アジアの眼〈8〉
「描く」というより「書く」
抽象画の第一人者 黄淵青

上海郊外の宝山区にあるアート・ビレッジ1919で抽象作家の黄淵青氏を取材してきた。空調の効かない天井の高いスタジオはとても暑かったが、取材は文学、80年代の哲学の流れ、そして具象と抽象、東洋と西洋という話題で盛り上がった。

上海生まれの彼は大学では理工学部で物理の勉強をしていたが、優秀だったため、卒業したあと大学に残って講師を務めることになる。そこで、科学技術大学の講師を勤めながら師範大学でも芸術学の勉強を続けるチャンスをもらったという。


撮影/Zhao tao

アートにはまったきっかけになるこの2年間はとても大事な時期だったという。幼い時分から書道の練習を続けてきた黄氏にとって、抽象の「線」のこだわりはここから由来するものだと思われる。そういう意味で、氏の抽象画は描くというより書くと言った方が適切なのかもしれない。なぜなら、書道に親しんでいた彼にとって、書道の原理や規則が絵画を構成していく過程の絵画言語になっているからである。かつて書道の道で培った経験や手法、書道は失敗を許さないが、抽象画の画面では直し、塗りつぶし、また重ねることを繰り返し、だんだん画面の上で表情が豊かになり、自分との会話も増えていくようだ。それが彼独特の絵画言語を成り立たせ、彼の文学的趣味や哲学傾向性も垣間見ることができるようにしている。

通常だと質問を長くせず、相手に話をさせるのだが、何故か氏の取材ではとても長い議論のように質問を長くしていた。スマートな彼はその長い質問の中でキーワードを拾い上げ、それをとてもカッコよく展開してくれる知恵があった。取材しながら妙に感心したものだ。


撮影/Zhao tao

10年前に上海の画廊で抽象絵画の展示会を開催した際、普遍的な反応はわからないと首を傾げて出て行ってしまう感じだった。韓国で抽象画を専門にしている画廊がM50の近くに進出してきたが、2年弱で撤退してしまった。しかし、今では上海の錚々たる一流画廊がこぞって抽象絵画の展示を競うようになった。大きな変化だと言えるだろう。間違いなく上海は今、抽象画の時代なのだ。そして、黄氏は間違いなく抽象画家の中で一目置かれる第一人者である。上海、あるいは世界で。

80年代に大学時代を迎えた彼の青春時代、文学青年と呼ばれる仲間の間では哲学のブームが起きたという。その時の本を出版の質はさておき、大事に持っているのを見ても読み取れる若き日の作家の面影だ。それは、反骨精神に翻弄されながらも貪欲に新たな知識を受け入れようと頑張るその時代の若者のイメージでもあるだろう。

物質が乏しい中の尊い精神世界への憧憬、オノ・ヨーコさんが弟を連れて戦争の中、食べ物を想像させて満腹感を覚えさせた話しのように、そこには清らかで単純な「貪欲さ」が潜んでいた。その時代の若者に特有なものでもある。


パール·ラム画廊提供

書道のルールを一度大胆に破り、草書や狂草に似たものを、一枚のパネルで書き続ける。心ゆくまで。日頃、吐き出せなかった、言葉では表せなかったモヤモヤがそこに気持ち良く吐露されているようにも見える。しかしなのだ。多分それだけではない。私たちは皆それぞれ複雑な総合体である。貴族の奢侈(お金が多いと貴族だと勘違いする現代人は多いが、必ず一致はしない)と自由市場で野菜や魚を売る庶民の荒っぽい下品さ、配慮深い哲学者であり、かなり気違いじみた偏執狂、誰にもばれたくない本当はとても我慢ならない恐怖に叫びたい気分、など日々私たちはそれを習慣的にどこかに隠しながら暮らしている。

それを彼は画面に全て出し切っている。一枚ではないかもしれないが、抽象という名の画面に相当スッキリ出している。苦しいかもしれないけど、気持ちよくもある辛抱強いプロセスを経過しているからだ。

最も単純な問題は、えてして最も複雑なものだ。彼の作品の中で、私は理性的な、善良な、ユニークな、少しふざけた、喜怒哀楽以外にも隠しきれないバブリーな世界に対する違和感等、ただ一人ではなく、その時々に応じて複数の「個」の違う側面と感情を捉えることが可能なのだ。


撮影/annie sun

作家が自分の顔と名前に被せる仮面、仮面の後ろにあるものの神秘性は見るものの想像をかきたてる。隠し続けると、光が欲しくなって時々真顔を見せ、またある時は、変化を求めて違う仮面を被り始める。その繰り返しが画面の豊かな表情とタッチを作り上げているように思われる。

日本では京都の画廊ですでに氏の個展が開催されたことがある。上海と香港の画廊パール・ラムさんの画廊での展示会も香港バーゼルの期間中に大きく展示されている。

それこそが抽象画家・黄淵青の作品とその人の魅力だろう。国際舞台で羽ばたく氏の活躍が楽しみだ。作品を見つめているうちに見えてくる新鮮な側面、見る者の喜怒哀楽によっても変化をきたす画面、それこそが抽象画の真の醍醐味である。

洪 欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。