坂東 眞理子 昭和女子大学学長
“日本を知る”ことが中国の問題解決の近道に

平成の日本では、昭和の時代はまだ記憶に新しい。昭和女子大学の創立は、第一次世界大戦終結直後の1920年のこと。創立者人見圓吉が、ロシアの文豪トルストイの唱えた“愛と理解と調和”の教育理念に共感し、将来の日本に有為な女性を育てる私塾を創設し、門扉を開いたのが始まりである。記者は、男子学生の姿がない昭和女子大学のキャンパス内を歩きながら、坂東眞理子氏をどう位置付ければよいのだろうと考えていた。文化界においては有名女子大学の学長であり、ベストセラー作家である。行政においては内閣府男女共同参画局の初代局長を務め、さらに女性初の総領事も務めた。社会においては新世代の女性から“お手本”と呼ばれ、家庭においては二児の母として仕事と家庭を両立しながら、複数の分野で活躍してきた。彼女はどうやってこれらすべてをやり遂げてきたのだろう。これらの疑問を抱きながら、学長室を訪ねた。

 

中国人留学生が“知日家”となることを期待

―― 多くの日本の大学が中国と交流し、中国人留学生を受け入れていますが、貴大学への中国人留学生の入学状況と、中国の大学との学術交流の現状について教えてください。

坂東 2011年の3•11東日本大震災以前は、一年間に70数名の留学生を受け入れていました。しかし残念なことに、震災後は激減しました。2012年になってやっと回復してきましたが、まだ以前のレベルには達していません。現在50名ほどです。残念ながら、日本の一部の大学に比べると我が校はまだ、中国人留学生を多く受け入れているとは言えません。これから、これまでの欧米の大学との交流重視から、アジアの国際人材の受け入れ・育成の重視へ方針を転換します。より多くの国際人材を確保するために、日本語、日本文学、文化、日本の社会・経済を学ぶ授業以外にも、留学生がより広範に日本社会に触れ理解できる機会を提供できるよう、体験型カリキュラムも開設します。

―― 学長として、中国人留学生に何を期待しますか。

坂東 日中関係と日中の交流にとって、中国人留学生は大変に重要な存在です。中国人留学生は元気があって優秀です。このような留学生がより多く日本に来て学び、日本の理解者になって欲しいと思います。私は全員が“親日家”になって欲しいとは言いませんが、全員が“知日家”になって欲しいと思います。

1960~70年代、日本は経済発展に力を入れ、一定の成果を得ました。80~90年代になって、日本は次第に少子高齢化社会に入り、高齢者福祉と教育の問題や環境問題に如何に対応するかという課題に、中国よりも一足先に直面したと言えます。日本の経験が中国にとって参考となり助けとなって、同じ課題でも日本よりも苦しみを軽減できるとよいと思います。それには中国人留学生の力が必要なのです。

 

“徳”が国際人材の前提条件

―― 現在、日本と中国の多くの大学はグローバル人材の育成を推進していますが、統一された基準はありません。グローバル人材の定義は何だとお考えでしょうか。

坂東 日本の大学でグローバル化と言えば、すぐに語学能力と専門能力に長けた人を連想します。この二つの能力を併せ持ってはじめてグローバル人材だとされています。しかし、私はこう考えます。この二つの能力はもちろん重要ですが、もう一つ同じように重要なのが、日本人特有の思考方式と表現能力を備え、社会の現状や歴史等、自国の各分野を理解し、誇りを持っているということです。この三つを備えてはじめてグローバル人材と言えると思います。さらにこれらの能力の基礎あるいは前提として、中国の儒教が唱導している“徳”を備えていなければなりません。

徳のある人とは、相手を思いやり共存共栄をめざし、自分だけの利益を考えない人です。相手の国の立場に立って考えられる人こそがグローバル人材と呼べるのです。相手や相手国を利用することばかりを考え、自分の利益を企む者は、いかに能力があってもグローバル人材とは呼べません。

 

中国女性は“外向き”日本女性は“内向き”

―― 『女性の品格』は、世に出るや多くの女性の“バイブル”となり、出版以来320万部余りを売り上げました。中国語にも翻訳され中国でもよく売れています。中国の女性にはどのような印象をおもちでしょうか。

坂東 国連第4回世界婦女大会が1995年に北京で開催された折、私は総理府の男女共同参画室室長として出席しました。当時、中国女性の社会進出度は日本女性に比べて高く、能力的にも男性に引けを取っていませんでした。女性工程師の数が多く驚いたのを覚えています。

中国女性の存在感は主に社会で発揮され、彼女たちは自分の考えをしっかりもち、主張します。意思疎通能力は日本女性に優っています。それに比べて日本女性の存在感は主に家庭で発揮されます。日本女性は母親としての教養は高く、妻としては夫の立場になって物事を考えることを身につけています。これらは両者それぞれの長所です。

日本の伝統文化は主に平安時代に形成されました。平安時代はそれまでの母系社会の影響を受け、日本女性は経済的地位も家庭での地位も高かったのです。私個人の考えでは、近代日本の男尊女卑の社会的モデルが形成された主な原因として、中国の儒教の影響が大きいと思います。

日本の長い歴史を見ても、多くの時代で、日本女性は中国女性と同じく社会を支えてきました。日本女性は自己主張能力には長けていませんが、彼女たちの能力は決して男性に劣ってはいません。日本の歴史上、専業主婦が最も多かったのは20世紀の後半です。

