正田 紘 日中経済交流協会会長
中国は重要なパートナー

2012年10月1日に日中経済交流協会の会長に就任した正田紘氏、彼は1993年にソニーの中国総代表として中国に赴任し、その後ソニー(中国)有限公司の董事長、ソニーチャイナや韓国地区総代表などを歴任し、中国駐在は11年に及び、ソニーの中国業務をリードしてきた。江沢民主席と朱鎔基総理の時代、そして胡錦涛主席と温家宝総理の時代を経験しており、日本経済界の「中国通」として知られる。また日中間で活躍するビジネスマンとして、外資投資企業と中国経済との共同発展にずっと積極的な建議を行ってきた。「私はメディアの『中国リスク』『中国プラスワン』を気にしたことはありません。日中経済交流協会は以前と同じように日本の優秀な製品を中国市場に売り込んでいきます」と話す正田会長を訪ねた。

 

日本企業は習近平政権

による変化を期待

―― 正田会長はソニーに勤務されている間、60カ国を超える国々を訪問され、中国では11年も生活なさって、ソニーの中国業務を率いてきました。江沢民主席と朱鎔基総理の時代、胡錦涛主席と温家宝総理の時代を経験され、現在、中国は習近平主席と李克強総理の政権となりましたが、今の中国市場をどのようにご覧になっていますか。

正田 中国と日本は一衣帯水の隣国であり、皆中国の新政権にはやはり期待を持っています。新しい時代のリーダーである習近平主席の指導のもと、中国は国際社会の一員としてさらに発展してほしいと思います。

日本の政治評論家やメディアは、中国の指導者間の関係や国家体制などを重視しているかもしれませんが、私たちのような日中間の貿易に従事してきたビジネスマンとしては、ビジネス交流に関する情報にもっと関心を持っています。私たちは中国の優秀な企業家とさらに多くの交流を持ち、彼らがマネジメントにおいて何を考慮し、重視しているのか、市場はどのようなのか、そして中国の一般市民はどのように日本製品を見ているのかを知りたいのです。

私はざっくばらんな性格なので、常に本音で話をするようにしています。相手に耳の痛い話でもきちんと話すことを心がけています。これは私が中国で11年間生活してきて学んだことです。自分の意見をきちんと率直に話すことで相手の方の信頼を得てこれたと思います。

 

中国は依然日本の最重要市場

―― 最近、日本メディアの中国報道では、よく「チャイナ・リスク」、「中国プラスワン」などが取り上げられます。長年中国で仕事をされてきたご経験やご自身の中国に対する理解から、この問題についてはどうお考えですか。また、日本メディアの報道の方向性についてどのように感じていますか。

正田 日本のメディアが頻繁に「チャイナ・リスク」を喧伝する背景には、多くの要素があると思います。まず、両国政府の問題です。これから逃れることはできませんが、私たち日中間でビジネスを行っているにとって人間にとっては、どう気にかけても仕方のないことなのです。

次に、中国政府の政策の変化が早いということまたその内容に不明確な点が多々あるということです。私は1993年前後に中国に赴任しましたが、当時の中国と現在の中国では政策上に変化があります。日本人にとっては、中国の政策の変化が早すぎ、また内容が不明確であることできちんと掌握することができず、心理的には拒絶反応が生じるのですが、私は一つ一つの問題が生じるたびに慎重に対応すれば、たいしたことはないと思います。もし中国の政策の変化が心配で中国に行かないとなれば、チャンスを失うことになると思います。

最後に、「リスク」は多くの分野を含んでおり、生産基地でのリスクも、技術方面のリスクもありますし、権利保護の分野のリスクもありますから、よく吟味する必要があり、リスクといえば「中国」というふうに一概に論じることはできません。

さらに、「中国プラスワン」問題では、何を判断基準にするのでしょうか。多くの日本人は中国の人件費が高くなったから、生産基地をミャンマー、ベトナム、ラオスなど人件費の比較的安い国に移転させなければならないと言われます。

しかし、私が「中国プラスワン」問題を判断する場合、生産基地だけを考慮するのではなく、さらに販売市場の問題も考えます。もちろん、中国13億人の人口のすべてを販売対象としてはいませんが、このうちの3、4億人が顧客となってくれれば十分なのです。7、8千万人しかいないミャンマー市場はとても3、4億人の中国市場とは比較になりません。

