鈴木 寛 文部科学大臣補佐官、東京大学/慶應義塾大学教授
日中は官民が協力して「健康大国」の構築を

鈴木寛氏は日本の政界でも「稀有の人」と言える。参議院議員を2期務め、民主党政権で文部科学副大臣を二期、自民党政権でも文部科学大臣補佐官に四度就任し、文部科学省のナンバー2を通算6回務めた。氏が提出した数十件の法案のほとんどが国会を通過した。氏の尽力により、日本の高校の授業料は完全無償化され、大学の授業料無償化の定員数は3年で2倍に拡大し、教育施設の耐震化率は3年で67%から93%に上昇し、科学研究費補助金は1.3倍になった。氏は日本の内閣の「秘宝」であるだけでなく、アジアの二大名門大学である東京大学と慶應義塾大学の教授も務める。近年は、健康福祉事業にも取り組み「健康大国」を標榜する。先ごろ、東京霞が関の文部科学省で鈴木寛氏を取材した。

 
撮影/本誌記者 張桐

アベノミクスは人づくり社会づくりとともにある

—— 先生は常々「人づくり」と「社会づくり」は自身の原点であるとおっしゃっています。これは安倍政権とどう関連していますか。

鈴木 世界の歴史を見たときに、新しい時代をつくる新しい社会をつくるときには、新しいタイプの人材を育成しています。中国の歴史を見ても、日本の歴史を見てもそうです。日本でいえば明治維新のときには松下村塾がありました。近代化でいえば、福沢諭吉が慶應義塾大学を創りました。日本は近代化を卒業しましたが、その過程では必然的に経済至上主義、物質至上主義が横行し、同時に環境問題、エネルギー危機といった問題が生じ、いろんな意味で近代化文明は限界を超えています。

日本はアジアの中で真っ先に大学を整備し、人材育成に取り組みました。これまでの工業社会にしても、日本は工業人材の育成に成功し、マニュアルに則り不良品を出さずに、生産性を上げるということをしてきました。しかしこれからはAIの時代です。そういう仕事はAIにとって代わられます。AI社会に必要なのは独創的人材、高度な対人サービス人材です。時代の変化と社会のニーズに対応する人材育成は、安倍政権の経済政策と密接な関係にあり、経済政策の一環なのです。

教育は国家百年の計です。日本国政府は2020年から学習指導要領と入学試験を変更します。2020年の小学生、中学生、高校生がその影響を受けて社会に出て、創造性に富んだ生活と仕事をして2100年まで生きるわけです。22世紀の日本の社会はこの子ども達がつくっていくわけで、我々がやらなければならないのは、この子ども達のための土台づくりです。教育は一時の手柄ではなく、未来に利益をもたらすものです。誰かが着実かつ強力に推し進めなければなりません。

2016年に、Society5.0が閣議決定されました。これは日本政府が期待を寄せるビッグプロジェクトです。Society5.0は、企業の独創的技術やノウハウを奨励し、スマート社会を実現させるための取り組みであり、官民一体の革新的潮流です。我々は産業革命以来の300年振りの激動の時代を生き抜くのですから、アベノミクスは、そういう人材育成をやろうとしています。

 

高齢化問題は日本の経験が参考に

—— 先生は政治家として、また著名な社会学者として、高齢者関連の法案にも関与されています。中国も超高齢化社会に突入しつつありますが、日本の高齢化対策から中国は何を学ぶべきだとお考えですか。

鈴木 日本はまさに課題先進国です。その最大の課題の一つが高齢化問題です。そればかりか、2010年の少し前から人口減少社会に入っていて、2010年以降、人口減少と高齢化という2つの大きな圧力がのしかかっています。既に地方都市は大きな影響を受けていて、2020年以降、関東圏や関西圏の大都市に大きな影響が出てきます。特に75歳以上の後期高齢者が大幅に増加します。

