アジアの眼〈16〉
「永遠の少年」
—— 国際舞台で活躍する上海の美術家 孫良

上海のフランス租界地にあるアトリエのルーフ・トップで現代美術家の孫良氏を取材してきた。

杭州生まれの孫氏は、上海のフランス租界のあたりで育った。70年代上海の幼少のメモリーは印象深いという。


撮影/Mao

大学時代は上海軽工業大学で美術デザインを専攻したが、卒業したら国が職業を分配する時代であったため、最初の半年は食品工場で働いたという。若さから来る鋭さというか、生まれつき反抗精神の持ち主のせいか、1982年に大学を出た彼は、絵を描く時が最も自分に合っていると感じる。だが、社会が閉ざされた長い時期を経た中国は、当初、絵画関連の画集はもちろん、画廊も展示スペースもなかった。何もない状況下ではプロのアーティストになり得ないため、上海理工大学で教えながら絵を描き続けたという。

彼がまだ自発的に表現主義の絵を描いていた80年代は、社会が長期間閉ざされていた反動からか、中国では哲学、文学書が大人気になった。書店で新書が発売される日には長蛇の列ができたという。若者たちが貪欲に知識への吸収意欲を見せた時期だった。今の書籍はノウハウ本が最も売れ筋である。(アリババのジャック・マーが如何にして成功したか等)

1980年代は、ほとんど情報がない中で、絵描き仲間でいろいろと計画してもあまりうまく進まないことが多かったという。そうした中でも、上海美術館や中国美術館での重要なグループ展には出展していた。

その彼に転機が訪れた。1992年のカッセルドキュメンタの時期に、中国の作家たちが初めて国際舞台に登場した展示会が開催された。そのテーマは「巡り会う」で、おそらく国際規模のアート・イベントで中国現代アートが披露された初の企画だった。

翌1993年は第43回ベネチア・ビエンナーレでは、徐氷、李山、方力釣、王広義、張培力、丁乙,余友涵等と一緒にグループ・ショーの形で展示され、国際アートシーンに大きな話題を呼び起こした。この展示会をきかっけに、13人の中には今や世界的に有名な作家になり、オークションですごい落札額の記録を作る人も続出している。孫氏は冗談まじりで、「マーケットに受け入れられているなんてとても憤慨すべきことだ」と話す。ベネチア・ビエンナーレに中国国家館はまだなかった。

その展示会の後も、彼の国際舞台での活躍は続く。香港の富豪の家に住みながらの創作活動、香港画廊との仕事が彼に貴重な経験を与え、その際に悟ったことはアーテイストである自分への自己認識と強いプライドにつながったという。


《翅》190X110cm 1999年

東京だと銀座の東京画廊の展示会に出展したこともあるが、その時はまだ海外に行くことが難しいために、作品だけが出展され、彼自身は行くことはなかったという。

2012年にシンガーポールMOCA現代美術館で開催された個展は、1980年代の表現主義から、現在の幻惑リアリズムまでの全ての作品を網羅し、彼の作品を全面に押し出したと言える回顧展に近い展示会だった。

1980年代初期の神秘主義、象徴主義、表現主義、抽象絵画等を貪欲に試みた時期を経て、彼の絵画にはとても美しい、魅惑的な動物と人間が、男と女が、そして何かが一心同体に浮遊している。一見美しい画面は、よく見るととても緊迫した、危ない香りが漂い、「死」を呼び起こす美しさが彼の絵に独特な宇宙観を醸し出している。危ないかもしれないけれど、その耽美な甘い誘惑から目が離せないような感覚に似ている。


《幽光》180X140cm  1996年

チーター(豹)と蛇と想像上の動物たち、神秘で、残忍で、素早く、それでいて美しい豹に女体が複合され、毒蛇が舌を危なく動かし今でも何かを奪い去りそうな画面、それを上目付きで見上げる小動物。人間世界の男と女、あるいはギリシア神話や中国の古典・白蛇伝を連想させる。人間の体をした美しい豹、一心同体になれたと勘違いしている男女、陶酔して寝ているか死んだかわからない恍惚とした表情の面々。果てた時の「プチ・モール」と表現するフランス人の表現を思い出させる。

動物自体が怖くて危ないのか、見る側が勝手に怯えているのか。子トラはまだ怖くないはずだが、大きな動物や蛇などに生来の恐怖心を刻み込まれている滑稽さ。それを見逃すまいと自由に耽美に描く彼の作品は、とてもストーリー性にあふれた抽象画であり、幻惑リアリズムである。


《オフェリア》150X110cm 1990年

彼はとても優しい語り口調で、鋭い言葉使いをする。その作品はやはりその人そのものであり、「永遠の少年」である孫良氏は、今日、チーターに魅惑されて危ない目にあったのか、蛇に噛まれそうになりながら美味しい思いをしたのか、それとも自分が危ない翼をつけたキリンだったのか。作品の中にあるものを解読するのはとても面白くて耽美な体験である。

世界中の美術館、画廊での展示会を経験し、今年の年初に上海の古い学校を改装した場所で開催された個展では、進化した幻惑リアリズムが花咲いていた。

どこまで美しく危ないか、期待していること自体危ない。

洪 欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。