竹内 宏彰 アニメーション・プロデューサー
日中共同制作で「アジアのアニメ」を世界に

慶応義塾大学卒業後、漫画雑誌編集部をへて起業し、アニメーションプロデューサーとして数々の作品を手がけてきた竹内宏彰氏。これまでにマルチメディアグランプリCG部門最優秀賞(1999年)をはじめ多くの受賞歴を持ち、総務省デジタルコンテンツ審議委員などをつとめたアニメ業界のキーマンに、日本と中国のアニメーションの今後についてうかがった。


撮影/ 本誌記者 郭子川

アニメーションプロデューサーに求められるもの

—— アニメーションプロデューサーというのは、どのようなお仕事ですか。

竹内 大きく2つありまして、クリエイティブサイドのプロデュースとビジネスサイドのプロデュースです。クリエイティブサイドというのは、作品をつくることで、よくプロデューサーも自分で絵を描くのですか?と聞かれますが、絵は描きません。監督やアニメを作る制作スタジオなどのチームを率いて作品を完成させる仕事です。一方、ビジネスサイドのプロデューサーは、出資者集めや作品完成後の宣伝、公開のマネタイズなどになります。

—— 両者は完全に分かれているのですか。

竹内 日本ではかなり分業が進んでいますが、私は両方やります。もともと私は大学を出て集英社の『週刊ヤングジャンプ』の契約社員からスタートしまして、そのときに漫画の担当ではなく、アニメとか企画グラビアの担当をやっていたのです。その後、漫画の原作をアニメ化したり、漫画を宣伝に利用したりする事業を立ち上げました。

ですから、キャリアとしては、最初はビジネスサイドのプロデュースからスタートしました。その後独立後これまでにアニメ制作関連のスタジオを3社設立しましたが、今度はクリエイターをキャスティングしたり、企画を立てたりなど主にクリエイティブサイド中心のアニメ制作をする仕事がメインになりました。そういうわけで、私の場合、両方のプロデュースを経験しています。

—— これまでいろいろな有名作品を手がけてこられて、アニメーションプロデューサーに必要な資質についてはどのように考えていますか。

竹内 一番はコミュニケーション能力ですね。これはプロデューサーに限らず、アニメというコンテンツビジネスの中で、とても大事なことだと思っています。なぜかというと、アニメーションは映画や漫画、ゲームと比べて、その作り方がかなり異なります。何が違うかというと、フリーランスも含めて多くのスタッフが長期間制作に関わるのがアニメです。漫画は、編集者と漫画家とアシスタントという少人数が長期間でつくるものです。実写映画もたくさんのスタッフがいて、アニメと同じようにフリーランスも多いのですが、こちらは短期間集まってつくるビジネスです。

アニメのようにフリーランスを含む多くの人たちが、長期間にわたって関わる場合、コミュニケーションのロスが起きやすいのです。そこで大事なのは、いかにコミュニケーションを円滑にするか、それが作品のクオリティを上げる要素にもなります。

実際、うまくいかないプロジェクトというのは、コミュニケーションが悪いことが原因で、途中でスタッフがやめてしまったり、スケジュールが予定どおりに行かなかったりすることで制作が長期間にわたるなど、制作にマイナスなことが多いのです。

そのような状況の中、プロデューサーは縁の下の力持ちという役割を求められます。自分が表に出るのではなく、現場をまとめる女房役的な部分があって、そのために隅々まで多くのスタッフとコミュニケーションをとらないといけません。そこが監督や制作スタッフとの一番の違いです。

手描きアニメとCGアニメ

—— ところで、中国では日本のアニメが大変な人気で、近年、アニメビジネスが活況なのですが、今の中国のアニメ業界をどのように見ていますか。

竹内 日本にとっても、世界にとっても、現在の中国のアニメは良い意味で脅威だと思います。私は2001年に中国の大手靴メーカーのコマーシャルアニメをプロデュースしました。既にこのとき中国のスタッフの方々と初めて仕事をしたのですが、彼らはすごく貪欲なのですね。様々なものを吸収しようという部分と、かつそれを自国でどのように展開したらよいかという部分をいつも考えていたのです。若いスタッフみんながものすごく真剣だったので、かなりハイクオリティーな作品を短期間で完成することが出来ました。その時のCMは、アメリカのクリオ賞(The Clio Awards)という、広告業界のアカデミー賞に匹敵すると言われるコンペティションにおいて、2001年度の最高賞を頂きました。

