内田 哲也 大妻女子大学・松蔭大学講師元国立感染症研究所主任研究官
「万能ワクチン」は新型コロナウイルスにも対応可能

新型コロナウイルス感染症が全世界で猛威を振るっている。いつ、どのような形で終息に向かっていくのか。世界が新型コロナウイルスという新たな危機に直面している今、その流行を食い止める対策は喫緊の課題となっている。

日本では、2012年以降毎年1000人以上の人が季節性インフルエンザで亡くなっており、2019年には3000人を超えている。そうした中、元国立感染症研究所主任研究官で、大妻女子大学、松蔭大学講師の内田哲也先生は、さまざまなタイプのインフルエンザウイルスに効くワクチンの開発を主導してきた。

新型コロナウイルスの感染拡大を終息させる最も有効な方法はワクチンの開発である。これまでインフルエンザウイルスに効果のある細胞性免疫誘導型ワクチン、通称「万能ワクチン」の開発に携われた内田哲也先生にお話を伺った。

 

ワクチンの仕組み

—— 通常、インフルエンザの流行に先立ち、われわれは予防接種をしますが、そもそもワクチンとはどのような仕組みなのですか。

内田 ワクチンはヒトの免疫機能を利用してつくられます。ワクチンを接種することによって、あらかじめウイルスに対する免疫を作り出し、病気になりにくくするのです。

ヒトの免疫システムは2種類あります。ワクチンの接種や過去の感染によって体内で作られた抗体による「液性免疫」と、免疫細胞が病原体に感染した細胞を破壊することで体を守る「細胞性免疫」と呼ばれるシステムです。従来のワクチンは、「液性免疫」を利用して体内に抗体をつくってきました。

ウイルスの表面には、たくさんの突起が付いており、まず、病原性を抑えたインフルエンザウイルス表面のHA抗原を体内に送り込むことで、この突起と結合する抗体を体内につくり出します。そうすることによって、抗体が結合したウイルスは感染力を失い、白血球などの食細胞に取り込まれて分解されていくのです。

すなわち、外部から来た抗原に対して、必ず抗体を作るように働く免疫機能を利用したシステムですが、実際に感染したウイルスとワクチンが違うタイプの場合には、突起の形も合わず、せっかくつくらせた抗体が働かないという欠点があります。そのために、流行に合わせたワクチンの接種が必要になるのです。

「万能ワクチン」とは

—— 2009年、さまざまなタイプのインフルエンザウイルスに効果のあるワクチンを厚生労働省研究班が開発しました。研究の中心的立場にいたのは当時、国立感染症研究所主任研究官だった内田先生でした。どのようなワクチンですか。

内田 今申し上げたように、例年インフルエンザが大流行しますが、現行のインフルエンザワクチンにはインフルエンザウイルスの感染を防御する働きはありません。これは、現行のワクチンが誘導する抗体が、インフルエンザウイルスが感染する気道に到達しないこと、および、インフルエンザウイルスが頻繁に変異することにより、ワクチンが誘導した免疫から逃れてしまうことによるものです。

そこで、我々は、創薬等ヒューマンサイエンス基礎研究事業、厚生労働省科学研究費補助金等の支援を受け、変異を起こしにくいウイルス内部の抗原を標的とした免疫応答を誘導するワクチン、「細胞性免疫誘導型リポソームワクチン」を開発しました。

このワクチンが誘導する免疫はウイルスの変異にも対応可能であるだけでなく、ウイルスが侵入する気道にも分布するので、現行のワクチンでは不可能なインフルエンザウイルスに対する感染防御を誘導することが出来ます。

 
「読売新聞」2009年1月29日付

—— 従来のワクチンと違い、ウイルスが変異しても効果が続くのが特徴で、新型インフルエンザの予防にも役立つと期待されましたが、現在実用化されているのでしょうか。

内田 当時、ヒトの遺伝子を入れた、ヒトに近い反応をするマウス実験を行いました。人間の大半のタイプのインフルエンザにも効く可能が高いと、その効果を確認しました。このワクチンは「万能ワクチン」として紹介され、その後国内のワクチン製造者全6社と協議の機会を持ちましたが、残念ながら今日まで実用化には至っていません。

新型ウイルスにも対応可能

—— 世界は今、新型コロナウイルスという新たな危機に直面しています。先生が研究開発を進めている「万能ワクチン」は、新型コロナウイルスにも対応できるのでしょうか。

内田 このワクチンはウイルス由来のタンパクをもとに作製された合成タンパクと、それを表面に結合させる担体であるリポソームという、簡素な構成になっていますので、対象疾患はインフルエンザに留まらず、新型コロナウイルス:(COVID-19)の様な新型ウイルスにも迅速に対応することが可能です。

新型ウイルスの出現は人類に対する脅威であり、このような新興感染症から人類を守ることの出来るワクチンの創製は喫緊の課題であるといえます。


内田哲也先生作成