 

良妻賢母と職業婦人に矛盾はない

―― 『女性の品格』の中訳本は“淑女指南”の書として有名です。しかし、中国では長い間“淑女”や“良妻賢母”といった言葉はほとんど死語になっています。それに取って代わって“女性は天の半分を支える”“女も男に負けない”などと言っています。現在では日本女性も中国女性と同じように、男性と平等に仕事をするようになりました。このような時代に“淑女”が意味するもの、或いは人間像とはどのようなものでしょうか。

坂東 私個人の考えはこうです。日本女性は社会の多方面で男性と同じように貢献していくべきです。しかし強調したいのは、男性の仕事のやり方に完全に倣う必要はないし、男性の悪い価値観に影響を受けて、権益に憧れたり、金銭を追求したりしてはいけません。

相手の立場に立つ、相手の欠点を受け入れる、相手の成長を助ける。これらはみな女性が持つ鮮明な特性です。これらの分野では、女性は男性より優れています。社会で活躍する女性は自身のこういった特性を認識し、誇りをもって思う存分男性社会に示し、社会福祉に大いに参画して弱者を助けてほしいと思います。そして、すべて男性に見習って同じように稼ごうとしたり、出世を争ったりする必要はありません。ですから、この“違い”が女性の社会進出の本当の意義をもたらすのです。

女性には男性と同じである必要はないことを知って欲しいと思います。社会は多元的に発展してはじめて均衡が保たれるのです。

“淑女”と“良妻賢母”に関してはこう理解すべきと考えます。時代がどんなに進んでも女性は“淑女”でなければなりません。悪妻より良妻のほうが良く、賢母は愚かな母より強いのです。しかし、女性は“良妻賢母”にのみ留まっていてはなりません。“良妻賢母”であると同時に、社会や企業に貢献できる職業婦人ともなれるのです。

過去、一般的に女性は一生のうちに5、6人、多くて7、8人の子どもを産みました。しかし、今は時代が違います。多くの女性は1人しか産みません。1人を養うのと8人を養うのとでは、費やす精力が違います。ですから、現代の女性は余った精力を社会に注ぎ社会に参画していくことができます。逆に母親が子どもに過干渉になると、子どもに無言の圧力を与えたり、或いは子どもを“小皇帝”にしてしまいます。

“小皇帝”の現象は中国で多く見られるだけでなく、日本社会にもあります。少子化の社会では家族全員の関心か一人の子どもに注がれ、子どもは甘やかされ、24時間子どもに振り回されます。これは全く賢いやり方ではありません。よって“賢母”とは呼べません。

 

安倍政権の女性政策の提唱者

―― 2012年12月に自民党が再び政権を執って安倍晋三氏が首相に再選されました。党首として閣僚に女性を起用し、首相として2020年までに、日本社会の各界の30%に女性指導者を置くと再三強調しています。新政権のこの女性政策についてどうお考えですか。

坂東 この女性政策は、2003年に私が内閣府の男女共同参画局長時代に提案したものです。あの当時、政府内では多くの人がこれに反対し、この目標は実現不可能だと言いました。私は「2020年までにまだ17年あります。この17年間に我々が女性に就業の機会をつくり、女性の能力を鍛錬するのです。順調にいけば各業界で実力を備えた女性は次第に増え、2020年には30%を達成できます」と申し上げました。

私がこの政策を提案してからすでに10年が経過しました。目標達成まで7年しかありません。7年では短すぎるとの不安の声があります。しかし、日本の各業界では、女性の占める割合は年々増えており、この政策の実現への期待を私はまだ捨てていません。

私が国家公務員試験を受けたのは1969年です。当時、女性が試験にパスしても、ほとんど政府機関に採用されることはありませんでした。女性には何もできないし、たとえ採用してもすぐに結婚退職してしまうと思われていたのです。しかし今では、女性公務員の採用に関しては厳格な基準があり、故意に不採用にするということはなくなりました。

現在、日本の政府内で女性局長はまだ少ないですが、課長や係長クラスは多くなってきました。民間企業では、取締役は2%、部長は4%、係長は14%で、30%の目標にはもう少しの年数が必要です。

―― 30%の目標が達成された時、日本経済や家庭にはどのような影響があるでしょうか。

坂東 女性が家事を完璧にこなすためか、日本の男性は家事をしなくなり、ともに家庭を営んでいるという意識が欠如しています。現在、仕事と家事を両立させる女性が次第に増えてきていますが、男性はまだ少ないようです。男性がもっと家事に関わるようになれば、女性はもっと多くの時間や精力を仕事に注げるようになります。そうなれば日本経済にとっても家庭にとっても良いことではないでしょうか。

当面の課題は、日本男性をいかに教育し、女性とともに家庭を営むという意識を高めるかだと思います。

 

取材後記:“知日”という言葉に解説を加えてみたい。二文字を入れ換えれば“日知”となる。中国清代の先哲、顧炎武は『日知録』で知られているが、知識の蓄積も日々の積み重ねによるものである。二文字を上下に組み合わせると“智”になる。“知恵”も知識から生まれる。坂東眞理子学長が言うように、近代化の道を日本は中国より先に歩み、中国より先に大気汚染や少子化等一連の問題を経験してきた。だから中国は“日本を知る”必要がある。日本を知ることで中国は遠回りを避け、問題解決のための知恵を授かることができる。