古川 康 佐賀県知事に聞く
佐賀県が世界へと踏み出すために

2010年10月7日、『日本新華僑報』のウェブサイトに、パリッとしたスーツ姿の男性が壁の地図を指さして、真剣にプレゼンテーションしている写真が掲載された。それは佐賀県の古川康知事が中国の春秋航空本社で佐賀空港に中国との定期便を就航させようと奮闘している場面だった。当時佐賀県には国際線はなかった。知事として、県を世界へと率いていく第一歩として中国を選んだのである。そして、日中両国の協力により2012年1月18日、春秋航空は佐賀空港と上海浦東空港を結ぶ路線を正式に就航させた。中国からの多くの観光客が佐賀県を訪れたことにより、県の経済と観光に新しい活力が生まれた。本年8月、春秋航空は成田国際空港と佐賀空港間の定期便も就航させる予定となっており、佐賀空港は中国のLCC(格安航空会社)の日本西部地区における基地となった。5月7日、佐賀県庁を訪問し古川康知事にインタビューを行った。

 

 

中国で県のブランドを

打ち出したい

―― 九州の多くの自治体が中国と経済交流をはかる中、佐賀県のブランド戦略など、中国とのビジネス戦略をどのように展開していますか。

古川 中国の経済発展の状況は地域によって異なります。そういう意味で潜在力があると思います。どんな時代でもいつも中国には発展している地域があります。

佐賀県が中国との関係を本格的に進めるようになったのはこの数年のことですので、遅いスタートといえるでしょう。当時、日本の多くの自治体が中国の沿海都市に事務所を開設していました。発展する可能性があり、まだ他県が進出していない都市こそ、佐賀県の選択肢だと考えました。そこで東北地方に注目し、日本の自治体では初めて瀋陽市に事務所を開設したのです。

また、中国の政策として西部大開発がありますが、本県は貴州省ともご縁があります。いつも考えているのは、中国の地方のマーケットを開拓し、佐賀県の特産品を売り込むのが、当県に最適のブランド戦略だということです。当県では遼寧省、貴州省との友好関係を生かしながら佐賀県ブランドを打ち出していきたいと考えています。

 

―― 現在中国大陸に2カ所ある事務所はどのような成果を上げているのでしょうか。

古川 海外市場に進出する時、行政と企業とは地域や職種で分担するべきでしょう。例えば香港では民間企業が経済協力を非常にスピーディーに順調に行っています。しかし、瀋陽ではこれからという段階ですから、行政が先頭に立ち、企業をサポートすることが必要です。現在の、そして計画中の事務所の立地から見ても、中国という広大な新天地はいつになっても完全に理解できるということはないでしょう。

瀋陽に事務所を開設した最大の成果は、相手側から高い信頼を得ていることだと思います。その表れとして、遼寧省や貴州省の将来有望な若手のアスリートが佐賀県のマラソン大会出場のために来日してくれていますし、瀋陽市内にオープンしたデパートで佐賀県の特産物を大きくアピールしていただきました。これらのことで、佐賀県の瀋陽における知名度が大きく上がりました。一時的なイベントですが、遼寧省の約1億人の人たちに、佐賀県に対する興味と親しみを持っていただけたと思います。

 

中国との交流の長い歴史

―― 伝説では、秦の始皇帝の命を受け、不老長寿の薬を求めて日本を訪れた徐福が最初に上陸したのが佐賀県だと言われています。中国との交流は長い歴史を持っています。春秋航空の佐賀―上海便も就航3年目を迎えましたが、中国観光客誘致の取り組みについてお聞かせください。

古川 中国からたくさんの観光客に来ていただきたいと考え、春秋航空に佐賀県に路線を開設していただき、現在の経営状況は良好です。佐賀空港は九州の中心にあり、どこに行くにも非常に便利ですので、佐賀空港は九州全体と中国との交流の活発化に役立っていると思います。

