アジアの眼〈9〉
美術は地域をひらく
大地の芸術祭の生みの親 北川フラム

この夏は越後妻有に三度も訪れた。一番の感動といえば、夕方7時頃移動するバスの中で遭遇した、燃えるような雄大で美しい夕焼け空だったのかもしれない。いやこの大地の芸術祭を7回主催した総合デイレクター北川フラム氏の取材ができたのも幸いなことの一つであろう。


ア-トフロントギャラリー提供

今年の7月29日に第7回目を迎えた大地の芸術祭は、2000年に越後妻有という地域を中心に世界中の作家が3年に一度集まり、棚田の広がる新潟の大地で試行錯誤を繰り広げる芸術祭である。2000年に始まった当初は地域の人達の理解を得るのにとても骨を折ったらしいが、「子蛇隊」というボランテイアも加わり、7回目の今年は51日間で52万人以上の人が訪れ、初回の16万人からすると大きい進化とも言える。

もちろん、注目すべきは訪問人数の数字の増加だけではない。越後妻有はどういう場所か。440年前、信長に追われた三河、尾張、伊勢の一向宗(浄土真宗)の門徒たちが北陸転戦に敗れ、命からがら逃れて来たのが山深い豪雪のこの地だったという。それまで約440年間、彼らはその出自を秘して目立たぬように生活してきたというのだ。それが実はこの大変な山の奥で結束固く守り続けられた峠の棚田のルーツなのだ。

あるいは日本一の美しい集落と言われる川西の奥にある小白倉は、平家の落人集落とも言われている。また、集落全員が尾身姓と言われる鉢という集落は十日町中心からは断崖絶壁で区切られた美しい集落であり、苧(お=からむしの繊維を紡いだ糸)を生業とする人たちが古い時代に移動してきた場所だと言われている。

まさに越後全体、そして妻有という土地は、それぞれの時代に様々な理由でやってきた人たちが住みついたところだ。親鸞、日蓮などが追放された場所であり、政治・経済・宗教・文化的に中央から追われ、あるいは出ざるをえなかった人々が辿り着いたところだったのだ。彼らは半年にわたる豪雪と、度々おこる飢饉のために、長い冬の中で春を待つ気持ち、人を恋うる気持ちを知ったことだろう。

妻有では、山を越えて眺めると、その下の盆地に息を飲むような美しい集落が展開されていることに驚きを隠せない。その配置もまた見事なのだ。


撮影/XIAOBAO XIANG

この美しさをフインランドのマーリア・ヴイルツカラが蓬平で、パラボラアンテナのような管笠とその中の電球の灯りが日暮れとともに点けられ、また夜半、少しずつ消えていくという作品に結晶させている。

2000年の初回からこの大地で作られた作品は、実行委員会の協議により、何百の作品の中から、毎回一部が永久に保存される。能舞台にある草間彌生、カバコフ、ボルタンスキー、アブラモヴィチ等、国際的に有名な作品たちは、今でも人気の高い作品群で、訪れた人たちの写真スポットになっている。

7回目の今回は作品が370点ほどあり、会期中に3回訪れた私でも見ることのできた作品は100点前後にとどまる。今年は、大地の芸術祭に中国の作家たちの作品が多く展示されていたのが印象的だった。「背景の物語」を作ったシュビン(徐氷)の作品、「中国ハウス」の「五百筆」で知られるウジェンアン(鄔建安)の作品、教室一室をインスタレーションで埋めたカウ・ユ(高瑀)の作品等が目立った。これは中国の作家達を大地の芸術祭に積極的に送り出してきた孫倩氏の功績が大きい。

北川フラム氏は、大地の芸術祭以外にも、瀬戸内トリエンナーレ、北アルプストリエンナーレ、奥能登トリエンナーレと4つのトリエンナーレの総合デイレクターを務めており、毎年芸術祭が交代で行われている。

富士ロックと同じ時期ということもあり、opening前後の越後湯沢の駅周辺では、今年は中国語の聞こえる頻度が高かった。実際、今回の開幕式には初めて中国語通訳が加わっている。


撮影/Cathy

美術で地域をつなげること、今回の大地の芸術祭にはお祖父さん、お祖母さんに連れられてきたお孫さんの姿が目立つようになったと北川さんは語る。取材時、嬉しそうな表情になった瞬間であった。

実は取材時、私は無錫の地方政府の訪問団を引率していた。彼らは、大地の芸術祭の経験を中国の過疎地域の地域興しに役立てたいと、積極的に学ぼうとする姿勢と意欲を隠せなかった。

中国と日本は、都市化の過程で起きた農村地域の「過疎化」、出稼ぎ労働者として大都市に移動して行った経過が類似していることが多い。数多くの中国の地方政府の人たちが勉強しに来たのが目立った。

北川さんは、2000年にスタートした「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」で「第7回オーライ!ニッポン大賞グランプリ」(内閣総理大臣賞)を、「瀬戸内国際芸術祭2010、2013、2016」では「海洋立国推進功労者表彰」(内閣総理大臣賞)を受賞している。また、2003年にはフランス共和国政府より芸術文化勲章シュヴァリエを受賞し、今年は文部科学省から文化功労者に選出されている。

上海で11月5日から10日まで開催されている第1回中国国際輸入博覧会では大地の芸術祭専用ブースが設けられており、大地の芸術祭の経験が中国の大地で生かされることが楽しみだ。

 

洪欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。