アジアの眼〈24〉
「真実」を根拠にしたい
――ドキュメンタリー映画監督 王水泊


オスカ-のレッドカーペット、1999年、アトリエ提供

韓国ソウルの出張中に中国の有名な映画監督でアーティストでもある王水泊氏を取材することができた。宿泊していたカンナムのホテルから運転して約30分、韓国の友人が携わっているカフェオンローズという隠れ家にたどり着いた。

カフェの目の前には山々の下に雪が混じった小川が流れ、北米の景色を彷彿とさせてくれるという。監督はカナダのモントリオールに30年暮らしているからであろう、嬉しそうな表情だった。

偶然にも韓国の世宗大学で特任教授として講義に来られていた彼はコロナウイルスの影響で中国に帰れず、ソウルに足止めされている最中だった。急遽取材に応じてくれた先生は不思議と2月10日に新たなオスカー発表がある時期の直前ということもあり、偶然ではない気もした。

山東省済南出身の王氏は1960年生まれで、少年時代の志願兵時代に軍隊の中で文芸兵という職種があったらしく、軍人仲間と毎日絵を描く日々を送っていたという。当時の軍人仲間の董亜春と二人で今後映画を作りたいねといつも言っていた。その後、董は本当に八一映画製作会社1で映画監督になり、王の映画ドリームはカナダに渡ってからやっと現実になったという。

北京の中央美術大学に連環画2専攻の学生として入学し、有名な賀有直先生に師事した。

 
photo by:Jong Min

大学を卒業してすぐ王は一旦大学に残り教鞭をとるが、1989年にカナダに渡り、大学院生になる。大学の芸術教育学は興味が湧く専攻ではなく2ヶ月で辞めてしまった。ちょうどその時に友人にバック[Fredrick Back 1924-2013]氏を紹介され、助手を探しているバック氏にデッサンを見せたところ気に入ってもらい、意気投合してバック氏の生涯の最後の映画である「大水河」のために2万枚のデッサンを3年かかりで描いたという。

そのバック氏はアニメーションの領域で有名な映画監督であり、絵筆伝道師と言われ、ショートフィルム部門でオスカーに4回ノミネートされ、実際「安楽椅子」と「木を植える男」でオスカーを二回も受賞している。

3年間に2万枚のデッサンを描く作業はとても厳しい作業量だったが、とてもいい映画修業にもなっただろう。バック氏同様カナダテレビ局に所属していた王氏はのちにカナダ映画局に移動し、本格的に映画製作に携わるようになる。その間、彼が3年間に2万枚のデッサンを描いて作ったバック氏のアニメ作品「大水河」は1994年のオスカーアニメ部門にノミネートされることに。


和平にチャンスを、ミックストメディア/アトリエ提供


映画《天安門に太陽が昇る》スクリーンショット/アトリエ提供

その後、カナダ映画局で作ったドキュメンタリー映画「天安門広場に太陽が昇る」が1999年に完成する。この映画は、バック氏の影響も受けアニメと動画の形式を使い、個人の懺悔録のような自伝的な形式を取る。そして、処女作のこの映画はオスカーにノミネートされる。オスカー審査委員会の上映会では上映後700人全員が起立して拍手をしていたと振り返る。処女作が一躍オスカーにノミネート、華人映画界の奇跡とも言えた。

2005年に彼は代表作である「彼らは中国を選択した」を完成する。物語は朝鮮戦争が終わった頃、22人のアメリカとイギリスの捕虜たちが中国に残った実話に基づいた映画である。

その後2015年の秋、上海にいる際に偶然に出会った写真が彼の視線に残った。それはゴールドの縁のメガネを掛けた純朴な欧米人の顔と上品な上海女性の写真だった。上海の30、40年代のこの古い写真に彼は執着した。

1930~40年代、ナチスドイツのユダヤ人に対する迫害を免れるために2万人を超えるドイツやオーストリアのユダヤ人は上海に避難してきた。その古い写真のメガネの男性の名前はデイビットブローシュ、若手のアーテイストでもある彼は当時上海に避難してきた2万人の一人だったのだ。


映画ポスター/アトリエ提供


温風、ミックストメディア/アトリエ提供

一枚の写真から始まった調査。上海、嘉興,ミュンヘン、ニューヨーク等地への3年以上のリサーチと家族への聞き取り調査を通して、このユダヤ人アーテイストの物語をドキュメンタリー映画にした。映画「デイビットブロッシュは誰だ」の誕生秘話である。

中国語名は「上海、無言の愛」と命名されているが、上海に逃げて来たナチスに迫害されていたユダヤ人の一人であるデイビットブロッシュは、当時の上海では最も有名なアーティストの一人で、何百枚もの質の高い木版画を残している。写真の中の上海人女性と彼は二人とも耳が聞こえない共通点があり、手話でコミュニケーションを取っていたが、彼女の家族は地元上海の資産家で富裕層、なかなか貧しくて逃げてきたユダヤ人には嫁に出せないと反対されていた。彼女の親が亡くなった際にやっと結婚した二人には子供が二人いるが、アメリカで探し当てた子供やお孫さん達には、最初の頃はなかなか協力してもらえず、長い道のりだったという。

映画で有名な彼は中央美術大学で映画学科を創立し、今大学院生を育てている教授でもあるが、油絵やコンセプチュアルな作品を制作する素晴らしい現代美術家でもある。
中国で30年、カナダで30年、東洋と西洋を熟知している彼の目線からどういう視覚の映画が誕生するか、映画は彼にとってはコンセプチュアルな作品でもあるという。映画と絵画作品、両方とも次作が楽しみだ。

1 八一映画会社は、軍系列関係の有名な映画会社である。
2 連環画とは、中国で20世紀初頭に発行された、一連の物語を1ページ大の挿絵と見出し文で表現する掌サイズの絵本である。中国における漫画の形式であると考えられている。

洪 欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。