大谷 哲夫 日中禅文化交流協会会長
中国の人々とともに禅文化を発展させるために「日中禅文化交流協会」を設立

「薪があれば火がひろがるように、法は人を得てますます広がっていく」  中日国交正常化40周年の際、大谷哲夫・駒沢大学前総長は「日中禅文化交流協会」を設立した。大谷氏は仏教の、特に禅仏教の布教者であり研究者でもある。また、中国禅文化の継承者だ。著書には『〈和訳〉従容録』、『禅学研究入門』、『道元思想のあゆみ』、『わが家の仏教曹洞宗』、『祖山本永平広録考注集成』、『永平の風―道元の生涯』など10冊余りある。『永平の風―道元の生涯』は、王新生・北京大学教授によって翻訳され、中日国交正常化40周年記念書籍として中国で出版され評判を呼んでいる。中国仏教の輝きは、仏法を広めるために苦労をいとわなかった歴代の僧たちの功績であり、日本仏教の興隆は、このような禅文化を愛し振興させてきた歴代の禅匠たちの努力によるものである。2013年2月14日、記者は東京にある曹洞宗の風仙山長泰寺に、この著名な仏法者であり仏教学者である大谷氏を訪ねた。

  

中国で発展し、日本で花開いた禅文化を広める責任

―― 中日国交正常化40周年にあたる2012年8月30日に、「日中禅文化交流協会」を設立されましたね。何故このような歴史的な年に設立したのですか。

大谷 今、日本と中国には両国関係の行方を心配する言論が多くあります。遠慮なく言わせてもらえば、このような時期だからこそ、国という壁を越えて、禅文化を中心として、心と心との友好をより深めなければならないと思うのです。中国と日本は永年にわたり営々として築いてきた友好関係があり、日本の文化の基礎的な側面は中国から学んだことを基礎にして築かれているのです。

たとえば、日本の平安末期に誕生した道元禅師は、真の仏法を中国に求め、辛苦の末に天童山の如浄禅師の下で大悟し日本に帰国します。が、今度は寂円とう若い中国の僧が、道元禅師に確かに伝えられた仏法を求めて日本にやってきました。こうした相互往来の事実は古来より多くあります。こうした歴史からも、日中両国が真に一衣帯水の友好的な隣国であり、民間の文化交流には長い歴史があることがわかります。この素晴らしい関係を維持しなければなりません。

私は、中国文学が好きでしたので、若い頃から漢文を勉強していました。当時、湯島聖堂で漢文訓読法の学習に没頭した情景は、今でも覚えています。漢文の世界の薫陶を受けて成長してきたといえます。

仏教、特に禅はインドに起こりますが、中国に招来され、永い年月の中で禅宗として展開します。インド仏教が中国の多種多様な文化や思想や伝統的な説と融合して、禅宗となったのです。道元禅師は中国の黙照禅を日本に伝えました。ですから、我々はこの黙照の禅文化を中国に恩返しする責任があるのです。

禅文化交流協会の前に「日中」の二文字がありますが、禅文化は日中を越えて、世界に向かって、地球上のすべての人との縁を大切にしなければならないと考 えます。道元禅師は天童の如浄禅師に対面した時、「我、人に会うなり」と自覚します。真実の人と知り合うことは素晴らしいことで、大切にすべきです。ここには、中国人とか日本人とかいう区別はありません。仏法の下で平等です。ですから、人間関係、人と人との縁を大事にしなければなりません。

「日中禅文化交流協会」設立の目的もここにあって、中国で誕生し日本で発展した禅文化を尊重し、禅文化の継承を通して、中国人および全世界の人類と真の意味の友好交流を進めて、禅文化のすばらしい思想と歴史的資料の保護に努め、仏教建築、仏像、庭園、墨跡などを保護して後世に伝えていきたいと思っています。

日中禅文化交流協会は、このような信念のもとに設立したのです。設立した日、60人以上の参加者とともに焼香して経を読み、日中の人々の関係が円満にいくように祈念いたしました。

北京大学への数十年の思い

―― 1996年に、去年ノーベル文学賞を受賞した中国人作家の莫言さんを案内して駒沢大学に行ったことがありまして、中国文化研究会の教師や学生たちとの座談会がありました。駒沢大学の中国文化に対する熱意と関心の深さが印象的でした。駒沢大学学長の時に、北京大学と学術協定を結ぶことに努力されました。たくさんの大学のなかから北京大学を選んだのはどうしてですか。

大谷 ずっと、私は中国文化に馴染んできました。大学二年生の頃から、中国へ行き北京大学に留学することに憧れていました。しかし、当時の情況で許される状況ではなく以後10年ほど待ち続けても、北京大学留学の夢は実現しませんでした。

後に駒沢大学で教鞭をとり、学長・総長を務めました。駒沢大学は曹洞宗が開いた伝統のある大学です。日中国交正常化以降、中国と北京大学への長年の思いがありまして、駒沢大学と北京大学の学術協定を結び、様々な学術交流を進めたいと同時に人と人との交流を深めたいと思ったのです。

北京大学を友好訪問した時ですが、先の道元禅師の話しをしました。「道元は日本人ですが、必死の覚悟で海を渡り中国に真実の仏法を求めに行きました。中国の天童山に入り、中国人である如浄禅師に相見して悟りを開き、3年後に師に別れを告げ、日本で禅を中心に永平寺を開きました。今度は中国人である寂円が日本にやってきたのです。ですから、皆さんも、今日ここでは、中国人も日本人もなく、仏法のうえで私たちは同じで心が通じ合った真の友人です」。私が話し終えると、北京大学の教師と学生が立ち上がり拍手をしてくれて感動的でした。

