松尾清一 名古屋大学総長
日中両国が協力して人類的な課題に取り組む

21世紀に入ってからの日本人のノーベル賞の受賞者(外国籍を含む)は18人で、毎年1人のペースである。特に名古屋大学からは6人の受賞者を輩出している。名古屋大学には他にはない何か特別な環境があるのだろうか。中国人留学生の数も多く、日中の大学間の交流も盛んな同大学に、松尾清一総長を訪ね、お話をお伺いした。 

戦後の自由闊達な雰囲気の中で

—— 名古屋大学からは6人のノーベル賞受賞者を輩出されていますが、それぞれのご功績を簡単に教えてください。

松尾 簡単に説明しますと、まず、2001年に化学賞を受賞された野依良治先生ですが、物を合成するときには必ず「光学異性体」といって、右手と左手の関係に譬えられる対称的な2つのものが同時にできます。片方が薬になり、片方は毒になるという関係で、これを選択的につくることは不可能だと言われていました。しかし、野依先生は、選択的につくる方法を発見され、それまでの常識を覆されたのです。

2008年には一気に3人の受賞者が出ました。そのうちのお1人、化学賞の下村脩先生の業績は、オワンクラゲから紫外線を当てると緑色に発行するGFP(緑色蛍光タンパク質)を生成して世に出したことです。これは今、医学・生物学の世界では、タンパク質の動きを追いかける道具として最も広く使われ、なくてはならないものになっています。

それから、物理学賞の益川敏英・小林誠両先生ですが、素粒子の世界で一番基礎になるクォークという分子が6種類あることを1970年代に予言されていました。21世紀に入ってからは、それが実証されてきたのですが、このお2人は30年も前に予言されていたということです。

直近では、2014年に物理学賞を受賞された赤﨑勇先生と天野浩先生による青色LEDの発明です。この青色が発明されたことによって、白い発光ができるようになりました。それで一挙に世界が明るくなったということです。これも基礎研究が本当に実社会で非常に役に立ったという、好例です。

 

—— 名古屋大学は、なぜこれほど多くの受賞者を輩出できたのでしょうか。

松尾 名古屋大学は、旧帝国大学の中では一番新しい大学(1939年創立)になりますが、創立は戦争が激化していく頃で、人もいない、お金もないという状況のまま1945年8月に敗戦の日を迎えました。ですから、大学の関係者は戦後、大変な苦労をして、日本中から優秀な若手の先生たちを招聘したのです。その方々が、上下関係のない非常に自由闊達な雰囲気の下で研究をされました。その頃にそうした自由な雰囲気ができたことが、後にノーベル賞受賞者を輩出する一番大きな要因だったと思います。

 

中国人科学者の受賞は時間の問題

—— 中国からの留学生が多いと聞いています。中国人留学生にどのようなことを期待していますか。

松尾 2018年度に中国から名古屋大学に来られた留学生は1246名です。全留学生の半分近くになります。名古屋大学は、中国のトップ20に入る大学のうち14の大学と大学間協定を結んでいます。私は6年間かけて、そのうちの11校を訪問しましたが、科学技術に関しては、今ではお互いになくてはならない関係になっています。

一例をあげれば、名古屋大学を卒業された楊立先生という、上海交通大学の教授がおられます。楊立先生は帰国後も、日本の科学技術振興機構(JST)が支援している「日本・中国国際共同研究イノベーション拠点」というプロジェクト採択の立役者となり、本学の未来社会創造機構の教授とともに、エネルギー・環境問題に係る研究開発を通じた橋渡し人材を育成しようとしています。

 

—— 中国の科学技術者のノーベル賞受賞については、どのように展望していますか。

松尾 2015年に北京で『環球時報』のインタビューを受け、実は、そのときにも同じ質問を受けました。私は、「今、中国政府は科学技術、科学研究に多額の資金をつぎ込んでいて、研究者は世界中に行っています。素晴らしい研究をしているので、もう時間の問題だと思います」と答えました。するとその年、生理学・医学の分野で、屠呦呦(ト・ユウユウ)氏がノーベル賞をとりました。『環球時報』に記事が出て、その1、2カ月後のことで、予言的中でした(笑)。これからは、どんどんノーベル賞受賞者が輩出されると思います。

 

習近平国家主席の訪日を歓迎

—— 日本と中国は経済的にともに発展してきました。これから科学技術でも協力して発展してゆくことを期待できるでしょうか。

松尾 それは非常に重要なことです。地球全体では、温暖化、気候変動、エネルギー、貧富の差、高齢化など、さまざまな問題を抱えています。そうした中、日本と中国がこのような人類的な課題に協力して取り組み、世界の人々のためになるような研究をどんどん進めることによって、尊敬を集め、そして貢献もするという、そういう関係になっていければいいなと思います。

 

—— 中国では習近平国家主席が就任以来、「イノベーション」という言葉をたびたび強調しています。また、今年の6月に、習主席はG20出席のため来日する予定です。どんなことに期待しますか。

松尾 イノベーションについて重要なのは、やはり世界を変えていくような基礎研究です。これは川の流れでいうと、源泉のようなもので、これがないとイノベーションは起こりません。ただし、基礎研究だけでは社会は変わりません。応用し、社会が変わるような流れをつくらないといけません。中国の場合は、国全体で政策が非常に明確で、流れるように行っています。名古屋大学での基礎研究を社会に応用していくときにも、国内だけではなく中国の方たちと一緒にやっていくことで、流れが加速するのではないかと思っています。

習近平国家主席には、来日していただいた際には、ぜひ名古屋大学にもお立ち寄りいただきたいです。野依先生や天野先生と歓談していただき、また、本学の中国人留学生たちと、日本の学生も交えて対話をしていただければ、これからの日中間の交流に、はずみがつくのではないかと大いに期待しています。