西園寺 一晃 工学院大学孔子学院院長
中国は人類史上初の真の強国になるべき

日本においても中国においても、西園寺家の歴史を語るには事欠かない。首相を務めた西園寺公望氏は二代の天皇の輔弼も務めた。孫の西園寺公一氏は世界平和評議会の日本代表を務め、国交回復前、中日民間大使と称された。曾孫である西園寺一晃氏は北京大学を卒業し、現在、東京都日中友好協会副会長、工学院大学孔子学院院長を務める。西園寺家の歴史は中日両国の近現代史の凝縮とも言えよう。2013年2月7日、東京新宿の優美で趣きのある中国風情漂う孔子学院を訪ね、貴族の末裔である西園寺一晃氏に中日関係に対する見解やアドバイスをうかがった。

 

 荒唐無稽な“文化スパイ”説

―― 中国は文化の普及と中国語学習支援のために、世界各地に孔子学院を設立しました。現在、日本国内にも13カ所あります。アメリカでは、孔子学院は“中国の文化侵略”であるとか“文化スパイ”だと批判する声があります。このことについてどう思われますか。

西園寺 アメリカにも日本にも、孔子学院は“中国の文化的侵略”だと考える人が確かに一部います。しかしこれは荒唐無稽なはなしです。このように言う人は時代の趨勢を理解していません。1989年に冷戦が終結し、世界はグローバル化を始めました。国と国の壁は低くなり、思想や文化も国境を越え、自由な交流が始まりました。思想や文化の交流が盛んになってくると、二つの可能性が考えられるようになります。一つは異文化の衝突で、ある人たちは異文化を認めず、排除しようとする。こういうやり方では当然争いが起き、平和を破壊します。もう一つは文化間の相互尊重、相互吸収、相互学習であり、これは文化の共存、平和を生みます。これはどの国にとっても利益になります。

一つの国家がある程度豊かになり始めると、自国の文化や言語といったソフトパワーを世界に向けて紹介し、広めたくなります。大国意識のある国家はみなこういった動きをしてきました。中国は7、8年前から始めました。ドイツはずっと早くに始めました。フランスもイギリスも中国より前に始めました。もちろんアメリカも熱心です。韓国もが世界中に韓国文化院を設立しました。これは良いことです。さまざまな文化に触れる機会が増え、学び合えるからです。多くの素晴らしい文化があるにもかかわらず、この面において日本はとても消極的です。戦後の日本はあまりにも経済発展を重視し、経済と政治を第一に考え、文化をないがしろにしてしまいました。経済交流だけを進め自国の文化を広めない国は、どの国とも深い友好を結ぶことはできないということを我々は知るべきです。なぜなら、政治はともすると対立を生み、経済関係には必ず利害関係が存在するからです。中国が文化という「ソフトパワー」を重要視しだしたことはとても良いことです。

 

民間外交が両国関係を支える

―― 周知のごとく、日本の政界において西園寺家はあまりに有名です。親子二代にわたって、民間大使として周恩来総理とも厚い親交を結んでこられました。中日国交正常化40周年の歴史を振り返って、民間外交の重要性についてどのように考えていますか。

西園寺 以前、日中両国の指導者が会談した折、よく語られた比喩があります。「両国にとって政治と経済は車の両輪のようなものだ」と。遠慮なく言わせていただけるなら、この比喩は間違っているとは言えませんが、非常に不十分だと言わざるをえません。

政治と経済の交流ができていれば、両国はうまくいっていると言えるのでしょうか。実際は決してそうではありません。政治と経済以外に国民感情も非常に大事です。両国が真に相互理解をし、平和的に付き合うには、お互いの国民感情を好転させる必要があります。それは民間外交なのですが、最強の武器は文化です。

こんな調査結果があります。仕事であれ観光であれ、中国に行ったことのある日本人のうち9割が、中国に親しみと好感を持って帰ります。訪日した中国人の9割が日本に好感を持って帰ります。しかし昨年来、日本国民の中国に対する感情に変化が現れました。およそ8割の日本人が中国に親近感を抱いていません。なぜこのような変化が現れたのか。1つの原因はテレビや新聞など両国のメディアの報道にあると思います。

