アジアの眼〈11〉
私の作品は私の身体を通して私の生活している日常から発生し「中性的な場」を作る
—— ポスト・モノ派の一員 保科豊己


撮影/Hayashi George

年明けの日差しが眩しい午後、大学研究室にて取材は行われた。

現代美術家で東京芸大の教授であり、副学長である保科豊己氏は長野県の山間部の谷間の川岸にある家で生まれた。

人間は成人する前に幼少期に経験した体験に深く影響されるものだ。特に12歳頃までの経験、川の流れる音、お父さんの納屋で火事のあったこと、障子のあった日本家屋の光り、「冬の雪の日は、夜中でも障子の向こう側は、雪に照らされた月光によりろうろうと明るい」。こんな少年時代の身にしみた記憶が後に彼のデビュー作「間」につながっていく。


マザーズツリー空中庭園/アトリエ提供

1980年代に制作されたインスタレーション作品のデビュー作「間」は美術界の注目を浴び、パリで展示された。細長い木材を曲げて骨組みにし、表面に日本の和紙を墨で貼り、画廊の壁と天井空間を分割した作品だ。彼の少年期に「日常」で最も身近に接していた「障子」が、作品のとても重要な「素材」として扱われているのはとても自然な成り行きである。1982年作品間「木、紙、墨」はパリ市立近代美術館で開催された第12回パリ・ビエンナーレで発表された。2003年には、同作品をアメリカのシカゴにあるウオルシュギャラリーで発表している。彼が表現しようとしたのは空間と身体の関係、すなわち互いの相互浸透の関係であり、それを「中性的な場」と称す。日本のナチュラルな素材である紙と木と墨を使っていて、「もの」と「もの」との「間」という、非常に古くからある日本の伝統的な哲学・思考をもう一回呼び起こす注1。書道をやっていた彼には墨も「日常」にあるものであった。


間/アトリエ提供

1997年のインスタレーション作品「水の記憶」は以前の作品を発展させたもので、長野の故郷の山岳で岩盤より滲み出した水を拓本の技術によって墨による黒い水紋を和紙に記録した作品だ。趣のある墨色の間に、彼の東洋文化に対する理解が見て取れる。1998年、同タイトルの作品が中国で発表されている。

2007年の「炎上する記憶」というインスタレーションがある。炎は幼い少年にとって美しく魅了される完全な美であったという。全てを焼き尽くしてほしいとさえ思った。展示会場では、会場の窓の外側に二つの映像をインスタレーションし、音量も外から聞こえるようにセットされた。まるで炎上された小屋の中に閉じ込められたように体感する。室内には、6枚の屏風に幼い頃の記憶の文章が、荒々しい書の筆勢で書き込まれている。

2005年に成都現代美術館で開催された、成都ビエンナーレで発表した「ここはそこ、そこはここ――天空に昇る滝を見るための階段」という作品がある。その時、彼は偶然にも峨眉山の近くで、偶然に一軒の朽ち果てた民家を発見したという。その主を失った民家のレンガは半ば半壊状態で今でも崩れ落ちそうな感じだった。庭には美しいしなやかな柳の木が唯一命を育んでいた。その柳の根元で一休みし、ふと見上げると峨眉山の方向に美しい滝の風景が目に飛び込んできた時、忘我の境地に陥ったという。それら一軒全ての廃墟を展示会場に移動し再構築することにしたのが上記の作品になった。6×18mの滝を見るための階段状の構造体を制作し、頂上にはこの柳の木を移植した。人々は女性的なエロスの場に向かって階段を登り、その柳の根元で地上から天空に向かって昇る水流の映像を眺めることになる。


雨に光るバイオフォトン/アトリエ提供

2000年と2003年の越後妻有トリエンナーレプロジエクト、天に降りたmother’s treeの庭園という作品がある。Mother’s treeの空中庭園は蒲生地域に自生する野草の花による植物公園と、土地の記憶によって造形された公園である。そこに樹齢70年ほどの山ぼうしと樹齢20年ほどのブナの木を移植した。この移植された木が池の土地の記憶を再現しているという。公園のストーリーとして、中央に母なる木を置き、方位を示す東西南北に池の風土(空間)と自然(天、風、水、土、木)と身体との関係によって、四方の方角に彫刻作品が設置されている。ブナが池植物公園と命名された公園は宇宙の縮図であり、作品の中で現在は過去であり、過去は現在であるといった時間を感じる。注2彼は、当時「モノ派」注3の一員であった東京芸大教授の榎倉康二(えのくら・こうじ)先生の影響を受けるが、その継承として同期の川俣正と保科達の一群の世代はポストもの派と呼ばれている。その相違点は、もっと開放的で自由な表現を目指しているという。

最近の作品はインスタレーション作品に完成させる最初の原案のスケッチを絵画作品にしている。モノ派とは違い、彼らは当初「空間派」とも呼ばれ建築的な場や環境さらに脱構築の理論を吸収し、寄生のような有機的な斬新な作品表現を創り上げた。

インスタレーションは観るモノに対する「仕掛け」であり、「雨の音を聞く家」とかアメリカの9.11のスケッチの作品名は単語ではなく、詩のような文学性を秘めている。詩人であり、現代作家であると言っても過言ではあるまい。

洪 欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。