堀 信一 ゲートタワーIGTクリニック院長に聞く
日本の医療特区が世界のがん患者を救う

大阪の関西国際空港は、日本第二の国際空港であり日本の空の玄関口であるが、近年、世界のがん患者を救う窓口ともなっている。関西国際空港の対岸にあるゲートタワービルに、カテーテルでがん治療を行う国際専門医療法人——ゲートタワーIGTクリニックがある。院長の堀信一医師は、日本のカテーテル治療の先駆者であり、動脈塞栓剤の開発者でもある。カテーテル治療は日本で生まれた治療法で、従来行われている3つの治療法とは異なる先端的治療法で、血液の流れを止めて腫瘍に直接薬を流し、病変を縮小・壊死させる。外科手術をせず、副作用も少なく、翌日には散歩や買い物にも出掛けられる。中国にはこの治療を行う医療チームや機器はまだなく、空港に隣接するゲートタワーIGTクリニックは、中国のがん患者を受け入れるとともに、積極的に中国のがん治療の中核となる人材を育成しており、堀医師は中国医学界から「妙手回春」(敏腕)の医師として目標とされる人物である。


撮影/本誌記者 呉暁楽

外科手術も副作用もないがん治療

—— 現在、がんの治療法としては、外科手術、放射線療法、化学療法の3つが知られています。先生はそれらの治療法で治癒できない患者にカテーテル治療を行っておられますが、カテーテル治療の優位性とは何ですか。

 カテーテル治療は80年代に日本で開発されました。カテーテルを太ももの付け根の動脈或いは静脈から挿入し、腫瘍に直接抗がん剤を注入し、さらに、血液の流れを止めて腫瘍を縮小・壊死させます。

カテーテル治療は、外科手術をせず太ももの付け根から動脈より細いカテーテルを挿入するだけです。直接、腫瘍の部分に作用するので、抗がん剤の量も少量で済み、患者さんへの負担を最大限に軽減することができます。当院で治療を受けた患者さんは、副作用も軽微で2日から3日で退院できます。

カテーテル治療ができる部位は主に、頭頸部、縦隔、肺、肝臓、胆嚢、脾臓、骨盤内の実質臓器で、カテーテル治療ができる疾患は、肝細胞がん、転移性肝がん、原発性肺がん、転移性肺がん、縦隔腫瘍、縦隔リンパ節転移、胆囊がん、肝内胆管がん、膀胱がん、子宮がん、卵巣腫瘍、乳がん、乳がんの再発と胸壁転移、舌がん、喉頭がんなどの悪性腫瘍、子宮筋腫、脾腫などの良性腫瘍です。

病状が悪化して手術も化学療法も続けられなくなると、医師は大体、姑息的治療を勧めます。ところが、姑息的治療は痛みを緩和するなどの対症療法が主で、抗がん剤による積極的治療は行いません。実際、がん細胞が全身に転移すれば腫瘍が痛みの原因となります。特に呼吸器系の腫瘍は気道狭窄や呼吸困難を引き起こします。こういった場合、積極的な局所療法で症状を緩和することができます。

例えば、縦隔や肺門の腫瘍が肥大化すると、呼吸困難や肺炎を繰り返します。 肺門や縦隔の腫瘍は主に、気管支動脈から栄養を受け取っているので、ここに少量の抗がん剤を注入し、さらに少量の塞栓物質を注入して血管を塞栓し、腫瘍を小さくして症状を緩和し、患者さんは余生を快適に過ごすことができます。

25年かけて動脈塞栓剤を開発

—— 日本のカテーテル治療には30年の歴史があります。従来の治療法より明らかに優れているにもかかわらず、普及しないのはなぜでしょうか。

 原因はいくつかあります。まず、難度が高いということです。人体には血管が密集していて、血管にカテーテルを挿入するには高度な技術が必要です。さらに、カテーテルの中に化学療法薬を注入するためのマイクロカテーテルを    入れるのはより困難な作業です。

