米本 昌平 東京大学客員教授
「環境外交」で日中関係の改善を!

1994年、思想家で環境問題専門家でもある米本昌平氏は著書『地球環境問題とは何か』の中で、地球温暖化問題が国際政治の課題として躍り出たのは、冷戦終焉による緊張緩和の代替物としてである、と論じた。2014年11月北京で開催されたAPEC後の中米会談では安全保障を含むいくつかの課題で両国の課題を明確にしたが、その目玉が地球温暖化対策であった。歴史と現実が交錯する中、今日、環境問題はよりその重要性を増している。12月25日、東京大学に米本昌平客員教授を訪ね、環境の専門家の立場から話をうかがった。

 

中国の「転換」を評価すべき

―― 2014年11月、北京で開かれたAPECの後、CO2排出量が世界最大の中国は、2030年前後でそれを頭打ちにする方向を打ち出しました。こうした中国の地球温暖化対策の転換をどのように見ていますか。

米本 正直驚きました。2009年に「コペンハーゲン合意」というのがありました。これは1997年に採択された「京都議定書」を事実上、全面的に見直したものです。その時に、米国や欧州諸国は2050年の全地球の排出削減の数値を入れていたのですが、中国は数値の明記に反対しました。それゆえに、国際政治上では、コペンハーゲン合意を潰したのは中国だという評価になっていたのです。私は『地球変動のポリティクス』(2011)の中で、中国代表の発言を引用し、あの時点で2050年の目標値を示すのは無理であっただろうと反論しました。

事情はわかりませんが、中国の政治家は会議が終わる前に帰国してしまい、あとは官僚が出て、合意をまとめるアメリカのオバマ大統領に「NO」と言い続けました。中国は意図的に合意を潰したのではなく、あの当時はそう言うしかなかったのではないかと思います。それからわずか5年後の2014年11月の『中米気候変動共同声明』で、米国は2025年の数値を示し、中国は2030年前後に頭打ちにしたいと表明しました。世界最大のCO2排出国となった中国として、15年後には頭打ちにすることを言及した点は、高く評価すべきだと思います。非常な努力が必要ですが、重要な意思表明です。

 

今後、温暖化の議論は中国が中心に

―― 近年、中国経済の急成長によって、世界のGDPの4割を占める日米中の3大経済大国を軸に東アジアにおける国際関係の再定義が進行中です。このことと温暖化問題にはどのような関係があるのですか。

米本 大いに関連性があります。私自身、4年前の本の中で、これからの温暖化の議論は、いやおうなく中国が最重要国になることを指摘しました。「京都議定書」は世界全体のことを考えて、まず先進国から削減しようという内容でした。これはEU及び途上国を代表した中国の主張が反映されています。ところが、2009年の締約国会議でこの内容が崩れ、地域ごとに温暖化対策を進めていく方向がでてきました。EU諸国はそれに従って削減目標を策定しました。

しかし東アジア地域は状況が異なります。中国は温暖化交渉における途上国の代表で世界最大の排出国です。対照的に日本は国内投資がほぼ終わり排出量の少ない「優等生」です。これだけ国のタイプが違う二国が、選択の余地なく協力していくべきなのです。こんなに異なると普通は大変な軋轢が生じるのですが、逆に政治的な知恵の出しどころです。中国側も日本の協力に賛意を表明しています。あとはウィンウィンの関係をどう生み出すかだと思います。

中国は国際交渉上、途上国の代表というポジションを崩しておらず、政治的に「環境外交」を進めているのではなく、環境問題もエネルギー問題も内政問題として取り組んでいます。だからこそ、日本側から「環境外交」の明確な理念を示めし、中国側の懸念を取り除くべきです。

日中外交を進めていく上で、「環境外交」の未来志向の考え方を示すことが安倍政権の中国側に対する次のサインになると考えます。そのためにも日本のアカデミズムはこの分野の研究を深めるべきだと考えています。

 

環境問題は「外交カード」

―― 環境外交は環境問題と外交問題をリンクさせたもので、政治の分野と人文分野の接点です。現在、有用な試みを行っている国はありますか。環境外交について詳しく教えて下さい。

米本 私はヨーロッパの環境外交を研究してきましたが、「環境外交」は国際関係が緊張しすぎた時、その緊張緩和の迂回路とするのが、ヨーロッパ外交の定石です。周知のように、1979年12月にソ連がアフガニスタンに進駐し、アメリカはソ連への強硬策に転じました。西ドイツに中距離核弾頭の配備を決め、米ソ第2次戦略兵器削減条約の発効は無期延期されました。

80年代前半、ヨーロッパでは「第2冷戦」と呼ばれ、あわや米ソ間で限定核戦争かという時期がありました。そうした中、83年、歴史上初の大気汚染に関する国際条約である「長距離越境大気汚染条約」が発効します。これは、75年の東西間のヘルシンキ合意にもとづくもので、83年の発効祝賀パーティ―には、東西の外相が集結しました。この例は、国際関係が緊張した場合、環境問題で話し合いのテーブルを設けるというのは現代外交の定石です。

日中関係はこれ以上悪化しないと思いますが、環境問題が今後の両国の良好な関係を築くための重要テーマになります。2014年7月、習近平国家主席が韓国を公式訪問し、朴大統領と首脳会談を行いました。両首脳の間で政治経済上の様々な議論があったに違いありませんが、別途公式に発表されたのは環境協力に関するものでした。現在、日中・日韓関係は決して良好ではありませんが、環境外交はどの国にとっても貴重なカードになると思います。

 

日本は環境問題で中国の責任を追及すべきではない

―― 北京でのAPEC期間中、空には「APECブルー」が出現しました。中国は環境問題の存在を決して否定してはいませんが、経済発展に伴う内政問題という原則を崩していないと見られています。日本はどのように中国と環境外交を進めていけば良いのでしょうか。

米本 前安倍政権時、安倍総理と胡錦涛主席は日中間で「戦略的互恵関係」という政治原則を決めました。互恵とは相互理解の上に立って助け合うということです。

PM2.5について、越境性の汚染物質が飛んできていることを日本国内で問題視する意見があります。しかし現時点では受忍限度内であり、中国の責任は追及しないという韓国と同様のスタンスを日本は見習うべきだと思います。韓国の方が中国には地理的に近く、PM2.5の問題は深刻です。現在、韓国の大気汚染情報は天気予報と同時に出されるくらい常態化しています。

私が研究者として意表をつかれたことは、先の中韓首脳会談で2015年1月から中国が国内の環境データをリアルタイムで韓国に伝えるという合意がなされたことです。韓国はそれを、大気汚染予報の精度をあげるためと利用目的を明確にしています。

日中両国政府は、PM2.5を新たな議題として設定し、日本も真剣に環境外交の内容を詰めるべきです。その場合、早い機会に韓国も含め、日本はこれまでの中韓の努力を評価すると言えば、うまく動くのではないかと思います。こうした知的な努力を積みあげて両国の友好関係を拓いていくべきです。

 

注:

「京都議定書」(英文:Kyoto Protocol、「京都協議書」、「京都条約」。正式名称「気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書」)。1997年12月、京都で開かれた、第3回気候変動枠組条約締約国会議で採択された。その目的は大気中の温室効果ガス濃度を安定化させ、人類に害をもたらす激しい気候変動を防止することである。

写真/本誌記者 羅重黎