井小学校では平成21年(2009年)以降、六年生に陶芸教室を開催するなど、一般人を含めロクロを1万人近くに体験させる偉業を成し遂げている。

現代の名工中村清六先生から受け継いだ有田焼の伝統を、次世代に伝授していく使命を持ち、彼の元には住み込みのお弟子さんが何人かいたが、特に優秀な助手は10年以上住み込みで技術を磨き、技術では自分を遥かに凌駕したと喜ばしく語ってくれた。

矢鋪氏は常に飾らない笑顔とユーモアで取材に応じてくれて、人間的な大らかさから、取材を進めるうちにファンになっていきそうだった。

窯元の敷地内には登窯が設置されていたが、それは試行錯誤を重ねた矢鋪氏の手作りだ。制作過程の失敗談さえも楽しそうに語る姿には不思議な大胆さと、好きなことを生涯の天職にした者特有の底知れぬ自信に満ちあふれていた。それでいてあくなき努力と研鑽を積み重ねる勤勉さと天才的な感性、白い無垢な器にはそういう彼の純潔な魂が移り住んでいる気がしてならない。

その場でロクロを体験した。ロクロは高度な集中が必要で難しいが、だからこそやみつきになりそうだ。ピカソが晩年焼物にはまったことが理解できたような気がした。


窯元提供

器は表現である。表現はその不可欠な構成要素として、統一を保ちつつ差異を維持しなければならないような二重の契機を孕んでいる。すなわち、「表現されるもの」と「表現するもの」の二つの間に結ばれた独特な関係として存立する。

ロクロを回し、形を完成させ、そのものを窯の中に入れて、高温で焼成して行くプロセス、作り手は「表現するもの」であるに違いないが、窯に入れた瞬間からどこか妙に他力本願的な「表現されるもの」に役割転換しているような気がする。赤ちゃんがお母さんの胎内にいる時、どんな子が生まれるだろうとドキドキしながら待つことにも似ているかなあ。

表現されるものの同一性は、様々なレベルにおける(表現媒体の)「形式」との対応によって、可感的なものになる。そして、空気と温度「熱」との巡り合わせにより、一つの形になっていく。

純粋な、無垢な「白」、白の中には全ての色が内在している。白の周辺に漂う神聖性、本質的な「差異」は、白はすべての色における終着駅だということだ。


Photo by 中村亮哉

山間に佇んでいる矢鋪氏の工房――そこで出迎えてくれた年老いた猫の名前は「パンダ」だという。中国語でパンダは「熊猫」と言うから猫科の親戚であろう。パンダ君は、少し面倒臭そうな目つきで「ニャー」と鳴き、リアクションの悪い私の後ろから「手を出した」。踵に感じた「猫の手」だ。招き猫に招かれた。

パンダという名の猫を飼う矢鋪氏は、山に生きる「存在者」だ。高温の窯に入れられる「個々の器」達、奇妙な「交錯」がその熱い空間で行われる時、窯の外にいるものは「偶然性」を予言する聖職者になるのだ。

タゴールのいう空間と時間外の第三の「間」、矢鋪氏の白磁の「白」で私はそれを発見した気がする。その「聖域」、他者の侵入を決して許さない「当事者達」だけの「場」、それを羨ましがる自分は、リアルな現実世界ではなかなか手に入れられてないのだ。もちろん、精神性は無理やり手に入れるものではない。その「不満足」を精神性を高めるバネにしたい。

コロナ禍が終息する頃、中国でも彼の作品を見せるチャンスを作りたいと思った。

洪 欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。