次に、ハイテク機器です。カテーテル治療には3つのハイテク機器を必要とします。1. IVR-CT(血管造影・CT複合型装置)、2.1.5mmのカテーテル、3.カテーテルに挿入するマイクロカテーテルです。IVR-CTはカテーテルを正確に病変部位に導き、そこに薬が到達しているかどうか確認することができます。1台1億5000万円位しますが、現在、製造しているのは東芝とシーメンスだけです。

最後に、腫瘍に栄養を送っている血管を塞ぐ塞栓剤は安全なものでなければなりません。私は1990年から塞栓剤の研究を始め、それに適した材料を探し、様々な研究開発や臨床試験を経て、25年かけて、毒性がなくサイズが調節でき身体に吸収されない塞栓剤SAP-MS(Superabsorbent Polymer Microsphere)を作り出しました。これで腫瘍に栄養を送っている血管を塞ぎ、そこに抗がん剤を注入すれば、抗がん剤は術後も腫瘍に作用することが可能になります。

中国には技術はあっても装置と医療チームがない

—— 現在、日本でこの治療ができる医師はどれくらいいますか。ここ数年、カテーテル治療は徐々に中国でも行うようになってきていますが、先生は先駆者として、中国と日本の違いは何だとお考えですか。

 現在、日本でこの分野の本当のエキスパートと言えるのは、10人か20人しかいません。それに特化して治療を行っているのは、当院ともう一カ所だけです。主な原因として、こういった治療はハイテク機器と良い材料だけでなく、専門の技師から成る医療チームが必要で、普通の病院では条件が整いません。したがって、技術を習得しても発揮できる場所が無く、患者さんとの接触が少なければ技術を向上させることもできません。

当院では年間1000人の治療を行っています。同じ治療をするにも経験豊富な医師なら1時間で済みますが、技術はあっても経験を積んでいない医師だと3~4時間かかります。それに、この治療には医師と医療チームの連携がとても大事なんです。

日本と中国の最大の違いはまず経験値です。日本は80年代にカテーテル治療を研究開発し30年以上の経験を積んでいます。二つ目は、先ほど申し上げた血管造影とCTの複合型装置です。一台が1億5000万円ほどしますが、血管を三次元で映し出し、以前は1時間かかっていた画像診断が、今は3~5分でできます。この機械は日本ですでに20年ぐらい使われていて、現在製造しているのは東芝とシーメンスだけです。中国はまだ認可していないので、中国にはまだ一台もありません。この機器がなければ血管内を探ることも、抗がん剤が正確に病変に届き作用しているかどうかも見ることはできません。もう一つ大きな違いはチーム力です。この治療は医師一人ではできません。機械を操作する技師や看護師などとのチームワークが必要です。チームごと教育する必要があります。

さらに、カテーテル治療に使用する薬に違いがあります。中国で一般的に使われているのはアメリカの薬です。関税の関係でアメリカの方が高いようです。日本で使っている薬は、日本製、アメリカ製にかかわらず比較的安いようです。カテーテル治療で使用する塞栓剤SAP-MSは、承認案件が日本だと肺がんでも胃がんでも肝臓がんでも通るのですが、中国では肝臓がんしか通らないのです。

月平均5人の中国人患者を受け入れ

—— 現在、多くの中国人観光客が医療観光で日本を訪れています。ゲートタワーIGTクリニックの中国語のホームページを拝見しましたが、詳しい症例も紹介されています。中国からの患者は一カ月に何人くらい受け入れていますか。

 多いときで6、7人、少ないときで2、3人です。大体3日で退院して帰国されます。帰国後どのように術後の観察をすればよいのか書面で指示します。中国に診てくれる医師がいなかったら、CTを撮って送っていただいて抗がん剤が効いているかどうか確認をする必要があります。そこが非常に重要なんです。