課題先進国として、日本は様々な試行錯誤を経て豊富な知識や経験を蓄積し、多くの人材を育成してきました。高齢化問題は20年から30年後、中国でもより顕著になってきます。人口から考えると10倍問題が大きくなります。

中国は日本が経てきた苦労を見ることで、その反省を踏まえて早目に手を打つことができると思います。日本でうまくいったことを取り入れていけば、労力は三分の一くらいにはなるかもしれません。我々アジアの国々は、家族のかたちや地域のコミュニティーが西洋の社会とは違いますから、中国は日本の経験を大いに参考にできると思います。

 

日中は官民が協力して「健康大国」を構築すべき

—— 近年、中国と日本は、中国が海洋強国を提唱すると、日本は海洋大国という目標を立てるなど、国家利益の追求や国家建設の目標という点で度々衝突が見られます。ただし最近、習近平国家主席は「健康大国」を提唱し、日本政府もほぼ同じことを言っており、統一感があります。中日間での健康福祉産業の協力体制について、どう進めていくべきとお考えですか。

鈴木 私は教育政策とともに健康医療政策もやってきました。日中両国はともに国民の健康を重視し、政策上の目標が一致していることは喜ばしいことです。そういう意味では両国は互いに助け合って向上することができ、この分野での官民一体の協力体制が確立されることを願っています。

近年、日中間では医療、健康、介護分野の協力が進んでいます。私はこれまでに中国へは50回ほど行っていますが、中国の一流病院と日本の一流病院とで、現在、医師の技術レベルに大差はありませんが、日本は全国どこへ行っても一定の水準が確保され、先端医療が受けられます。しかも、世界一医療事故が少ないです。中国は先端分野にも優秀な医師は少なくありませんが、国内での医療水準の差が激しく、看護師や検査技師等も含め全体的レベルは高くありません。日本の成熟した医療人材の教育システムや教育モデルを紹介することができると思います。

私は国会議員をしていましたが、今は東京大学と慶應義塾大学で教授をしています。私の教え子には中国人留学生も多くいます。そこでまず、日中医療学生会議や日中医療者研究者会議等の教育研究機構の協力から進めてはどうかと思います。同時に日本の政治家も加わって、トップから日中の健康福祉交流を推進していくことを提案したいと思います。

私は、一般財団法人日中アジア教育医療文化交流機構の代表として、中国向けに『日本留学指南』という本を出版しています。同時に、「日中恩師プロジェクト」を提唱しています。なぜこれをやろうと思ったかと言いますと、天津の病院に行ったときに、院長さんが日本大学の医学部に留学していたときのことを話してくださいました。留学中、医学部の先生方にお世話になっただけでなく、多くの市民にも良くしてもらい、自転車をもらったりしたそうです。彼は留学中に出会った恩師はじめお世話になった人たちのことが忘れられないというのです。

中国の学生が日本に留学して日本人の恩師に出逢い、日本の学生が中国に留学して中国人の恩師に出会う。孔子は「師を尊びその教えを重んじよ」と説きました。「恩師」という言葉はアジアにしかないんですね。

 

日中関係の改善はメディアが鍵

—— 近年、中国から日本への観光客は年々増えていますが、日本から中国への観光客は減っています。文部科学省が主導する日中間の青少年交流活動も回数が減っているように感じます。温度差があるように感じられますが、解決策はあるでしょうか。

鈴木 主な原因は日本の人口の減少にあると思います。それと高齢化です。ところが、最近、日本から中国に留学する若者は、我々の若い頃よりかなり増えています。ですから、質の面では良いこともあります。ただ人口が減っていますから、数字の上ではなかなか伸びないというのは、おっしゃる通りだと思います。

いま、日本と中国の関係については、メディアから流れてくるのはマイナス面のニュースばかりです。ただ、中国や日本を訪れた人は実際の状況とメディアの報道は異なっていると感じています。メディアのはたらきは重要です。いつも悪いニュースばかり流していると悪いイメージで固まってしまいます。これは両国のメディアが改善しなければならない点です。