私自身も、かつてメディアの世界に身を置いていました。昔と比べて今の日本のメディアは本当におかしいと思います。中国の悪い部分だけを取り上げて、誇大に報道します。中国にも同じことが言えます。

どの国にも良い面、悪い面があり、進んだ面、遅れた面があります。完全無欠な国家など存在しません。すべての国家が、発展してゆく過程で多くの課題に直面します。やはり客観的な、バランスのとれた報道が必要です。この道理は周恩来総理から教わりました。

1958年、私は両親とともに北京に移りました。北京に行って間もない頃、周恩来総理のお宅に招かれました。当時、私はまだ中学3年生でした。周総理は私に次のように話されました。「これから君は中国の学校に入って、たくさんの友達をつくって下さい。将来必ず大きな財産になります。第二に、これから北京で生活して多くのものを見るでしょう。中国には良い面も悪い面もあります。進んだ面も遅れた面もあります。遅れたところや悪いところがあればどんどん指摘してください」。さらに周総理は話されました。「私は耳触りの良い話しかしない友人よりも、相手のことを思って問題を指摘し、批判してくれる友人を望みます」。この、私が初めて周総理にお会いした際のお話は、今でも深く心に刻まれています。実際、日中双方の民間外交はお互いに本音の対話と接触が必要です。

理想的な日中関係という点では、郭沫若先生のお話が深く印象に残っています。郭先生は真の知日派です。「中日関係の最も理想的な姿とは、中国人は『戦争は過去のことだ。それはもう語らず、未来を語ろう』と言い、日本人は『過去の過ちを再び犯さないためにも、我々はあの戦争を決して忘れてはならない。あの戦争の教訓を次の世代に語り継いでゆく』と答えるのです」と。今の日中関係は郭沫若先生の語られた状態とは正反対です。

現在、日中両国の交流範囲は拡大しましたが、感情の深さは希薄になりました。交流ルートや面は多く、広くなりましたが、太いルートや濃い人脈は少なくなりました。もっと質の高い、内容の濃い交流が望まれます。

 

大局観に立った政治家の出現を期待

―― 2012年末、民主党から自民党に政権が交代し、外交路線が大きく変わりました。中日関係をより発展させるために、自民党はどのような対中政策をとるべきでしょうか。

西園寺 まず、日中関係と言っても多方面にわたります。そのうち経済関係についてですが、日本にとって中国は最も重要な貿易相手国です。日本の貿易総額の21%を中国が占め、中国の貿易総額の9.4%を日本が占めています。両国は切っても切れない関係にあります。一方の経済が悪化すれば一方の経済はダメージを受けます。日中両国にはお互いに協力しあい提携しあえることがたくさんあります。このことを両国の国民に知って欲しいと思います。ウイン―ウインの関係は必要であり、可能です。

日本の政治家で私が最も尊敬している1人が宇都宮徳馬先生です。彼は次のように言いました。「日中友好は日本にとって最大の安全保障であり、アジアが平和になる条件だ」と。中国の政治家では周恩来総理です。周総理は「歴史から見ても、中日が相争えばアジアは混乱する。中日が協力し、共存すればアジアは安寧で、繁栄をもたらす」と言いました。このことからもわかるように、日中両国の政治の先哲たちはみな、大局的観点から、単に日中両国だけでなく、もっと広い角度で両国関係を考えていました。自民党の中からもこのような政治家が多く現れてくれることを期待します。

 

日本は領土問題の解決に責任を負うべき

―― 過去において中日間の問題は価値観の違いによるものだったという見方ができます。歴史認識の問題、台湾問題、人権問題等です。現在の中日間の問題は海洋権益によるものです。釣魚島(日本名・尖閣諸島)のエネルギー問題、南中国海(日本名・南シナ海)の海域問題等です。これらの問題についてはどうお考えですか。