良性の場合は大体一回で大丈夫です。例えば子宮筋腫であれば一回で8割の患者さんが治ります。悪性の場合は1回治療して3週間から1カ月の間にもう一度やったほうが良いです。2、3回やればかなり良くなります。特に肝臓がんの場合は1回で良くなる人も3回で良くなる人もいます。早期に発見すれば根治の可能性が高くなります。中国の患者さんにも根治された方がいらっしゃいます。

そして、人と病状によって異なりますが、1回の治療は1~2時間くらいです。局部麻酔なので術後の副作用もありません。足の付け根から管を入れますから術後3時間は安静にしていただいて、その後は普通に食事もできます。二日目には散歩や買い物にも行けます。

また、直接病変に作用するため、抗がん剤の量は全身化学療法の10分の1ほどで済みます。ですからほとんど髪の毛も抜けませんし、免疫力の低下や白血球の減少といった副作用もありません。元気な人ですと退院した翌日から働く人もいます。

医療特区が国内外のがん患者を救う

—— ゲートタワーIGTクリニックは関西国際空港からほど近く、日本の空の玄関口のお隣りです。日本政府はここを医療特区と定め、現在、堀先生を中心にがん医療事業改革に取り組み、「りんくう出島医療プロジェクト」を推進しています。このプロジェクトの目的と内容を教えていただけますか。今後医療観光で日本を訪れる中国人にはどんな影響がもたらされるでしょうか。

 「りんくう出島医療プロジェクト」には国際戦略的な意味があります。 このプロジェクトで、これまで培ってきた医療サービスモデルを実現し、特区に相応しい様々な国際医療交流に有益な環境を充分に展開・活用し、各医療分野の専門の医師の知恵を結集して、我々の医療特区を世界に誇れるメディカルシティにしていきたいと考えています。

当プロジェクトの主な目的は二つあります。一つには日本の医療事業の閉鎖性の打破です。国内外の医師の交流及び医療技術の交流による、日本医療の継続的なレベルアップです。もう一つは、がん治療を中心とした基礎医学と臨床医学の研究で、国内外の「がん難民」を救い、国際医療事業の基礎を構築することです。

国内外からのがん患者をより受け入れやすくするために、当院は関西国際空港の傍に、世界に誇れるような最新のがん治療システムをもった新たな医療施設を建設しています。ここでは、外国の先生方を個人やグループでトレーニングすることも可能です。日本の決まりでは、指定を受けた大学病院でしか外国の先生方を教えられないのですが、医療特区ということで、その資格と規準を 得ることができました。

さらに、医療施設の横にメディカルホテルを建設します。遠方からの患者さん、特に外国の方は家族も一緒に来られます。泊まるところに不自由されますので、医療施設の横にホテルがあれば付き添ってお世話できますから。ホテルの部屋を住まいのようなつくりにし、台所なども設置します。患者さんと家族だけで利用できるようにすれば、家での生活と変わりません。患者さんの回復も早いと思います。

研修やカテーテル治療のトレーニングに来る外国の先生方も、メディカルホテルを利用できれば高額な宿泊費に悩むことなく、毎日より多くの時間と精力を臨床研修に充てることができます。

中国のがん治療の中核を育成

—— 先生はカテーテル治療の先駆者として、中国の医療界とはどのような交流をされていますか。

 中国の多くの都市で講演や技術指導をしています。北京、大連、上海は3、4回行っています。杭州、広州、長沙、貴州などにも行きました。

行く度に状況が変わっているので一言では言えませんが、中国の先生方は熱心で大きな理想を持っていて、真面目に一生懸命勉強するという印象です。ですから、私も度々教えに行ったり、当院にもトレーニングに来てもらい、その人たちが核になってくれたらと思っています。唯一心配なのは医療チームとしての訓練です。チーム医療なので、医師の技術だけがレベルアップしてもだめなんです。

ある海外メディアによると、今は3人に一人ががんになる時代だと言います。少しでも早く新しい医療施設が利用できるようになり、より多くの医師、技師、看護師が研修に訪れてカテーテル治療を習得し、更に多くのがん治療分野の人材を育成したいと強く願っています。