アジアの眼〈28〉
「不思議なニーニ、自由な職人魂」
——育陶園6代目陶主、窯伝統工芸士 高江洲 忠


photo by Dr.Yabiku

3月末ののどかな午後、沖縄の読谷村で育陶園6代目陶主の高江洲忠氏を取材してきた。工房の入り口には大きいワンちゃんが二匹もいて、ワンちゃん怖がりの私は中に入れず案内されるまま、外のベンチにて取材する運びになった。

南国の植物はとても鮮やかな色をしていて、眺めているだけで嬉しくなる。

生粋な沖縄人の陶主は取材に答えてくれたが、沖縄の言葉で5割ほどしか聞き取れず、現地人の友人が訳してくれた。


photo by Dr.Yabiku

琉球王府は1682年当時、美里村(現沖縄市)の知花、首里の宝口、那覇の湧田にあった窯場を、那覇の壷屋に集め、王国をあげて陶工の養成や陶器産業の振興に力を注いだという。壷屋は良質の土や水が豊富で、港に近く、燃料の薪や特殊な土の調達もしやすいという好条件が揃っていたためだった。地区の南側に荒焼きの陶工を集めてフェーヌ窯(南窯)が、東側に上焼きの陶工を集めてアガリヌカマ(東窯)が作られた。こうして始まったのが沖縄を代表する「壺屋焼」300年の長い歴史である。1986年には通産大臣より伝統的工芸品産業に指定され、全国にその名を広めたという。

取材した高江洲忠氏(以下忠氏と称す)は窯元育陶園の6代目。壺屋焼窯元の一つである育陶園は先祖代々壷屋の地で壺屋焼を営んでいる。伝統工芸士でもある忠氏は線彫技法を得意とした日用品を数多く制作している。5代目で現代の名工でもあった父・高江洲育男氏の獅子の型を受け継いだ獅子作りも得意技の一つである。


筆者撮影

工房では若い世代が活躍する場を推奨すべく、世代とテーマに分けて、「育陶園」「GUMA GUWA」「KAMANY」というブランドを設立し、それぞれのブランドの直営店を展開している。壺屋焼の多彩な技法を活かしながら、それぞれのコンセプトにあった、今の暮らしに寄り添う新しい壺屋焼の提案を行っている。

原材料の土は沖縄の現地で採取できる赤土・白土をベースに、独自の陶土を使用し、また、もみ殻と石灰を合わせて焼いた基礎釉薬から、それぞれの色を独自に調合している。窯の温度は1150度から1200度の温度の高い焼き方をする。

土づくり、釉薬づくりから、昔ながらの手作りにこだわり、一つ一つ職人の手で作り上げた、人の手のぬくもりが伝わる陶器づくりを目指しているという。松の木をミックスする技法で器に独特な味を出している。


筆者撮影

取材している隣には300年以上の大樹が空に聳え立ち、南国独特の清々しい空気感を醸し出していた。木の周辺には工房で焼かれたと思われるシーサーや壷が無造作に置かれており、その周辺を植物があんばい良く絡んで育っている。緑とブルーが混ざった中間色はエメラルドに似た透明な色で、シーサーもその色と白が混ざった配色になっており、素焼きのまま歳月が蓄積され、黒くなっているのもある。

忠氏はシャイな琉球男子で、取材する私の質問を同行した地元の男性に答えて語りかける。テレ隠しなのかと内心微笑んだ。コロナ禍の中緊急事態宣言が出るかどうかの3月末だったけど、沖縄はまだマスクをしている人がほとんどいなかった。

彼の主催している育陶園は工房に15名の陶工が仕事をしており、そのほかにスタッフが15名、隣に併設している陶芸教室に5名で構成されている。インバウンド観光のブームの中で若手のお洒落なデザインにより伝統的な焼き物だけでなく、多元性に富んだデザインでシーサーや日用品の品目やアイテムを充実させている。新型コロナにより「消費冷え込み」に陥ったのは仕方がない部分はあるだろうが、取材に際してショップの来客は例年になくパラパラだった。


筆者撮影

工房としては、エジプトの高級ホテルからパスタ用の器の注文が入ったり、アメリカやニュージーランド等の国からからも仕事が入っていた。中国やマカオにも仕事で出掛けたりしたという。ニコニコしながら若き日の仕事を楽しそうに語る。

取材をしている横にある大木の側に古い建物があるのだが、そこをアトリエに改築する計画を嬉しそうに話しながら、以前はもっと元気だったのだが、病気になった実の妹さんに肝臓を半分分けた後、体力が衰えているとも言った。結局、妹は助からなかったのだと、悔しそうな表情を一瞬見せた。

取材を終えて歩く工房の近くの小径はとても美しい南国の花々が咲き乱れ、優雅に歩く猫や木の陰で熟睡している猫たちが楽園を生きているような姿をしている。その美しい道沿いではある年配の女性がスケッチを楽しむ姿が見えた。気持ちがウキウキする光景だ。


筆者撮影

取材の終わりに、名刺に直筆で魚のデッサンとサインを添えてくれる優しい忠氏。寡黙ながら優しい沖縄人だ。やちむん1一筋の彼からは、職人独特の緻密さと敏感な触覚が醸し出され、クリエイティブな精神が飄々とした風采になって顔に表れている。

帰り道にすぐ隣を走るトラックにぎっしり積まれたシーサーや工房の陶工が片手いっぱいの焼き物を運ぶ姿が何気なく嬉しかった。南国の風が爽やかだった3月末の沖縄がすでに懐かしい。

 

洪 欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。