西園寺 こういった問題は中日間に限ったことではありません。日米間、中米間にも存在します。矛盾のない二国間関係など存在しません。問題はいかに矛盾を出さないかではなく、矛盾が生まれた時いかに解決するかです。

周総理の時代、日中両国の政治家たちは問題に直面したとき、直接向き合って討議し辛抱強く自分の主張を述べ合いました。双方が譲歩できないときはその問題は一時“棚上げ”にしました。1つの問題のために、全体の関係が崩れることを避けるためで、それは一つの知恵です。なぜなら領土問題において真っ向から対立したまま進めていっても、好ましい結果は得られるはずはないからです。双方のナショナリズムを刺激するだけです。

国交正常化の際も、平和友好条約締結の際も、両国は問題を事実上“棚上げ”にすることを選択しました。“棚上げ”とは、双方とも自分の主張をしながらも、この問題について突き詰めない、矛盾をエスカレートさせない。尖閣諸島問題について言えば“棚上げ”とは現状維持を意味します。どちらも一方が現状を変えることをしないということです。

日中両国の先哲たちは非凡な知恵で、問題を“棚上げ”にすることで平和的局面を作り出したのです。しかし、昨年民主党政権が突然この局面を破壊してしまいました。国有化という大きな現状変更を一方的にしたのです。これはルール違反であり、紳士協定違反です。日本には“禁じ手”という言葉があります。中国語では“禁区”です。民主党政権は“禁区(聖域)”に踏み込んでしまったのです。

どちらかが一方的に現状変更を行い、島に「駐留」などしようとすれば、衝突の危険すら出てきます。このようなことになれば、政治、経済、外交、安全保障などに多大なマイナスをもたらします。この問題を解決するには、先ずは双方が冷静になり、大局観を持つこと。そして、現状変更の行動を起こした日本側が、何らかの方法で問題を「棚上げ」のレベルまで戻すことです。

 

中国は今後強国になるほどに謙虚に

―― 昨年末、中国は新体制をスタートさせました。中国の新世代の指導者と交流はありましたか。また、彼らに何を期待しますか。

西園寺 私は胡錦涛主席と同世代です。私が北京大学在学中、彼は清華大学に在学していました。習近平氏のお父上にはかつて何度かお会いしましたが、習近平世代の指導者はよく知りません。ただ興味深いことに、習近平氏は私の後輩にあたります。私たちは北京二十五中学の出身です。李克強氏は北京大学の後輩です。ですから彼らには親近感を覚えます。そして、大いに期待しています。

私の考えでは、胡錦涛主席の対日体制は、できるだけ摩擦を少なくして友好を維持するというものだったと思います。彼はバランスを重視する温厚な指導者です。習近平総書記もこの路線を引き継いでくれることを期待しています。しかし、それには前提があります。日本も同じ路線を行かなければそれは叶いません。私の知るところでは、習近平氏は原則を重視しながらも、協調性のある人物です。大局的に物事を見られる人です。安倍総理もかつて、靖国参拝問題でこじれた日中関係を正常の軌道に戻した政治家です。両国の新しい指導者が、大局に立って両国関係を正常化させることを切に望みます。

中国は驚異的な成長を遂げ、日増しに強大になっています。一つの国家が強大になっていくとき、周辺国家が圧力と脅威を感じるのは自然です。加えて、日本は過去に中国に対して侵略を行い、多大な損害をもたらしました。一部に、強大になった中国が報復してくるのではないかという不安があるかも知れません。ですから、私が中国の新体制と習近平氏に望むことは、強国になるほどに謙虚に、ということです。

人類の歴史を振り返ってみると、過去には多くの強大な国家が出現してきました。古代のローマ帝国から、近現代のスペイン、ポルトガル、英国、フランス、ドイツ、日本、そしてソ連、米国。これらの国々はタイプは違いますが、一つの共通点があります。それはみな対外侵略をし、覇権主義をやったということです。あと10年、20年後には、中国は間違いなく世界有数の強国になるでしょう。その時、中国が対外侵略もせず覇権主義もとらなければ、人類史上初の平和的強国となります。中国にはそのような強国になってほしいと思います。