佐藤 信紘 順天堂大学名誉教授
中医学と西洋医学の融合に注目する未来医学

順天堂大学名誉教授の佐藤信紘先生は、ミトコンドリアとがんの研究で世界的にも有名であり、専門分野は人体の生命機能、消化器内科学、統合医学などである。病気は症状を治療するだけではなくその根本を治すという観点から治療を行ってきた。最近では、漢方や中医学の考え方もとりいれた未来医学の探究者として、講演活動などを通じ幅広く活躍されている。

 
撮影/本誌記者 倪亜敏 

常に病気の原因を考えている

—— 先生はとくに消化管と肝臓の領域の権威ですが、先生の治療の特徴について教えていただけますか。

佐藤 治療に関しては、病気の成り立ちをいつも勉強しています。内科医は、病気のからくり、どのようにして病気になるのかという、一番の原因を常に考える必要があります。そしてその根本をできるだけ見つめた上で、治療ではそれを正そうとしています。

病気の成り立ちには、大きく分けると2つあります。1つは、人間が生きるためには食べないといけない、エネルギーを摂って、そのエネルギーを使って細胞を維持増殖します。そして細胞は、互いに仲間同士でネットワークをつくりながら、クロストークをしますが、その状態のどこかが狂って病気になります。

2つ目は、私たちは生きていくのに、他の仲間といつも話をしながら共生しています。免疫反応という、要するに、これは自分の仲間じゃない、これは仲間だというのを分けて、そして最初は仲間じゃない人でもだんだん仲間にしていくという意味で、免疫が働きます。すなわち免疫反応と言われるものは、抗原抗体反応を含めて、みんな「闘い」です。これは異物だと判断すると、それを追いだそうとします。そうすると炎症反応が起きます。その闘いをできるだけ抑え、あまり闘わないで、できるだけ仲間にするということが、最近の治療では最も大事なことです。

 

「多様性」という仲間づくり

—— 先生は特に臨床と基礎研究を同時に重視していますが、なぜですか。

佐藤 本当にいいことを聞いてくれました(笑)。繰り返しになりますが、治療の根幹は、病気の成り立ちを調べることです。臨床ではその症状を見て、その人の苦しみを取ってあげます。しかし、病気の成り立ちが分からないと、症状をどれだけ取っても、またダメになります。そうすると、いったん今の苦しみを取る薬のほかに、基礎的な科学をもとにした薬、あるいは治療や手術が必要になってきます。余分なものができてきたとき、あるいは抗原抗体反応を起こすような異物が入ってきたときは、その異物を取り除くことが大事です。仲間にできないときは、限界的な治療とか、割とドラスティックなやり方が多くなります。

仲間にするというのは、内科的には、半分は心の問題、半分は漢方薬も含めて薬で仲間づくりをします。「多様性」という言葉がありますが、それは、みんなと一緒になって仲良くしながらやっていって、仲間とともに生きるということです。一方で、ディスバイオーシス(dysbacteriosis)という言葉があって、これは生物の関係性が壊れることで、多様性が壊れて、一強になる。仲間づくりをしているのが崩れ始めてくることです。

私たちのお腹の中には100兆個を超す、とてもたくさんの腸内細菌がいます。種類だけでも何百種類もいます。それらがみんな、お腹と共生しています。ところが、腸内細菌のなかに乳酸菌というのがありますが、加齢と共にbifidus菌が減り、この菌が作る酢酸が減ることにより免疫力が落ち、さらに、脳が活性化されなくなる、ビフィズス菌をヨーグルトなどで補給すると元気になる、というデータが最近沢山出始めました。

例えばクロストリジウムディフィシル(Clostridium difficile)という有名な菌があります。これは普段はごくわずかずつあって、みんなで仲間をつくっていますが、抗生剤を使って、そのほかの菌がなくなると、これだけが抵抗性の菌として残ります。これがいたずらをして、クロストリジウムディフィシル性腸炎(偽膜性大腸炎)という深刻な病気になります。もともとは日和見菌という必ずしも悪さをしない菌です。しかし、それだけが残って増えてくると非常にいたずらをするのです。

すなわち、そういう仲間づくりというもののためには、抗生剤の使い方から始まって、薬の使い方もみんな変わってきます。これまでのやり方だけでは、おそらくいい医療はできません。新しい医療をわれわれは求めていますし、社会が求めています。そういう時代が今来ているのではないかと私は思っています。

