伊藤 公一 伊藤病院院長に聞く
代々甲状腺専門の医師として

甲状腺は内分泌臓器である。その甲状腺からは生涯にわたって、一定量のホルモンが分泌されている。そのホルモン分泌に異常が起こる疾患がバセドウ病や橋本病である。また甲状腺には、がんも発症する。そして、いずれの甲状腺疾患も自覚症状が乏しく、初期には度々、他の病気と誤診され治療が遅れてしまうことがある。東京には78年間続く甲状腺疾患専門の伊藤病院がある。同院は初代の伊藤尹医師から始まり、一族で引き継がれた有名な個人病院である。伊藤病院には毎日、1000人以上の患者が訪れるが、専門医の英知と最先端の医療機器の駆使により、30分間で確定診断を下せるシステムが構築されている。また同院は、省庁が推奨するメディカルツーリズムのモデル病院である。よって中国、シンガポール、韓国、ロシアなど多くの外国人患者が飛行機で診察を受けに訪れる。そこで先日、伊藤病院の三代目である伊藤公一院長にインタビューを行った。

がん患者の25年生存率が9割

—— 一日平均1000人を超える患者が日本全国から診察に訪れる貴院は、1937年の創業以来、甲状腺疾患を専門に取り組んできたとお聞きしています。その歴史について教えていただけますか。また甲状腺疾患の治療ではどのような特色をお持ちですか。

伊藤 当院は昭和12年に、私の祖父である伊藤尹が創業しました。祖父は、元々病理学の医師でしたが、甲状腺疾患診療に取り組みたいと思い、外科医となり、別府にある野口病院の副院長となりました。

その後、祖母の故郷である東京の表参道で開業いたしましたが、そもそもの目標が甲状腺疾患の専門病院でした。そして20年間、院長を務めた祖父が亡くなった後、父の伊藤國彦が、その志を継いで1959年に2代目院長となり、専門病院のスタイルを確立しました。そして、1998年に私が院長職を継承しました。

甲状腺は蝶が羽を広げた形で、重量12グラムと、小さな臓器ですが、全身の新陳代謝をコントロールするなど、人体のなかで極めて重要な臓器です。甲状腺からは一生涯にわたって、一定量の甲状腺ホルモンが分泌され続けています。そこで、そのホルモン分泌に異常を来した場合にバセドウ病や橋本病が引き起こされます。また甲状腺にはがんも発症します。

そこで当院は専門病院としての充実したスタッフによる高精度の診断能力があり、それらの疾患に対処すべく十分な診療体制を整えています。

特に採血による甲状腺機能と抗体の検査、頚部超音波検査に工夫をし続けております。30年前には大学病院などの高機能病院でも、採血による甲状腺機能検査は結果が出るまで1週間かかりました。それが現在、伊藤病院では30分間で全ての検査結果を出しております。

超音波検査も格段の機器発展があります。そこで腫瘍が認められた場合には、超音波でガイドをしながら細胞診を行います。そして2mmくらいの大きさの早期がんでも、ほぼ100%の精度で診断が出来るようになりました。

それらの治療成績は極めて良好です。通常、胃がんや大腸がんの予後は5年か10年の生存率で確認しますが、当院の甲状腺がん患者2000例の追跡調査では25年生存率が90%以上となっています。

また当院には7床のアイソトープ治療病床があります。アイソトープ治療は放射線の内照射療法であり、特別な設備が要されます。廃水処理などの基準が極めて厳しく、日本では施行可能病院が限られます。当院の設備は国内屈指であり、わずか7床ですが、重症のバセドウ病と甲状腺がんの治療を、国内4割の患者様に行っております。

医療観光モデル病院に指定

—— 中国の経済力が増すにつれ、海外へのメディカルツーリズム(医療観光)が新しいトレンドになっています。貴院はそのモデル病院に指定されていますが、具体的な受け入れ態勢はどうなっていますか。

伊藤 日本のメディカルツーリズムは経済産業省と国土交通省の外局である観光庁により始められました。経産省は医療をビジネスとして、観光庁では観光資源としてメディカルツーリズムを捉えております。私どもは一貫して観光庁サイドで動いております。2009年の「インバウンド医療観光に関する研究会」発足時より、私は医療側代表委員として出席しメディカルツーリズムの推進に務めております。

以来、ロシア、アメリカ、北京、上海などで日本の医療全体と甲状腺疾患医療に関する講演会を行ってまいりました。そして院内全ての職員に、メディカルツーリズムの重要性を認識してもらうため、観光庁長官による講演会を企画し、まずは日本語、英語に加えて韓国語、中国語、ロシア語によるリーフレットやホームページを作成しました。

特筆すべきところは、中国語と韓国語対応の外国人医療通訳採用です。前述した臨床検査の迅速化もメディカルツーリズムに向いております。

甲状腺疾患治療を代々受け継ぐ

—— 中国には「三代続けるのは難しい」ということわざがあります。これは特に世襲の企業を指したものですが、先生はまさに伊藤病院の三代目です。今後、病院経営ではどこに力を入れていかれますか。

伊藤 当院は純然たる個人病院ですが、日本では医業を血縁で引き継ぐ、優れた民間病院や医院が多数存在します。

世襲の責任は重いものと自覚しておりますが、いつの時代も、最強のスタッフに支えられております。経営の秘訣は全員が真面目であることに尽きます。

当院では、開院してから現在までのすべての診療録を永久保存しています。そこで2003年の電子カルテ管理導入以前のカルテは、順次、マクロフィルム化しております。5名の診療情報管理士が電子カルテの入力やデータ整理を担当し、上質な診療提供とともに臨床研究の実行に繋げております。

私は57歳です。まだまだ働き盛りではありますが、益々の発展を想定し常に次世代のユニットを意識しております。そのためには持続的に次世代の医療人を養成し、システム管理を改善し続けていく必要があります。

二人の息子も医学部に進学しました。ますます健全に家業を継続してまいります。

取材後記

伊藤病院では興味深い発見があった。病院内には大きな額があちこちにかかっているのだが、そこには創立者の写真ではなく、毛筆で書かれた病院の理念「甲状腺を病む方々のために」が収まっている。伊藤院長によると、これは三代目院長に就任した時に最初にした仕事だそうだ。病院の理念を定め、明文化し、患者とスタッフからよく見える場所に掲げたのだ。この文字は伊藤院長の恩師である元東京女子医大内分泌外科教授である藤本吉秀医学博士の手によるものである。慣例により伊藤院長に揮毫をお願いしたところ、「医心伝真」と書いてくださった。このような医師一家、専門病院があるということは、甲状腺疾患患者にとってまさに不幸中の幸いであろう。