私が退職してからは、駒沢大学と北京大学の交流は少なくなっているようですが、駒沢大学の「行学一如」の精神を確として継いでくれる人物が学長になれば、北京大学との学術交流や人的交流もまた重視されるようになると信じています。

禅文化は意外にもアメリカで人気

―― 近年、仏教学者の鈴木大拙の努力で、禅がアメリカに、さらにヨーロッパにも広まり、西洋で禅ブームがおきています。これはどうしてですか。ヨーロッパ諸国は同じ価値観を持っているので、いっしょにやっていこうという考えもあるようです。しかし、アジアには共通の価値観がないので、同盟関係を構築することができないでいます。どう考えられますか。

大谷 確かに今、ヨーロッパではキリスト教の修道院が少なくなって、曹洞禅の道場が増えています。しかも、正式な道場です。10年ほど前、アメリカのスタンフォード大学で「道元禅師シンポジウム」が開かれました。800人入る講堂は2日連続で満席でした。意外でしたが、嬉しいことでした。

それでは、外国の人々に禅が本当に分かるのかといえば、そうではありません。彼らにとって、禅は未だに非常に神奇で不可思議な世界、東洋の神秘的な世界の意味合いで興味を持たれている面があるのです。しかし、またアメリカは厳然たるキリスト教国家であり、心の糧として、キリスト教が主流であっても、彼らのニーズを満たすことができなくなっている現状に直面してもいるのです。ですから、キリスト教文化の行きづまりを感じている人たちが真剣に禅に関心を持ち、禅を学び始めたのです。

アジアに共通の価値観がないという考えに、私は賛成できません。確かにアジアの国々の政治体制や文化・宗教はそれぞれ異なりますが、人々が生き続ける限りは心の友好は最も深遠なもので、永遠に消えないものです。中国思想の基本は儒教、仏教、道教から成り立っています。中国の思想史では、この三つが合体した時期もあり、離れた時期もあり、この三つが融合して中国人に心の拠り所と安定をもたらしています。日本はと言えば、道教の影響は少なく、儒教、仏教、神教の三つは日本人の精神の支柱になっています。近年では、新興宗教の学者が日本には宗教や信仰はないと言っています。しかし、日本には神社仏閣は数多く存在し、大晦日になると、日本人は寺や神社にお参りに行きますし、お盆にはお寺に行き先祖の墓に参拝します。それでも宗教や信仰がないなどといえるのでしょうか。中国も同じです。近年の中国では寺院復興は目覚ましく、どのお寺も参拝が盛んで、人々に信仰がないとは決して云えません。

日本と中国はいつでも「よき友人」

―― 先程、中国と日本は一衣帯水の友好的な隣国で、友好交流の長い歴史があると話されました。しかし、去年から中日関係は島の紛争が発端となって緊張状態にあります。国際的な観点から、また仏教人の視点からみて、今後の中日関係に何か提案がありますか。

大谷 現在、日本にも中国にも様々な問題が起きていますが、こうした問題の根本的な原因は何でしょうか。日本人には確たる矜持すべき精神的な支柱が欠けたからだと私は考えています。強い精神的な支えがなくなったので、現代人の内面の世界が不毛になり、思想や行動も確たるものが形成されずにぶれてしまうのです。日本のこうした情況は第二次世界大戦が終わって、つまり、日本文化の良い面を捨て去り、宗教をも無視し、西欧の、特に主にアメリカの単に効率のよいシステムのみを導入してから、日本人は自尊心と誇りを失ってしまったのです。戦後教育はとくに技能だけに重きをおきすぎて、精神的な心の教育をおろそかにしました。日本は今こうしたものをきちんと見直すべきです。それは中国でも同様だと思います。協会では、日中の人々が内面の世界を豊かにし、精神的な支柱を確立するために役立ちたいと望んでいるのです。

それから、これはいつもお話していることですが、禅宗、禅文化というのはその基礎は中国の文化なのです。しかし、中国は清朝以降、宗派に分かれて布教することがなくなり、有名な大寺院であっても、宗派によって住職を選んだり修行することがなくなりました。たとえば曹洞宗は「只管打座(ただひたすらに坐禅する)」という黙照禅の修行法、臨済宗は公案を提唱する看話修行法などがありますが、こうした宗派間の境界があいまいになってしまったために、宗派によっては法?までも途絶えています。それに比べて、日本は中国に学んだ禅宗が深化し展開していますが、宗派間に厳しく一線が画され、その修行法や教義を厳として守っています。

協会では中国から学んだ、禅文化と修行法の良き面を改めて中国の人に伝えて、中国の人々に恩返しをしたいとも考えています。

日中両国の人々は共通の価値観、禅文化をもう一度共有するために、過去をひとまず置いて、新しく良い関係を築いていきましょう。真実の心と心の交流ができれば、国と国の関係もよくなっていくでしょう。日本と中国はいつでも「よき友人」なのです。

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取材が終わり、恒例の揮毫をお願いすると、大谷氏は「悠久的友誼」と書かかれた。記者はこの文字を見て、中国文化への深い愛、禅文化の伝播への貢献に心が動いた。中国はより多くのこうした「よき友人」が必要である。