 

西洋医学と東洋医学の融合

—— 先生は西洋医学と東洋医学の融合など、お互いを幅広く取り入れる治療で着目されています。

佐藤 今、お話しした多様性と関係があります。西洋医学は敵を見つけて、それを排除しようとします。これは悪いやつだ、自分の考えと違うからお前らを排除すると(笑)。それを西洋医学はずっとやってきました。そのために薬を使います。排除するために相手を殺す、取り去るという手術もします。しかし、日本の漢方、あるいは中医学では、いろんなものを混ぜ、バランスをとりながら、その崩れたバランスをもとに戻そうというのが基本的な考え方です。

今まではエビデンスがありませんでしたから、漢方医、あるいは中医学における薬はあまり用いられてきませんでした。しかし、エビデンスというものをつくって、そしてバランサーという、こういうふうにやればいいんだということが分かってきたものが幾つかあります。汪先恩先生(順天堂大学准教授)のつくられた薬などは画期的で、今まで治らなかったアトピー性皮膚炎を直したりしています。

 

「共生」の未来医学

—— 先生は10月31日、読売新聞社が主催するシンポジウムで、「健康長寿の秘訣―腸内フローラと脳腸相関」というテーマで講演されました。これは未来医学につながっていると考えられます。

佐藤 私たちの体内にあるものは、全部それなりの役割があって、それがみんな脳に伝わっていきます。ですから脳からの指令でこうやって動いているわけです。この脳からの指令は、それだけではなく、末梢の刺激によっても脳が活性化します。

私は消化器の専門医ですから、お腹のがん、潰瘍、それ以外の炎症、胃炎、腸炎などいろいろな病気があるときに、それを起こしたものはばい菌だということで、ばい菌をできるだけ除こうとする。例えばピロリ菌と言われている、胃がんを起こす菌ですが、今ではもうほとんどの病気で取り除けるようになってきました。そうすると、最近では胃潰瘍というのはほとんど見たことがありません。十二指腸潰瘍も全くなくなりました。

食後に胃が痛くキリキリするとかですが、例えば野球選手のイチローはWBCでうまく打てなくて、最後にやっと決勝のヒットを打って日本が優勝したとき、彼はその直後胃潰瘍になって血を吐いて倒れたそうです。昔はストレスだと思われていました。しかし、背景にそうした菌がいて、そこにストレスが関係すると病気が起こるのです。イチロー選手は、おそらくストレスによって粘膜が荒れ、血液の流れが悪くなって真っ青になっていた。そのときにヒットを打って、喜びとともに交感神経がわっと活性化されて血液の流れが戻り、その血液がオーバーフローして出血したのでしょう。  脳はお腹ともつながっていますし、四肢末梢ともつながっています。逆にお腹が悪くなって、脳の働きがなえると、四肢末梢の動きまで悪くなるという、お互いの関係性があります。ですから、お腹の専門医は頭も胸も診なさいということです。

 

日本と中国の医療交流

—— 先生が繰り返しおっしゃった「共生」と「和」という哲学は何か関連がありますか。また、日本と中国の医療交流の重要性をどのように考えていますか。

佐藤 順天堂大学では、和というか、人と人との関係性を「仁」という言葉であらわします。「医は仁術」といいます。「仁」という字、人が二人、支え合う。『論語』に出てきます。他を慈しみ、他を慮る心、これすなわち「仁」と。順天堂という名前も中国から来ている言葉で、天に順(したが)うということです。互いに支え合うという心が、やはり順天堂の医療の根幹です。

日本と中国の医療交流については本当に多くの先生方が中国に戻って活躍されています。また、汪先恩先生のように、中国でもそれなりのポジション(華中科技大学同済医学院教授)を持ちながら、常にこうして順天堂に来て、日中の架け橋になってくださり、ありがたいことです。私は、中国の人たちとも仁の心で支え合い、互いに仲間となって苦労したと思っています。本当に朝から晩までみんなが頑張ってやってくれました。その結果として、次々と科学論文ができて、それを国際的にも発表しました。順天堂という場が、仁の心をもとにして、そういうことをやらせてくれたのではないかと思います。