アジアの眼〈5〉
大芩(テクム)奏者で旅を愛し、僻地の子供達を支援し続ける自然主義者
――旅人 釈自然 

上海郊外にある古典文学の名作「紅楼夢」に登場する名園に因んだ大観園の西側に淀山湖という湖がある。上海市中心部のフランス租界地に10年ほど住んでいた釈氏はまさに上海郊外に引越し中だった。郊外の湖畔はほぼ蘇州よりの村で、村人たちの二階建ての農家を借りて内装し、引越しの荷物が片付いていない中での取材だったため、小雨が降る中、水辺での取材になった。そのうち、茶人でもある彼の屋外の茶室になるところだというが、草が茂っている水辺では蚊に猛烈に刺されながらの取材となった。

釈自然氏は韓国江原道春川(チュンチョン)出身で、ひょんなことで15歳の少年時代に大奏者の第一人者イ・センガン氏に見出され師事し、ソウルにて学徒制度による住み込みの生活が始まったという。有名な師匠の厳しい教えには相当つらい思いもしたらしいが、そのつらい中で身につけたものこそが彼にとって一生の宝物になったという。勢いのある大の吹き方は師匠の特有な特徴を継承しているが、それを消化して自分にしかできない工夫を重ねてたどり着いたのは、即興演奏であった。息子の名前と一文字違う兄弟のような名前が与えられたほど師匠には気に入られ可愛がられたらしい。


撮影/annie sun

1980年代の若き日、大都市を離れて田舎生活に戻るブームの中で、彼が帰郷して山中に行ったのが1982年頃のことで、ちょうど飲み仲間でありパントマイムニストであるユ・ジンギュ氏や、詩人で作家のリ・ウエスク、アーティストのシン・ジョンテクらと毎晩のように飲んだくれた時期があったという。

そうした中、彼は飲んでばかりだといけないと悟り、毎週土曜日にテーマを決めてみんなで即興公演を始めたという。今年で37周年を迎える「美しい舞台、美しい茶会」は今でも韓国と中国で続けられている。飲み会の延長線上に生まれたような気軽な実験公演が、こんなに多くの人を巻き込む国際的なイベントになると当初は思いもよらなかったが、今や毎年5回以上、中国と韓国の自然豊かな環境や、美術館で開催する国際的なイベントに発展している。

約10年前に住まいを中国・上海のフランス租界地に移した釈氏は、杭州、蘇州、大理、上海、長沙、貴陽、海寧等の都市で公演を開催し、自然豊かな屋外のスペースと古い家屋等に茶席を設置し、韓国と中国の茶人たちがそれぞれのお茶を振る舞う感じのイベントになっている。自分の茶器を持参した来客がいろんな茶席を回りながらお茶を飲み比べ、歓談を楽しんだ後、ステージでの美しい舞台を観賞できる。そのイベントの収益は雲南省の僻地の少数民族の子供達のために使われている。


スタジオ提供

茶人でもある釈氏は毎年雲南省に行き、プーアルティーをつくり、それを美しい茶会の入場券のプレゼントとして使っている。そして、中国全土に散らばっている茶人仲間や音楽仲間は、釈氏のその公益的なマインドに賛同して場所や資金を提供したり、全国各地から茶会に集まる人々にお茶席を設けて美味しいお茶をもてなしている。

僻地の子供達は、最初は人見知りで照れたりするが、慣れてきたら写真を撮ってほしいとせがんだりすると、彼は嬉しそうに語る。

中国と韓国の多くの都市で毎年様々なアーティストたちを巻き込んだ「美しい舞台、美しい茶会」は中韓の間でアートを通じて交流を促す文化使者的な役割も果たしている。釈氏とパントマイムの柳氏は37年間変わらず一緒であり、それ以外のメンバーは毎度変化していく、とても面白い企画である。

一方、2005年5月から3年間の自転車旅行は驚きの連続だったという。それは西安から出発してカナダまで自転車に乗っての旅行だったが、西遊記の孫悟空達が行ったようなシルクロードのルートよりも長かったという。


スタジオ提供

途中で自転車が故障したり、体調を崩したままビザの切れないうちに国境を越えないといけなくて、大雨の中で下痢をしながら国境を越えた涙ぐましい経験もした。もう一度やれと言われてもできない経験だと言いながら、やはり旅は日常の中で腐りそうな人間の精神のフレッシュさを再び呼び起こす、最も偉大な師匠だという。

韓国の新羅時代の有名な高僧であるヘチョスニムも通った道であると自負する。ただ、昔は徒歩だったため時間がもっとたくさんかかっていたはずだ。中国の西安からカナダまでの道のりでは、バスの中からお水の入ったボトルを投げてくれた優しい人や親指を立てて励ましてくれた人たち、あるいは食べ物を分けてくれた見知らぬ人たちの支援や励ましが嬉しかったし、多くを学んだ。放浪の旅はやはり学びの道であり、新たな出会いの場でもあった。

雨に濡れた時に乾かしてくれる太陽の力、大自然はそのままの姿で放浪中の旅人にエネルギーを与えてくれていた。

僻地の雲南省の子供たちに衣類や学用品や書籍を送る呼びかけや、学用品を持って行き一緒に楽器を演奏したりするのも彼らしい行いである。

洪 欣
東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。