宮家 邦彦 キャノングローバル戦略研究所研究主幹
日本のTPP加盟は中国に対抗するためではない

今から40年前、まさに中日の国交正常化が実現する頃に、一人の日本の青年が中国語の勉強を始めた。その青年は東大法学部を卒業後、外務省に入省し、その後、在中国日本大使館の公使になった。外務省を退職してからは、安倍晋三内閣の総理大臣公邸連絡調整官として、安倍首相夫人を補佐した。

その人こそ、キャノングローバル戦略研究所で日本の外交・安全保障政策を研究する宮家邦彦氏である。記者は、今後の中日関係のあり方などについて、インタビューをした。

 

TPP加盟のキーポイントは農業

―― 最近、日本国内ではTPPに加盟すべきかどうか、論争が続いています。とくに日本が、自国の農業を守れるのかどうかが課題となっています。こうした情況をどうご覧になっていますか。

宮家 TPP加盟交渉をする前に、日本の農業をいかに生存させるか考えなければなりません。自国の農業を守るのは当然なことで、どこの国でもやることです。中国も同じだと思いますよ。

問題はどういう方法で農業を保護するかです。関税を上げることで農業を保護するのか、または別の方法でやるのか。多くの国では関税を上げずに、補助事業で農業を保護しています。日本も今と違う方法で農業を保護できれば、TPP加盟は容易になります。しかし、日本はまだその段階に達していません。交渉は非常に難しいと思います。

 

日本はTPPに加盟すべき

―― 関係国のTPP加盟交渉は9回目に入っています。この時期での加盟交渉の発表は、何か特別な意味があるのでしょうか。日本のTPP加盟は、アメリカの「アジア回帰」戦略への支持表明だという見方もありますが。

宮家 今、アジア太平洋地域は世界で経済成長が最も速い地域です。この地域での貿易自由化が進むほど、恩恵を受ける国が多くなります。日本が門戸を閉ざし続けていくなら、日本にとって不利です。日本はTPPに加盟すべきであり、少なくとも加盟について検討を続けるべきだと考えています。

総体的にみれば、日本の今の方向は間違ってはいないでしょう。問題は、農業をどうするかということです。このことがはっきりすれば、日本は「貿易立国」戦略を実現できますよ。

なぜ日本がこの時期に加盟を決めたのかについては、時宜に応じたことで、特別な意味はなかったと思います。アメリカはアジア太平洋地域の国々と経済協力を強化しようと急いでいます。つまり、アメリカが「アジア回帰」する目的はアジアの市場に着目し、確保したいからなのです。

 

TPP中国の参加が必要

―― 将来、中国がTPPに加盟しようとするなら、日本はどう対処するでしょうか。日本はTPPの枠組みの中で中国と競い合うことになるのでしょうか。

宮家 TPPは経済の協力組織で、特定の国を抑えつけたり、対抗するものではありません。加盟国が自由に貿易活動を行うために、相互の経済交流を強化するものです。もし、ある国が本当にそういう考えを持っているのなら、その国の経済はまだ自由になっていないということです。

長い目でみれば、中国はTPPに加盟すべきだと、個人的には思っています。TPPも中国を必要としています。日本と中国はこの枠組みのなかで、さらに協力し合えるでしょう。ですから、日本のTPP加盟は特定の国に対するものではないと私は考えています。

 

中国の海軍は脅威ではない

―― 日米と中国の軍事力はどう変わったのでしょうか。軍事力の変化は日本の外交と軍事戦略にどう影響するでしょうか。

宮家 2004年に発表された『新世紀の新たな段階における人民解放軍の歴史的使命』という論文に注目しています。中国人民解放軍の新たな使命は、中国領海の国家利益を守ることが強調されています。中国の陸軍は安定した状態にありますが、海軍の力が強化されてきています。

中国の公海から東中国海、南中国海を、中国海軍は巡航しています。では、中国海軍が脅威になっているかといえば、現状では脅威までには至っていないとみています。しかし、今後、中国海軍は透明度を高めるべきです。透明度が足りないと、中国海軍の行動は多くの誤解を招き、脅威を感じる国もあるでしょう。

 

中日の政治家は意思疎通のルートが必要

―― 昨年末に、野田首相は中国を訪問されましたが、どう評価されますか。

宮家 日本と中国の指導者の相互訪問は、両国の関係回復にとって大切です。特に、日本の若い政治家と中国の次世代の政治家が良好な関係を築くことが重要です。

もちろん、双方の不信感はすぐに消えるわけではありません。日中双方の立場は異なり、双方の意見が一致するのも難しい。両国は互いに智恵を出し合い、できる限り問題が発生しないように、また問題が“爆発”しないようにすべきです。そのためにも、日本は戦略的に中国の政治家たちと友好的な関係を築いていくことが大切だと思います。

 

中国の若者は広い視野で世界を見るべき

―― 中国の若者は国際政治に関心を持っており、中日関係にも注目しています。こうした中国の若者は、どのようなことに注意すべきでしょうか。

宮家 中国の若者は国際政治に対して、日本の若者とは比べられないほど関心が高い。国際関係は総体的なもので、客観的な要素を内包しています。ですから主観的な判断だけに頼るのは、よいこととは限りません。

中国の若者には、より大らかな気持ちで、広い視野で世界をみてほしいと思います。そうすれば、中国は真の意味で大国になりますよ。