中国では近年の『君の名は。』の大ヒット以降、日本のアニメーションに対してのオファーがさらに高まっています。これまで中国は、日本の手描きアニメに限らず、アメリカのCGアニメも含めて様々なアニメ手法を吸収していましたが、最近ではそれを自国の文化と融合させて、オリジナルな作品をつくりだしています。日本のアニメ業界では、あと10年したら中国に越されてしまうといわれていますが、私は5年ぐらいじゃないかと思っています。

—— 中国アニメで注目される点は具体的に何ですか。

竹内 今、アニメーションの世界は大きく「二大表現アニメ」に分かれます。1つはアメリカハリウッドを中心とする、3DCGでつくるアニメーションで、『トイストーリー』のようなピクサー社などが制作しているアニメ作品です。もう1つが日本の手で描くアニメです。近年ではセル画ではなく、手で描いたものをスキャンしてデジタル化されていますが、基本的には人間が手で描くものが日本のアニメの主流なスタイルです。

アメリカでもかつてディズニーの『白雪姫』の時代から人が手で描いていたのですが、今はそのような制作スタジオもほとんどなくなっています。手で描くというのは、人から人によって技術を伝承していくしかないのですが、コンピューターでつくるものは、アーカイブデータがそのまま継承できます。アメリカでは手描きのような非効率なものは主流ではないと、ほとんどのアニメがコンピューター化に向かっています。

一方、日本ではやはり、手描きのアニメが主流です。ただ、この手描きアニメは日本が独自に発展させた表現技法でもあったので、日本独特の表現で世界を席巻した監督やクリエイターが数多く生まれました。現在、この3DCGと手描きの両方を取り入れようとしているのが中国で、中国が脅威だというのはハリウッドからも日本からも双方の良いところを取り入れようとしている点からも伺えると思います。

中国オリジナルの作品に期待

—— 中国と日本のアニメ業界は、今後どのように付き合っていくことになるのでしょうか。

竹内 現状日本のアニメが良い意味で中国に浸透する形になっていますが、これだけだと文化として一方通行なので、あまり将来の繁栄は期待できないです。5年後には中国のアニメが脅威になると先ほど言いましたが、この先中国でオリジナルの作品が数多く制作されてくると、日本と中国のアニメ文化の交流が産業レベルでもクリエイターレベルでもさらに盛んになると思います。

中国オリジナルの面白い作品ができて、それが海外に出ることによって日本のクリエイターやアニメファンが触発されます。そうすると、中国に行ってみようとか、中国のアニメクリエイターたちと一緒に何かつくってみようとなるでしょう。やはり相互に文化交流があってこそ、中国のアニメ文化のレベルも上がります。

さらに大きな視点でとらえると、コンテンツ文化というのは、国ごとの競争ではないと思います。様々な国の文化的バックボーンや英知や技術が融合して生み出された作品が世界に花開くのでは無いかと思います。

アジアの中でも、もともと中国と日本は食文化や生活様式が似ているし、もっと言えば肌の色も同じですから、日本と中国が融合したアジア発のハイレベルなアニメ作品が生まれ、それが欧米など世界に届けられることが現実になると素晴らしいと思います。

—— これから中国と日本のアニメビジネスはさらに大きくなっていくと思いますか。

竹内 残念ながら日本は少子高齢化で、どんどん市場がシュリンク(縮小)しています。今まで日本のアニメは、ほぼ国内だけをターゲットにして多くのヒット作を生み出してきましたが、今後それはもう望めません。そのような観点からも中国のような人口が増えている国と共同で作品をつくっていくことは、日本にとって必須です。

中国の方々が凄いのは、良いものはどんどん取り入れてゆくことです。取り入れた後で、ではそれをどのように継続発展させるか、と考えるのです。そのアグレッシブさというか、判断力とスピード感は、国際競争力上、日本がもっともっと学ばなければいけない点だと思っています。

人口が多いというのは、もうひとつ利点があって、中国は天才が生まれる確率が単純に言ったら日本の10倍多いのです。新海誠監督は天才だと思いますが、中国では今後10年ほどの間に新海誠監督クラスの天才が10人ぐらい生まれると、確率論的には言えるのです。そのような天才クリエイターをどのようにプロデュースしていくかが中国の次のテーマかと思います。

一方、日本のアニメはこれまで個人のクリエイターの才能に依存するところが大きかったのですが、この先、実績を残したクリエイターが引退すればそのノウハウがどんどん消えてしまいます。もちろん若手に継承されているのですが、なかなか追いついていないのが現状です。すると、足りない部分を新しい技術でカバーすることや、今後多くの天才が生まれる中国と一緒に作品をつくることによって、日本のノウハウをきちんと残していくことが重要です。日本のアニメ産業が手を組む相手は世界各国にありますが、私はこれからの日本が最も積極的に共同制作を進めるべき国は中国だと思っています。