杉田 定大 一般財団法人日中経済協会専務理事
日中イノベーションでアジアの新機軸を

日中国交回復の1972年に設立された日中経済協会は、すでに半世紀近く、長きにわたり日本企業の対中ビジネスを支援してきた実績をもつ。中国経済の急速な発展にともない、会員企業は現在280社を数え、その活動内容も多様になりつつある。そうしたなか、対中ビジネスのキーマンである杉田定大専務理事に聞いた対中ビジネスの方向性とは—— 。

来日相次ぐ中国要人

—— 今年は中国の改革開放政策から40年で、今や世界第2の経済大国となった中国の一帯一路構想に注目が集まっていますが、日中ビジネスの現状について、どのようにとらえていますか。

杉田 ご指摘のとおり、今年は日中平和友好条約締結からちょうど40周年であり、5月には8年ぶりに李克強総理が日本を公式訪問され、これを機にいっそう日中関係の改善が進むと期待しています。とくに最近、内モンゴルや四川省や遼寧省、黒竜江省など各地の省長や書記の方々が立て続けに来日されました。8月末にも浙江省、湖北省、9月には貴州省、四川省から来日される予定です。やはり李克強総理が来日されたので、日中関係が非常に明るくなってきているなと実感しているところです。

—— ただ、このところ、激化する市場競争や高い税率、労働コストの上昇などを背景に中国から撤退する外国企業も出てきています。日中ビジネスの課題については、どのようにお考えですか。

杉田 訪中ミッションを契機に、私どもは、「21世紀日中関係展望委員会の提言」と「中国ビジネス環境改善の提言」を毎年出してまいりました。これらの提言を中心に説明すると、われわれは課題として大きく3つのテーマがあると見ています。

1つはさらなる構造改革、国営企業改革や過剰債務問題への積極的な取り組み、規制緩和、および行政手続の簡素化、透明性の向上です。こうした部分が進展すれば、より円滑に中国ビジネスが進むと考えています。2つ目は、知的財産権保護をしっかり徹底し、拡充していただくこと。最近関連法規改正などによりかなり改善は見られます。しかし、著名商標に中国国内の著名性証明が必要とされる問題とともに、技術情報の開示請求、ライセンス契約の制限条項要求などの点ではまだ課題が多いと考えます。したがって、海賊版や模造品の対策の運用強化とともに、指摘した知財の課題を改善してもらうことが大事だと考えています。

3つ目は、やはり米中の貿易摩擦の懸念です。これに適切に対応していただき、WTOに対するコミットメントを遵守し、RCEPなどを通じてより高いレベル自由で公正な貿易投資を目指していくことが中国に求められています。

訪中ミッションという重要事業

—— ところで、日中経済協会は日中の経済交流の架け橋的存在として、長年にわたる対中交流の実績と豊富なノウハウを活かし、日本企業の対中ビジネスを支援されています。貴協会の近年の取り組みについて教えてください。

杉田 私どもは大きく6つの事業を行っており、まず1つは先ほど申しました訪中ミッションです。これは数年前から、私ども日中経済協会と経団連、日本商工会議所が一緒になって3団体合同のミッションになっています。昨年は250名、今年も同じぐらいの規模で、9月の10日から15日まで北京と杭州を訪問する予定です。

この訪中ミッションは、李克強総理、あるいは習近平主席と会談をさせていただき、商務部、国家発展改革委員会、工業信息化部の各大臣の方々とも意見交換させていただくという大きな事業です。これを毎年、先ほど申しあげた展望委員会の提言やビジネス環境整備への提言をもとに意見交換させていただいてきました。この訪中にあわせて、中国企業との対話を毎年続けており、ニューエコノミーの企業や国営企業のトップと議論する機会をもっています。

2つ目は省エネ環境総合フォーラムで、これは経済産業省と国家発展改革委員会商務部の交流とともに、省エネ環境分野の企業の方々とのビジネス交流マッチングの推進事業です、本年秋に北京での開催の予定です。

3つ目が日中経済協力会議ですが、これは日本の北海道東北北陸などの各府県と中国(東北三省内モンゴル自治区)の首長と省長との対話促進事業と民間交流事業で、これも毎年日中交互に開催、本年は10月29ー30日に北海道札幌で開催予定です

—— 今年から新たに第三国市場協力フォーラムを行うそうですが、これはどういうものですか。

杉田 これは安倍総理の主導によるもので、時期はまだ決まっていませんが、総理の訪中にあわせて日本から約500名の規模で企業の方々も訪中し、日中あわせて1000名ぐらいの規模でインフラや産業協力の分野で、第三国での日中共同事業について話し合おうというものです。多くの協力案件MOU(覚書)も結ぶ予定です。これが4つ目です。

5つ目は、日中イノベーション協力ということで、こちらからアウトバウンドでミッションを出し、インバウンドでミッションを受け入れる取り組みを積極的にやっていこうと考えています。昨年7月に中国企業家倶楽部緑公司連盟のミッションを受け入れ、京都と東京で企業交流会を行いました。また、本年3月に、産業革新機構やNEDO(新エネルギー産業技術総合開発機構)日本商工会議所の協力も得て、スタートアップベンチャー企業30社、VCや銀行、メーカーのCVC部門の会員企業30社を深圳にお連れして、深圳市前海自由貿易区管理委員会や国信証券の協力も得て、ビジネスマッチングなど効果的な企業交流ができました。すでに事業提携などの成果も数件出ています。

