松井一實 広島市長を訪ねて
日中間のことは「和をもって尊しとなす」

アメリカの原爆被害を受けた両親をもつ松井一實氏(59歳)は、初の「被爆二世」市長でもある。そのためか、政府機関で働いていたにもかかわらず、メディアに対して広島弁を使っている。4月24日午後、広島市庁で松井市長にインタビューした。

 

がれきの受入れには

市民の安心が前提

―― 「3・11大震災」から1年が経ちましたが、岩手、宮城、福島三県の、がれきは、まだ6%しか処理されていません。政府は各地に再三協力を求めていますが、がれきの放射線が基準値を超えたままなので、地方自治体の多くは受入れに積極的ではないようです。このことについてどうお考えですか。

松井 がれきの処理は、被災地の再建にとって重要な課題ですから、各地は手をさしのべなければなりません。広島市は被爆しましたが、今日のように復興できたのは、市民の努力もありますが各地からの支援のおかげがあります。ですから、今度は我々が被災地に何かをしなければならない気持ちがあります。

しかし、がれきの処理問題には前提条件があります。市民の不安を取り除くために、がれきの放射性物質については、科学的知見により影響の検証と基準値を超えていないかなど、測定等の十分な体制を整えなければなりません。

現在、広島県は政府と、交渉を進めています。政府が安全体制などを含め、きちんとルール作りをしてくれれば、きちっとたちどころに対応できるように準備をしているつもりです。

 

原発の廃止と存続は

二者択一ではない

―― 広島市は世界の中でも原子爆弾が落とされた二ヶ所の一つであり、市民は「核」問題にとても敏感です。これまで広島市民は、大規模な「脱原発」デモを行っています。しかし、日本の原発は総発電量の3割を占めているので、原発を稼働しなければ電力の供給に支障がでます。このとについて、どのように考えていますか。

松井 よく原発に賛成ですか反対ですかとういように聞かれますが、このことについて二者択一の状況にはないと思います。エネルギー政策については、政府はいろいろな要素を考慮して、責任を持った政策を出すべきですが、いまだに出していません。

国は、2011年12月21日のエネルギー環境会議で、再生可能エネルギーはエネルギー源の一翼を担う潜在力があるので開発に力を入れ、原発の依存度の低減を目指すことを表明しました。

しかし、再生可能エネルギーの開発には課題があります。その間は、安全安心を大前提とし、国民の生活を確保し、また産業活動も維持するものでなければならず、さらに地球の温暖化を考慮するものでなければなりません。今、こういう方向(原発依存度の低減)で努力するということで、政府は今年の春に複数のシナリオを出す予定です。

 

「二重行政」の解決には

意思の疎通が大切

―― 2011年末、大阪府の橋下徹知事は「大阪都構想」を推進するために、知事を辞職して大阪市長選挙に出馬しました。橋下氏がこういうことを行ったのは、日本は県と市において「二重行政」になっており、行政運営に影響がでているからだと、メディアは指摘しています。政令市の市長として、どう見ていますか。

松井 橋下氏は大阪府と大阪市が行政方針の歩調が合わず、大阪府知事としてはこの問題を解決できないと感じ、辞職して市長になったのです。しかし、広島は大阪の情況とは異なり、私と県知事との間もうまくいってますし、連携を取り合って問題解決に取り組んでいます。

「二重行政」を解消するために、広島では県と市が今年2月に研究会を立ち上げました。広島と大阪では同じ問題でも解決方法が違います。我々は聖徳太子の「和をもって尊しとなす」を手本にしています。

 

性急な地方自治ではダメ

―― 橋下大阪市長は「維新政治塾」を、河村名古屋市長は「河村たかし政治塾」を開講しました。地方行政は少しずつ変わってきているようですが、どう考えていますか。

松井 国政と地方自治について、私は橋下氏と同じ問題意識を持っていますが、解決方法や方針が違います。今後、日本は成熟した国として、内政問題では、政府が基準を決めるでしょうが、実施するにあたっては、地方自治体はそれぞれの特徴に照らして具体的な行政方針を制定しなければなりません。

以前は、地方の政策も政令とか省令で、内閣と各大臣によって決められていましたが、最近は県議会と市議会で、条例を制定して決定されます。日本は地方分権国家になってきているのです。

また、地方自治の推進には難題が数多くありますが、広島市では、県と問題が起きても、知事と連絡を密にして解決していこうと考えています。

さらに、国と問題が生じた場合でも、国の定めた法律の範囲内で要望書を出すべきで、すべては「和をもって尊しとなす」です。

先ほど、名前を挙げられた市長たちは、国に対して、早く法律を変えろと催促していますが、国が地方自治改革を行おうとしない場合、こういう方法は分からないでもありませんが、地方自治の推進に同意しているのなら、実に必要のないことです。

地方自治については、早く結果を出そうとして、「直角型」にやろうとする人もいます。私の場合はしなやかに、たおやかに、そこに住む人々のことを考えて、竹がしなるように進めて行く。これが私の信念であり、彼らと異なる点です。

 

中国の都市と協力して

広島の観光宣伝を

―― 広島市は最近、訪中団を派遣して寧波市で観光案内を行ったり、重慶で開かれた第8回中国国際造園博覧会で、「広島デー」の活動を行うなど、中国で積極的に活動されているようですが、そうした取り組みについて聞かせてください。

松井 広島市は、今この方向で一生懸命努力しています。観光を拡大することが目的です。2月4日から8日にかけて、重慶の「中国国際造園博覧会」に参加するために、訪中団を派遣しました。

5日、中国側が広島市に博覧会でデモンストレーションの機会をつくってくれました。6日に訪中団は重慶で、さらに、7日には寧波へ行き、現地の観光業やビジネス関連の人々と交流して広島への理解を深めていただきました。

今回の訪中はとても良かったです。重慶では25の旅行社、33名の代表の方々と会いました。寧波では17の旅行社、27名の代表の方々と会って、これからどのように観光業を発展させていくか意見交換しました。

さらに、重慶市の工商業聨合会、寧波の国際貿易促進委員会分会と、どうすれば多くの中国人観光客に広島に来てもらえるか話し合いました。

そして、互いに協力して宣伝を行っていこうとアドバイスしてくれました。帰国後、そのアドバイスを活かして進めていますが、少しずつ成果が出てきています。

 

友好と平和を最重視

―― 今年は、日中国交正常化40周年です。重慶市と広島市には26年の友好往来の歴史があります。双方の発展にとって、どのような成果がありましたか。

 松井 広島市と重慶市は、多方面にわたって相互理解が深まっており、医学、教育、経済、庭園などの分野で成果を重ねています。今後は、環境保護の分野でも協力し合っていきたいと考えています。

中国経済は飛躍的に発展していますから、それに伴って環境汚染問題が出てきています。日本も同じようなことを経験しましたから、この方面で意見やアドバイスをさせていただければと思います。

広島県、広島市、四川省、重慶市とで、「酸性雨研究センター」を設置して、環境問題という国際的な課題を共同で解決しようとしています。

おっしゃっるとおり、今年は日中国交正常化40周年で、我々も努力していくつもりです。今後、都市間と国家間で様々な協力を進め、相互理解を深めていくべきです。大局から出発し、長い目で問題を見ていかなければなりません。

中国と日本の歴史では、とかく争いごとについての話に目が行きがちですが、何千年の長い歴史から見れば一瞬のことです。ですから、やはり友好と平和の道を最重視しなければなりません。

過去のことには、できる限りとらわれないようにし、長い目で考え、ポジティブな発想でもって、日中間のことは「和をもって尊しとなす」――これが私の哲学なのです。