井上 晴洋 昭和大学江東豊洲病院消化器センター長・教授
食道治療の世界的トップランナー

食道アカラシアという食道の機能異常が生じる疾患がある。これまでの治療では外部から食道への外科手術が行われていた。しかし2008年、昭和大学江東豊洲病院の井上晴洋教授が経口内視鏡的筋層切開術(Per-Oral Endoscopic Myotomy:略称POEM)を開発し、以来、画期的な内視鏡手術として今では世界の主流となっている。内外からは患者だけではなく、その先進的な術式を求めて数多くの研修医が訪れる同院に井上教授を訪ねた。

 
撮影/本誌記者 原田繁

がんで亡くなった父の主治医の一言

—— 先生が医師を志された理由は何ですか。

井上 私が小学校5年生のときに、父親が胃がんの手術を受けて、退院できないまま亡くなったときのことです。私は毎日、小学校の放課後に病院へ見舞いに行っていましたが、ある日、私が母親と一緒に病院の廊下を歩いていて、主治医の先生に母親があいさつをしたときのことです。今でもはっきり覚えていますが、その先生が、私の頭をなでながら、「君も大きくなったらお医者さんになりなさい」と言ったのです。後から考えてみると、君のお父さんはもう助からない、だからごめんね、自分の力では治せないけれども、君が大きくなったら外科医になりなさいという意味もあったと思います。考え過ぎかもしれませんが、そんな気がします。

 

—— お父さまは、ご自分の病気のことをわかっていらっしゃいましたか。

井上 ひどい胃潰瘍があるので外科の手術しかないというような説明でした。当時は胃がんでも大腸がんでも何でも、がんの告知イコール死ぬという意味でしたから、母親も父親には胃がんだということを絶対に言いませんでした。そういう時代でした。

25年ぐらい前までは、がんを告知するかしないかという話題が一般の雑誌でも記事になっていたのですが、今はもう全く逆で、事実を告げないと、「なぜ隠したのか」と医者の責任問題になります。治せる、治せないはともかく、事実を教えなければなりません。もちろん話をしたときは、みなさん最初はびっくりされますし、それから数日間は落ち込まれることもありますが、その後は、どなたもやはり冷静になられます。

 

POEMは画期的な手術

—— 先生は、POEM(経口内視鏡的筋層切開術 Per-Oral Endoscopic Myotomy)という新しい術式を開発しておられ、世界で最初と言われていますが、これにはどんな特徴がありますか。

井上 食道アカラシアという病気があります。食道と胃のつなぎ目、食道の出口のところが狭くなり食物の通過障害で、嘔吐や胸痛などの症状が生じる希な疾患です。狭くなる理由は、筋肉が厚くなり緩まなくなるためです。POEMでは、その筋肉が硬直化したところを内視鏡で切ります。今までは、外科の手術を外側からやっていたのです。お腹からアプローチしたり、時々は胸から切ったり、世界中でそうしていました。しかし、ここの筋肉を切るのならば、内視鏡でできるのではないかと考え、それをやったわけです。

ポイントは、粘膜を残してあげることです。口から内視鏡を入れ、手前側からトンネルを掘っていって、粘膜の裏側へ入り込み、トンネルの中で筋肉を切る。そういうふうにやらないと、消化管をすべて切ったら、腹膜炎とか縦隔炎とか、大変な炎症を起こします。粘膜を残して筋肉だけを切るというのがこの内視鏡治療の特徴です。今では世界的に評価が高く、圧倒的にPOEMに変わってきています。近いうちに外科の手術はやらなくなると思います。

 

—— 日本だけではなくて、外国人の研修医も先生のもとに来ているとのことですが。

井上 世界中から見えています。今来ている先生は、アメリカからの1年留学です。アメリカからは今まで1年留学で来た方が2人です。見学は無数で、全世界からです。留学生だけでいっても、ヨーロッパはギリシャ、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ。もちろんアジアは言うまでもありません。フィリピン、タイ、インド、あとは韓国、それから香港。中国の方は、見学に何人も見えています。