6つ目は地方交流の強化です。先ほど省長や書記の方々が来日された話をしましたが、とくに今の中国では、「フォーチュン500」や「フォーブス500」の大手企業のトップとも交流をしたいという希望も非常に強く、企業誘致や事業連携を目的として、日中経済協会ミッションの受け入れを希望してます。日本の地方自治体企業も地元産品の輸出促進、越境EC、観光促進などの面で中国に関心が高まっています。日中経済協会がインバウンドアウトバンド相互の地方交流を通じて、官民の意見交換の機会を提供する意義は大きいと思います。

日中イノベーションをどうつくるか

—— 最近、中国政府が主導する産業政策「中国製造2025」のもと、深圳を中心として、5G、AI、IoTを融合させたサービス産業が世界から注目されています。そうした新たな動きがあるなかで、日中ビジネスの重要性、および今後の展望についてどうお考えですか。

杉田 私どものメンバー企業が注目する大きな動きとしては、中国の電気自動車を始めとする新エネルギー車の動き、それとサービス関係の規制緩和ですね。これにより従来参入できなかった業種にも入っていけるようになってきました。

それからもう1つ、外資規制が少し緩くなるため、おそらく対中投資の戦略の見直しがこれから出てくると思います。とくに自動車メーカーは、電気自動車とか、プラグインハイブリッド、燃料電池車などの、いわゆるNEV政策の対象となるものにどう対応していくかです。自動車産業は、半導体や液晶などの電装部品関係、ロボットなど産業用機械、あるいは、いろいろな金融保険、リースサービスなど非常に裾野が広いので、日本企業のほうでも、対中戦略をどうするのか、もう一度大きな見直しがあると思います。

もう1つのキーワードはイノベーションです。これは大企業ベースのイノベーションもありますし、スタートアップベンチャー企業の人たちも絡んだ形でのイノベーションもあります。日中でイノベーション協力を進める場合、具体的に日中間でイノベーションのプラットフォームを作ったうえで、具体的な事業を展開していくことが大事だと思います。その際、5月の安倍李首脳会談で議論されたような、イノベーションについての政府間ベースの対話メカニズムがあるとより円滑に進むと考えます。

なによりも大切なのは、おたがいに学び合うというウィンウィンの関係です。我々も中国から勉強させていただき、中国からも逆に日本のよさを勉強してもらう。この双方向の関係が大事です。

謙虚で対等な関係を

—— 日中それぞれの強みは何だと思われますか。

杉田 中国企業の強みはやはり意思決定の早さとか、あるいはニューエコノミーが出てくるところで、そこは我々もトライしていきたいと思います。逆に中国に我々が教えられる部分は、匠の精神、リーンな経営、事業継続の秘訣、それからコーポレートガバナンスをどう発揮させるのか、このあたりだと思います。いずれにしろ、お互いに学び合ってイノベーションを起こしていくことが、双方にとって大事だと考えています。

—— 専務理事は何回も中国に行かれていると思いますが、中国の印象は変わりましたか。

杉田 これからの日中関係に大事なのは、お互いに徳を持って、謙虚な気持ちで譲り合いながら事業を展開することが求められます。京セラ稲盛和夫さんのいう「利他の精神」だと思います。日本人が「利他の精神」をだんだん薄れつつある一方で、中国の方が逆にこの精神を強く求めているように感じます。ビジネスを続けるなかで、よって立つべき自分なりの哲学が必要であると思い始めているのでしょう。

そういう意味では、稲盛さんの経営哲学はもともと儒教道徳から来ていますから、入りやすいのかもしれないですね。私が中国で驚いたのは、中関村の企業経営者の部屋に入ったら、いちばん上席に習近平さんと稲盛和夫さんの写真が飾ってありました。そのほかにジャックマー、ビルゲイツやスティーブジョブズ、孫正義さんなどの写真もありましたが、トップは稲盛さんでした。これには驚きました。また、ジャックマーのアリババ杭州本社会長室には稲盛さんとのツーショット写真が掲げられているようです。中国でも稲盛哲学に共鳴された企業の方々の勉強会である盛和塾の活動が盛んと聞いています。

—— 共有できる価値観があるというのはいいことですね。

杉田 たとえばEUは28カ国ありますが、国際標準の議論をするときは1つになりますから、ヨーロッパは競争優位性を持ってます。そうやって自分たちに有利な標準をつくろうとするのです。同様に日中が協力して、アジアワイドで標準をつくり、それを世界のスタンダードにしていくことが大事です。今後自動車やハイテクなどでは、EVの急速充電システムや自動走行、電子商取引、5Gなど多くの分野で可能性が拡ってます。その際に、日中が、互恵の精神のもとで、謙虚にお互いに学び合いながら、未来を作っていくといったことが大事と思います。私共日中経済協会はそのブリッジの役目を果たしたいと思っています。

■撮影/本誌記者 原田繁