インフラ面でも、ミャンマーなどの国は中国に比べて立ち後れています。インフラ建設、公共事業などに関わる日本企業が、ミャンマーなどを「中国プラスワン」の対象とするのは合理的ですが。製品の流通面から考えれば、中国は依然として最重要市場なのです。

私は今までメディアの言う「チャイナ・リスク」や「中国プラスワン」を気にしたことはありません。われわれ日中経済交流協会はこれまで通り、日本の優秀な製品を中国に持っていきます。

 

日本企業の

中国進出をサポート

―― 日中経済交流協会が設立されたきっかけは何ですか。また、日本企業の中国進出をサポートするため、「中国進出支援制度」を設立されましたが、具体的にどのような支援を行うのですか。

正田 日中経済交流協会が支援している企業はほとんどが中小企業です。彼らは品質の高い製品を持ち、その製品を中国で販売したいと希望しています。

もしある企業が中国に投資したいと思ったら、われわれが条件の合う投資対象を紹介します。ある企業がネット上で製品を販売したいと思ったら、われわれは中国の「淘宝」、「京東商城」などのネットショッピングサイトを紹介します。また、中国に実店舗をオープンしたいということであれば、われわれは関係手続きをサポートしてくれる会社を紹介します。

われわれは提案だけにとどまらず、どのような問題に気をつけ、どのような問題に注意すべきかをアドバイスします。

問題が発生した場合、われわれは企業を助けて問題に向き合い、解決します。現在、われわれは十数社の日本企業の中国とのビジネス交渉をサポートしているところです。

 

日本企業に外国に

出るようアドバイス

―― 2013年8月、日中経済交流協会は上海で「日本精品展in上海」というイベントを開催し、中国に進出しようとしている76社の高品質な製品を展示、4万人近くの中国のバイヤーが来場しました。中日関係が緊張状態にあるなかで、この展示会を成功させた秘訣は何でしょうか。

正田 秘訣というものはないと思います。たとえ日中関係が緊張している情況にあったとしても、日本企業はやはり中国市場を重視しています。

2012年、われわれは特に支援制度もなく、ただ中国で製品展示をしていただけですが、当時54の日本企業が展示に参加しました。翌13年、日本の各都道府県からの出展は76社と12年に比べて22社増えました。そのうちの一部の会社は展示によって中国側と契約を結んだり、契約を獲得したり、商談のチャンスを得ました。ですから、彼らは来年も参加したいと言っています。

われわれ日中経済交流協会は設立からあまり時間が経っていませんが、すでに日本の中小企業の理解と支持を得ています。もし企業が日本から外に飛び出してみて、見たり体験したりしなければ、国外の市場をよくわからないままだと思います。

 

中国はずっと変化の中にある

―― 中国語が大変お上手です。中国で生活なさっていたということは、中国のさまざまな分野について理解されており、良い面も悪い面もご覧になったと思います。中国はどのような国だと思われますか。

正田 私は1993年、中国に赴任しましたが、その前には1週間に1回の中国語のレッスンを1カ月余り受けただけ、つまり4、5回のレッスンを受けただけで中国に渡ったのです。

中国に着いてから、先生について1週間に2回、1回1時間中国語を学びました。実は仕事が忙しく、ゆっくり中国語を学ぶことは難しいかったですね。

中国の印象といえば、ずっと変わり続けているということです。初めて中国に行ったのは1981年で、世界人口会議に参加したのですが、それは中国で建国以来初めて開かれる国際会議でした。当時の中国の印象は「自転車天国」です。特に早朝に見た数えきれない自転車の長い列には、パワーを感じました。

仕事では、私は多くの地方都市に出かけたのですが、三国志の史跡、少林寺などで多くの文化方面の知識を得ました。中国が変わりつつあることは実感できましたし、そのスピードにも驚きました。また対人関係では多くの知識欲のある中国の人びとに出会い、彼らと楽しく付き合いました。1993年、私は中国に赴任しましたが、その時中国はすでに大きな変化を遂げており、なおかつずっと変化し続けており、日進月歩であることを知りました。

中国人はパワフルで情熱的だという印象を持っています。いったん真心が通って友達になると、大変親切で全力を尽くして助けてくれる、と感じます。