佐賀県発の飛行機の乗客の約5割は福岡県の人たちで、空港の立地の良さが分かります。定期便就航後は、テレビでしか佐賀県を知らなかった中国の観光客にこの魅力溢れる地方を体感していただけることを、大変うれしく思っています。

 

―― 統計によると、春秋航空が就航する前の2010年に佐賀県を訪れた中国人観光客は2738人でした。それが2012年には1カ月で2万人に激増しています。このことは県の経済にどのような影響をもたらしましたか。

古川 日本人の観光客数が落ち込むなか、中国の人たちが県内で宿泊し、買い物をしていただくことによって、かなり支えられている部分があります。

今、中国からのお客様は来日すると関東地方に集中しており、九州へは少ないのですが、ぜひ皆さんに九州独特の雰囲気と旅情を味わっていただきたいと思います。

まもなく、春秋航空の成田―佐賀便も就航しますので、この新路線によって中国のお客様には東京から入国して九州から帰国するという新しい旅のルートをお楽しみいただきたいですね。そうすれば中国からのお客様は今の2倍、3倍になると思います。

もちろん、私たちは在日華人華僑というマーケットも重視しています。私たちの統計では、春秋航空が就航した時に一番利用したのが日本在住の中国人と留学生でした。福岡の中国総領事館や佐賀大学の留学生と相談し、SNSを使ったネットワークによるPRを多用しました。成田―佐賀便は価格が安いので、きっと人気が出ると思います。

私たちは中国でPRをする場合、労を惜しまず新しいことを試しています。最も経済的に有効なのは地域を絞って集中的に投資し、佐賀県の知名度が上がったということをデータに表して成功例を作ることです。

私たちは今手探りで進んでいる状態ですが、いろいろ試すなかで調整しながら、最も効果的な方法を探しています。もちろん難しいことですが、やらなければなりません。

 

中国から

世界へ第一歩を踏み出す

―― 3年前弊社では、知事自身が上海の春秋航空本社で航空便の誘致をプレゼンテーションしている光景を報道しました。日本の知事には珍しいことです。どのような思いでそこまでやられたのですか。

古川 春秋航空が日本に就航するという情報を得た時から、ぜひ佐賀に来てほしいと思っていました。残念ながら茨城が選ばれてしまいましたが、佐賀県は九州での基地になれると考えました。当時私はグローバル化の進展に伴い、飛行機が鉄道に替わって人類の主要な交通手段となる時代がすでに来ていると考えていました。

ヨーロッパのLCCを視察して、運賃が大幅に値下がりする可能性があることが分かりました。ですから、ぜひ佐賀空港に春秋航空を誘致したかったのです。佐賀県は人口は多くなく、マーケットは小さく見えますが、佐賀空港の半径30キロメートル圏内には人口が集中していています。私はこの特長をPRする責任があると思いました。

このようにグローバル化が進んでいる時代に、私たちは一つの地域や国の中だけで生きていくことはできません。海外からの観光客が大量に入ってくることで、佐賀県民にそのことを知ってほしいのです。九州の素晴らしい観光資源を利用して、佐賀空港を九州のハブ空港にしたいと思います。

ですから、佐賀県が中国から世界に向けた第一歩を踏み出すためにも、春秋航空を誘致することが必要だったのです。グローバル化への対応は一刻も猶予ならないことを、県民にもぜひ気付いてほしいと思います。

 

―― 2011年10月、瀋陽市内で友好交流協定を締結した際に知事は「遼寧省や瀋陽は発展性がある」と述べられましたが、中国とどのような技術協力ができると考えていますか。

古川 当時は、共同で温泉観光商品を開発するとか、ホテルの共同経営など多くの構想がありました。残念ながらその計画は頓挫しましたが、現在も多くの案件が検討されています。

技術提供と言えばかつてはODAのようなものを想像しましたが、現在では確実に発展していくマーケットの中で必要とされている技術を提供するという観点に変わってきています。

