アジアの眼〈25〉
「アートで子ども達に夢や希望を与えたい」
――CGグラフィックアートの世界的先駆者 河口洋一郎


photo by GORGE HAYASHI

銀座gggギャラリーで河口洋一郎氏を取材した。とても難しい科学的なイメージを持って緊張の趣で赴いたが、やはり文系頭の私には内容的に難解ではあった。しかし、一度ですんなり理解できないのは、わからないから新しいとも言える。注意深く探究したくもなる。

鹿児島の種子島生まれの河口氏は、幼い頃から未知の生物に出会いたいという衝動に駆られていたという。現存する地球上の動植物のできるだけいろいろな形を、直接自分の目で見て、触ってみたかったともいう。

彼は教えていた東京大学大学院情報学環を定年退職し、名誉教授に。これから作品制作に専念できると楽しそうに話す。

まだ日本にコンピュータが何台しかなかった1970年代、CG黎明期よりプログラミングによりグラフィック表現を研究して来た。数理アルゴリズムにより導き出された自己組織的手法のグロースモデルにより、独自の作品群で世界的注目を集める。


photo by GORGE HAYASHI

2000年頃から、インタラクティブアート・ジエモーション(Gemotion)の研究作品は後にVR/ARへの応用やプロジェクトマッピングの世界の先駆け的存在になった。

1995年にはベネチアビエンナーレ日本パビリオンの代表作家として選ばれ、世界的注目を浴びた。

それらの功績を認められ、ロレアル大賞など、国際賞のグランプリを数多く受賞し、2010年にはACM Siggraph’10 でDistinguished Artist Award for Lifetime Achievement in Digital Artを受賞。2018年にはフランスBNN PRIX D’Honneur 栄誉賞、さらにアジア人初のSiggraph Academy殿堂入りを果たす。日本国内では、2013年、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞し、同年紫綬褒章も受賞。文化庁メデイア芸術祭ファウンダー、初代総合審査委員長を務める。


宇宙蝶バッコは、無重力空間を旅するジャ
イロ型の進化した生命体/アトリエ提供

今年1月から3月にかけて、河口氏の個展がgggと新宿のDNPプラザで同時開催された。gggでは、70年代から今までの氏のCG作品や最新ドローイングの紹介が行われた。CGアーテイストとしての河口氏が今完全に手書きのドローイングを手がける意外性、完璧すぎるコンピュータやAIやロボットに相対する人の手のヘタウマへの回帰とも郷愁にも見て取れる。人間としての挑戦だと作家は表現する。

1970年代から、最近の映像作品、立体作品及び近作のドローイング作品までを網羅する、「生命のインテリジエンス」と題する今回の個展は回顧展に価する。

5億年後のはるか未来を生きる芸術生命体を創り続けている河口氏、多大な業績が評価される中でもこれからスタート地点に立ち続けようとする探究心には脱帽する。


1986年から開発、CG から生まれた。立体作
品のバリエーションも豊富/アトリエ提供

彼が生まれ育った南国の亜熱帯の島、種子島。太平洋の南方からやってくる黒潮は暖流であり、その潮流に囲まれて、自然の中で自由にのびのびと海洋性動植物の形や動き、色彩や質感の観察に明け暮れる自分を夢見ていたという。その夢見る少年がそのまま世界的先駆者に。地球生命体の何億年もの進化の歴史、宇宙生命体を発見し、4次元の世界を図像化することへの夢。アナザーワールドで立体化し、動き、色彩と文様が変化し続け、自ら形態進化を成し遂げる宇宙生命体を、そんな夢の図鑑を作り続けている。永遠の少年、スキップしながらカラフルな海から宇宙までのダイビングをしている少年を彷彿とさせる。

1970年代から作られてきた数多くのモデル、HORN(1981年)角の成長、渦巻く数学の造形、それはグロースモデルで独自のサイエンスアートの世界を確立し、超高精細立体視映像の濃密度感の創出を特徴としてきた。 1

さらに、伝統芸能との融合「ジエモーション」による情感的な舞台空間のパフオーミング・アート、生命体から発想する独創的な深海/宇宙探査型のロボテック立体造形を制作するなど、多岐に渡る旺盛な創造力により、鳳凰の大型オブジエを制作している。今後のさらなる飛躍が期待される。


自己増殖する複雑系 自己相似系の河口の
代表的作品 /アトリエ提供

自己増殖するグロースモデルから、1982年の世界デビューを皮切りに、世界各地での先駆的発表、めまぐるしいプログラミングによるコンピュータグラフイックの映像世界の創出、無我夢中に走り続ける中で獲得したのはどんな興奮と達成感かと想像してみる。がしかし、今なお彼の探究は止まらない。宇宙の生命体は進化を続ける、彼の進化も未来の神秘的な生命体と一緒に無限に広がる。

グロースランドにはエギ-ちゃんが5億年前の太古の世界へと宇宙ダイビングに出かける。太古のクラゲたちはふわふわと海中を漂って、赤々とした自己組織化する岩山を乗り越えていく 。2

時空間を超えて、四次元空間のタイムトンネルへ、そこにはグロース宇宙の神秘的な銀河が待っている。

 
FRP によるグロース作品(Growth)です。再
帰的な繰り返しの自己増殖構造体の作品。
/アトリエ提供

彼はアートで子ども達に夢や希望を与えたいと言う。渦巻く螺旋の楽しげなリズムを自己増殖的に増幅させることでグロース生命体は新陳代謝を繰り返し、その映像の移り変わりは一枚の抽象画に見えてならない。

「複製芸術」から「育成芸術」、コンピュータの中で作られた生命体は、まるで生きた神経細胞が、縦横無尽に張りめぐらされたようなネットワーク空間。自己成長を続ける生命体はどこまで進化するか、CGと手によるドローイング作品を展示しているスペースではとても感動する。宇宙をダイビングしよう、さあ行こう。

1 河口洋一郎「コアセルベーター」(NTT 出版、1994年)を参照
2 河口洋一郎「GROWTH LAND with EGGY」を参照

 

洪 欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。