当院には3、4日の方から、1週間、半年、1年の方、いろいろいらっしゃいます。長く研修することのメリットとして、半年以上の方は一時的な日本の臨床のライセンスを取得できます。そうしますと、実際に執刀できます。ですから私も、長期の方は最初の3カ月間で、この人は出来ると思ったら、医師免許を取得していただき、その後半年間ほど臨床をやっていただきます。

 

内科外科のチーム医療にメリット

—— 貴院では内科外科などの受け持ちのチームが一体化しているとのことですが、これは患者にとって、どのようなメリットがありますか。

井上 患者さんからしてみると、例えば大腸の病気になって、大腸がんで手術をしなければいけないのか、薬の治療をやるのか、それは患者さんには分からないわけです。病院でも内科と外科がはっきり分かれていると、例えば開業医の先生が最初に紹介した先が外科医だとやはり手術に傾きますし、内科医だと内科治療に傾きます。

当院では入口が分かれていないので、純粋に判断します。内科で行けるものはすべて内科で行い、どうしても駄目なケースを外科で行うというスタンスをとっています。実際にどういうことがあるかというと、外科としてオペをやってくださいという紹介があったときでも、これは内視鏡でいけると判断して、内視鏡で終わらせてしまった方は何人もいらっしゃいます。

 

IT企業のオープンオフィスの考え方

—— 貴院は院長先生は専用のオフィスをお持ちのようですが、ほかのスタッフは全員ワンフロアにいらっしゃいます。どんなメリットがありますか。

井上 考え方としては、IT企業のオープンオフィスの考え方です。普段、例えば医学の話をしているときは、別に全部聞こえて構わないわけです。ほかの科の先生と話したいとき、少し歩いていけば、そこに座っています。これが教授室として奥まったところにあると、わざわざ秘書にアポをとって訪ねなければなりません。ワンフロアだとそういう手間が一切ありません。いろんな先生に気軽に何でも簡単に聞けるのがメリットです。

 

中国との医学交流は盛ん

—— 先生は国内外の若手の医師の育成にも力を入れていますが、中国とはどのような医学交流がありますか。

井上 特に内視鏡、消化器の世界では、今は非常に盛んに交流が行われています。例えば英文論文の数では、中国からの論文の数が多く、質も高くなっています。また、内視鏡治療をライブで配信していますが、非常に上手な先生が何人もいらっしゃいます。内視鏡はもともと日本で盛んになったものなので、最初は自分たちの方がリードしていましたが、今では、中国のトップドクターのレベルは自分たちと同様のレベルだと感じています。

ただ、ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術 endoscopic submucosal dissection)などはやはり日本が進んでいます。私は日本の内視鏡学会の国際担当の責任者ですが、今、私より10歳ぐらい若い40代の先生たちが、定期的に中国に伺って、中国の若い先生たちにESDのやり方を教えています。

これは今、私たちが中国に教えているという立場から話をしましたけれど、私たちが中国から学んでいることも沢山あります。例えば漢方です。実際に、いろんな治療のときに、がん治療もそうですし、それ以外の逆流性食道炎の治療などでも、漢方が効く患者さんは沢山います。私も両方を使います。決して内視鏡とかの西洋医学だけではなくて、患者さんによっては漢方が非常に効くこともありますので、うまく使い分けてやっていくことだと思います。

 

ライブ配信について

—— さきほどの「内視鏡ライブ」は誰でも見ることができますか。

井上 ライブは医療関係者の方は見られます。企業の方でも参加してもらえれば、会費が必要ですが見られます。また、すでに終わったものは、YouTubeに公開していますから、検索「東京ライブ エンドスコピー」で、過去のものは誰でも見られます。私は明後日の飛行機でカナダのトロントに行って、ライブで執刀します。その後、スペインのバルセロナに行きますが、そこでもライブでやりますが、それらはUEGW(欧州消化器病週間 United European Gastroenterology Week)という学会の中でやっていることです。いつも見学している人はいますし、公開手術のような感じなので、別に特段隠すこともございません。