県内には独自の技術を持った中小企業がたくさんありますが、国内市場が小さくなって苦しんでいるので、中国向けの技術商品に企業の成長の可能性を求めています。

もちろん、日本企業のためということだけでなく、飲用水の浄化など中国市場が必要とする技術を提供していきます。成功か失敗かは別にして、佐賀県企業を成功させる契機になると思います。

 

両国の文化交流は影響なし

―― 現在、中日関係は国交正常化以来、最も冷え込んでいると言われています。再び良好な関係を築くために、県知事としてはどのようにすれば良いと考えますか。

古川 国と国との関係が悪い時ほど意識して中国との交流を進めて行くべきだと思います。一番避けなければいけないのは、日本政府に遠慮することです。政府にはいろいろ外交方針があるかもしれませんが、われわれがやっているのは外交ではなく交流です。ですから、今後もしっかりと続けて行きたいと思います。

一番強調したいことは、日本政府と日本国民一人一人とは決して同じ考え方ではないということです。ですから、佐賀県民は心から中国のお客様を歓迎すると信じています。またさらに多くの日本人が中国に行ってほしいと思います。実際に体験すると、中国は日本政府やメディアの報道とは違うと感じられるでしょう。

 

―― 先日、佐賀県は大規模な中国の文化フェアを開催し、知事ご自身も中国国家観光局東京事務所の張西龍首席代表や、来日した作家・画家とも会見されていますが、中日両国間の文化・芸術交流の重要性について、どのようにお考えですか。

古川 以前、程永華駐日大使が佐賀で講演をされたときに、「中国と日本は引っ越しすることのできない関係です」と言われ、「戦えば共に傷つき、仲良くすれば友に利益を受けられる」と話されました。

まことにもっともなことだと思います。隣人同士は時としてケンカをしたり、うまくいかない時があります。国同士ならばなおさらでしょう。私は国同士でいろんな問題が起きている時だからこそ民間の交流はますます大きな役割を発揮します。ですから、現在の両国間の民間交流の意義は非常に大きいのです。

先日も陝西省の一流の書家の方々に来ていただき、佐賀県で展覧会を開催しましたが、県の特色を出すために、書家と当地の市民との交流を行いました。書家の方たちに佐賀県立佐賀北高等学校を訪問し、高校生たちと直に接していただき、また大きなショッピングセンターで書家の人たちに書を書くパフォーマンスを披露していただきました。これは多くの市民が鑑賞しました。

このような対面型の交流によって、佐賀県民に中国の書道を身近に感じてもらうだけではなく、日本人に近くから中国文化と中国人を感じもらえます。これこそが文化・芸術の交流の持つ意義だと思います。

国と国との関係が冷えている時だからこそ、こうしたやり方はますます意義を持つのです。このようにして続けていけば、国家間の問題もいつかは解決できるのではないでしょうか。

 

―― 知事はこれまで何回中国に行かれましたか。中国の印象はいかがですか。また個人的に佐賀県民はどのような県民性を持っていると思われますか。

古川 公務とプライベートで20回くらい行っています。中国の印象は「深い国」です。どこまで入って行っても理解できたと思えない奥深い国という印象があります。先日テレビで見たのですが、司馬遷が史記を書いていた時代、われわれ日本人はたて穴式住居に住んでいたのです。

何度も中国に行ったなかで、私は中国の辺境地域を見るのが一番好きです。今まではミャンマーとの国境、北朝鮮との国境に行きましたが、今後はモンゴルやインドなどとの国境地帯にも行ってみたいです。日本は島国でどこの国とも国境を接していませんから、中国の国境地帯を巡ることが私の夢です。この過程のなかで、中国に対する理解がさらに深まるかもしれません。

私から見て、佐賀県民は真面目で、粘りがあります。その分、瞬発力を持って外に向かって自らを表現することをあまりしないようなところもあります。そして、佐賀県民は人を裏切らないので、永遠の友人としてつきあえます。これが最大の県民性です。