アジアの眼〈17〉
世間のノイズから拾い上げた波動や宝物が作品に
——パリ在住日本人美術家の軌跡 黒田アキ

恒例の春のヨーロッパ出張最終の地・パリにて、日本人現代美術家の黒田アキ氏を取材した。アトリエは14区にあった。

ひょんなご縁でパリ留学時代にアトリエ近くのスタバでお会いしたこともあり、国際的に有名な方であるにもかかわらず懐かしさが募った。以前偶然お会いしたスタバはすでに無くなっていたのだが。

京都市出身の彼の祖父は芸術家のパトロンを務めた呉服商、父は経済学者で同志社大学の大学教授、叔父は洋画家の黒田重太郎である。


撮影/曹哲輝

4歳の時、戦後の何もない時代に読んだミノトールの本にとてもカルチャーショックを受けたという。ギリシア神話では獣頭人身が良く出てくるが、現代社会の私たちはどんどんすごいスピードで進化を続け、SNSで瞬時に繋がる世の中で、時間と空間の概念が大きく変化したにもかかわらず、人間の体は変わらないままである。体が頭についていけず、精神的に負担を覚えて、脆弱になっていく一方の人間社会。急激に増えてきた人間に対して食料は少なく、フランス人経済学者ピケティ著『21世紀資本主義』では貧富の格差が広がっている問題を提起している。

AIやロボットが進化した際に、人間は自分たちの作った機械により職を失い、豊かな国の大人たちは栄養過剰のため必死でお金を使ってジムでダイエットをし、貧しい国の子供たちは餓え死にしていく。この滑稽な世の中で、その不穏なノイズから拾い上げた波動や宝物がキャンバスに作品として降りてくるのだと彼は述べる。

生活環境ゆえにヨーロッパ行きはとても自然であったこともあり、大学時代に一度渡仏していたが、家族との約束を果たすため、一度帰国して同志社大学文学部の学業を終え、再度パリに渡る。70年頃のことであった。以降、ヨーロッパを中心に活動しており、最初の個展はドイツだったという。

彼の作品には、ギリシア神話にまつわる迷宮、ラビリントスの半人半牛のミノタウロスが象徴的に描かれており、アリアドネの糸が空間を作り、またカリアチードのシルエットでも有名である。


現在開催中のアビニヨンラピデール美術館での展示会               アトリエ提供

1992年から現在まで「COSMOGARDEN」(コスモガーデン)と呼ばれる、流動的で「異種混合的」なトータルアート・スペクタクルの活動を続けている。

一見動物にも見え、作家自身の自画像にも見える作品群たちは何年か過ぎた頃にアトリエの作品の中からぴょんと飛び出して、今の時間軸で新たな内容が付加されるらしいのだ。

日本では京都のモリユウギャラリーを中心に展示会を展開し、パリでは、ミロやジャコメッティなどを取り扱う世界的に有名なマーグギャラリーで長い間個展を行っていた。

パリに渡って49年、生まれ故郷の京都よりも遥かに長いパリ在住での創作活動となるが、一度京都に帰る予定だった際に出かけたパーテイーで友人が連れて来た二人の友人が、一人はパリ・ビエンナーレのデイレクターで、もう一人はマーグさんだったというからすごい。


「YELLOW GARDEN」 2011
190×320cm  acrylic on canvas
©Mori Yu Gallery提供

1980年、パリ・ビエンナーレのフランス部門に出品し、以後ヨーロッパ、アメリカ、日本を中心に世界各国で個展を重ねたあと、1993年に東京国立近代美術館で、翌1994年には国立国際美術館で個展を開催することになる。当時では、最年少での個展開催だった。

1995年にはサンパウロ・ビエンナーレに参加し、世界的な評価を受ける。その後も2005年、リヨン・ビエンナーレにコスモガーデン3を出品し、翌2006年には京都文化博物館にコスモガーデン5で個展を開催することになる。

それだけではない。建築家・安藤忠雄とのコラボレーション、リチャード・ロジャースとのコラボレーションはRIBA英国王立建築賞インターナショナル・アワードを受賞する。

文学部出身の彼は、1985年に美術文芸誌『ノワズ』を創刊し、哲学者ジャック・デリダやミッセル・セールが寄稿していた。1991年には美術誌『コスミッシモ』を創刊し、ヴィム・ヴェンダースやソニア・リキエルの作品等を掲載していた。

1993年にロシアバレエの傑作「パラード」の舞台美術を含め、さまざまな舞台美術を担当することになった。最近では、大学の若い学生たちとのコラボレーションも数多く行っている。


「untitled」  2016
65.2×53cm  acrylic on canvas
©Mori Yu Gallery提供

老舗モーブッサンのシャンゼリゼ店と銀座5丁目店の内装を手がけ、コスモガーデンをトータルコンセプトとし、全3フロアからなるショップ・スペースに彼のパリにあるアトリエの雰囲気を再現し、二週間をかけて描き上げた。

作品を作り上げる途中は時間の流れを止めてパッと決める時に作品が一度完成される。ノイズからメッセージを宝物として拾い上げるが、作品を作っている過程は作品が勝手にできていき、自分が予想していなかったものができあがる時がある。他力本願である。できあがった作品は観るものがどう見ようとすでに関係性を失うという。

今回訪れたアトリエでは、赤、ブルー、黄色が目立つが70年代では黒に線が描かれ、ミッドナイト・スパゲッテイ、First night等がテーマとしてあった。その理由を聞いてみたらお金がないから黒にしていたと冗談ふうに言っていたが、「闇」を表す色だったと言うのだ。

東京ドームには彼の大きな作品がある。パリでも大きな壁画がパブリック・アートとしてある。

ラピデール美術館でいま開催中の展示会がとてもユニークでかっこいい展示になっている。文学少年っぽい黒田アキの世界、コスモガーデンにはどんな新鮮なミステリアスが潜んでいるか、新作展がとても楽しみだ。

洪 欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。