アジアの眼〈20〉
建築史家にして建築家
――インターナショナル・ヴァナキュラ−な建築家 藤森照信

国分寺の兒嶋画廊にて、秋の爽やかな午後に日本が世界に誇る建築家、藤森照信氏を取材してきた。画廊から徒歩10分の自宅、タンポポ・ハウスも藤森氏の設計によるものだ。氏が到着されてから画廊のオーナー・児島俊郎氏の自宅の茶室に移って取材は行われた。茶室付きの兒嶋氏自邸も藤森氏の建築。藤森建築の世界がこの国分寺界隈で贅沢に鑑賞できる。


著者と藤森氏 撮影:geoge hayashi

長野県諏訪郡で生まれた藤森少年は、小学校に入学した際に、「好きなところに座りなさい」という学校の先生の言葉に反応し、窓際に座ったという 。生前の赤瀬川原平氏と懇意にしていた頃の赤瀬川目線の藤森氏は独特な自由さと、適切なタイミングで調整できる節度もあるという印象だったらしい。藤森建築を、一般大衆はびっくりするが、その後に受け入れるという赤瀬川氏の意味が、ご本人に会い、取材していくうちに合点できたような気がした。

取材は笑い声が絶えない中で進行した。藤森氏がデザインした銅板でできた壁面は、一瞬宮崎駿の世界に紛れ込んだ錯覚に陥る感じだ。茶室の壁には木片を焼いた「炭軒」が壁一面に付けられ、抽象画のようにも見える。その名はチョコレートハウスなのだ。

植物を屋上に植えて、生きた建築を試みていた建物がある。自宅のタンポポ・ハウス、一本松ハウス、ニラハウス、ラムネ温泉館等、自然素材を建築の壁や屋上部分に使う発想。メンテナンス中に失敗もたくさん経験しているらしいが、点で植えると問題ないと話す。

藤森氏は、東北大学で建築学科卒業後、東京大学大学院及び同大生産技術研究所で村松貞次郎氏に師事し、日本近代建築史、都市史の研究を行った。1974年には「東京建築探偵団」を結成し、関東大震災後の復興期に多く建てられた店舗兼住宅を「看板建築」と名づける。彼の建築史研究は、国内に留まらずアジア各国に研究のフイールドを広げるようになり、その成果が「全調査東アジア近代の都市と建築」(1996)として現れる。

建築史家にして建築家、藤森氏は建築史家として日本の近代建築を研究するかたわら、80年代に美術家赤瀬川原平氏らと路上観察学会 、縄文建築団 を結成し、自由な発想とユーモア、現場と行動力とで「建築」の間口を世に広く開いた。建築史家としての藤森氏は著書が多数あるが、その著書の名前からも判断できるように、何だか楽しいことをしている少年のようだ。「建築探偵」シリーズがあり、雨天決行、神出鬼没、奇想天外など、お茶目な少年がスキップをしながら建築史を研究しているようなイメージだ。

彼が建築家としてデビューしたのは44歳の時だ。それから今日まで、奇想天外な風貌、なおかつ周囲の環境との調和、そして自然素材を斬新に取り入れる手法で、比類なき建築家としてたくさんの作品を生み出してきた。インターナショナル・ヴァナキュラ−な建築家と呼ばれる理由は、歴史の研究で見廻った博学なフイールドにより、国際的でもありながら地域風土的でもあるという、一見相矛盾している項を消化し、見事に自分の味にしているところだ。

藤森氏の言う「自然との調和」とは、端的に環境に優しいとかではなく、いかに自然の中に建築を溶け込ませるかということに意識を向けている。

まず、神長官守矢史料館は、長野県茅野市宮川にある守矢家の文書を保管・公開する博物館で、藤森氏のデビュー作であり、代表作でもある。4本の柱が飛び出たようなデザインが特徴の建物は、柱に地元産のイチイの木が使われている。史料館の近くには藤森氏の作品「空飛ぶ泥舟」、「高過庵」、「低過庵」などの茶室もある。


空飛ぶ泥舟 2010年完成 藤森氏提供

「空飛ぶ泥舟」は2010年に完成した作品で、建築物を空に浮かせたいという念願を叶えたアシンメトリーな、フグのように見える美味しそうな茶室だ。


高過庵 藤森氏提供

茶室「高過庵」は2本の栗の木の上に建てられた可愛い建物で、高さは6m。アメリカTime誌の「世界で最も危険な建物TOP10」に選ばれている。

上記でも言及した町田市にある「ニラハウス」は、親交が深かった作家の赤瀬川原平氏の自邸であり、ニラが一面に植えられた屋根が特徴の建物で、この作品は日本芸術大賞を受賞している。


La Collina 近江八幡 草屋根 藤森氏提供

滋賀県の近江八幡市にある複合施設「草屋根」は、芝で覆われた三角屋根が特徴で、周りの風景と一体化している。中にはお菓子屋さんとカフエが入っていて、人気が絶えず年がら年中長蛇の列になっている。

大分県竹田市には藤森氏設計のラムネ温泉館がある。焼杉と漆喰によるストライプ柄の壁が特徴の建物で、屋根には手捻りの銅版が貼られている。温泉の壁や天井も漆喰で塗られており、洞窟のような雰囲気になっている。

栃木県宇都宮にある住宅「コールハウス」は、焼杉を使用した外観が特徴で、右上の飛び出た箇所が3畳ほどの茶室になっている。窓の配置がユニークなだけではなく、屋根を突き抜け出た手作り感が漂う作品である。

何年か前に偶然通りかかったことのある、静岡県掛川市のねむの木こども美術館はどんぐりをモチーフにしたドーム型のどんぐり屋根が可愛らしい建物で、屋根には草を生やしている。La Collina 近江八幡草屋根は芽吹く芝の屋根として注目を浴び、現代の縄文建築として知られている。

それだけではない。オーストリアのライディング村にあるゲストハウス「鸛庵」は、屋根に上にコウノトリの巣がある建物で、夏になると鳥と一緒に暮らせる仕組みで、伝統的な茅葺の屋根を採用している建物だ。

また、多治見市モザイクタイルミュージアムは陶器の街ならではの素材を活かした建築だ。

2001年に手がけた熊本県立農業大学校学生寮で日本建築学会賞を受賞し、2006年9月にはヴェネツィア・ビエンナーレ日本館のコミッショナーを務めた。

現在は、2016年より東京都江戸東京博物館館長に就任している藤森氏だが、彼の建物を見たら皆ニヤニヤして幸せな表情にさせられる魔力がある。お茶目で楽し

くユーモア溢れた、遊び心が満載された建築は人類が本来持つべき姿ではないだろうか。

 

洪 欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。