高野 之夫 東京・豊島区長
東京をリードして国際舞台で活躍する豊島区


撮影/本誌記者 原田繁

今日、東京は世界屈指の国際都市である。ところが、2014年に驚く発表がなされた。東京23区で唯一、豊島区が消滅可能性都市として名指しされたのである。当時、日本人はもちろんのこと、豊島区内で20年近くメディアの仕事をしながら生活してきた中国人の私も、慌てふためき、不安を覚えた。ところが驚いたことに、豊島区は消滅に向かうどころか、「共働き子育てしやすい街ランキング2020」の総合2位に輝くなど、「国際アート・カルチャー都市」として、国際都市・東京をリードする街になったのである。豊島区は如何にしてここまでの変貌を遂げたのか。先ごろ、6期目を務める豊島区の高野之夫区長を取材した。

民意に基づいたイノベーションシティ

—— 2014年、豊島区が東京23区内で唯一の消滅可能性都市となったことが巷間を騒がせました。ところが「共働き子育てしやすい街ランキング2020」の総合2位に輝く(都内の自治体では葛飾区と同位で首位)など注目されています。どのような取り組みが行われたのでしょうか。

高野 2014年の消滅可能性都市という指摘はショックでした。2010年の豊島区の20~39歳の女性人口はおよそ5万人でしたが、30年後の2040年には2万5000人を切るなど半分以下となり、人口を維持することができなくなるだろうという人口推計調査によるものでした。私は区長として、この指摘を真摯に受け止めました。さらに、ピンチはチャンスであると考え、公と民とで一致団結して、必ずやこの難局を乗り越えてみせると決めました。

私はただちに「消滅可能性都市緊急対策本部」を設置し、次の4つの目標を掲げました。第一に、女性にやさしく、子育てしやすいまちづくり。第二に、日本全体の人口減少対策のために地方との共生を進めること。第三に、急激に進む高齢化への対応を進めること。第四に、国際性に富んだ、文化が薫るまちづくり、これら4つを総合した豊島区の目指す都市像が「国際アート・カルチャー都市」です。このうち、女性にやさしいまちづくりについては、当事者目線で政策を検討してもらう場として、20代から30代の女性を中心とした区民参加による「F1会議」を設置し、その提言を受けて女性の社会進出支援や子育て支援の充実に取り組みました。こうした区民の意見を大切にしたオールとしまの取り組みを矢継ぎ早に展開することで、ここ5、6年の間に豊島区は大きく変わりました。さらに、2019年から2020年にかけて23のまちづくりプロジェクトへの集中投資を行い、世界に文化を発信する拠点となるHareza池袋や池袋駅周辺4公園の整備、環境に優しい電気バスIKEBUSの運行開始など、公民連携で国際アート・カルチャー都市への歩みを着々と進めてきました。

文化に国境はない

—— 一昨年、豊島区で「東アジア文化都市2019豊島」が開催されました。東京23区の中でも、豊島区が開催都市に選ばれたのは何故でしょうか。また、期間中、中国と日本ではどのような文化交流が行われたのでしょうか。

高野 私は、区長就任当時から文化によるまちづくりを標榜してきました。「豊島区国際アート・カルチャー都市構想」は、文化の力で世界の人々を魅了する国際文化都市を目指すものです。日本・中国・ 韓国の3か国において、文化芸術により発展を目指す都市を毎年1都市選定し、 文化交流・文化芸術イベント等を実施するこの国家的プロジェクトに選ばれたのは、国際文化都市への様々な挑戦が評価されたからだと思います。これまで日本を代表して、横浜市、新潟市、奈良市、京都市、金沢市で開催され、6番目の開催都市が豊島区でした。2019年の中国の代表都市は西安市でした。人口わずか29万人の豊島区と、1200万人もの人口と千年の歴史を擁する古都・西安市と比べると、分不相応ではないかと懸念しましたが、この交流を通じて私が終始感じたことは、文化に国境はなく、文化的事業に都市の大小は関係ないということでした。文化には未来を創造し、平和を生み出す力があります。豊島区には、世界共通の文化ともいえるアニメ・マンガがあります。期間中は「池袋アニメタウンフェスティバル」などで西安市の代表団と交流を深め、私も総勢151人の視察交流団を率いて西安市を訪れ、熱烈な歓迎を受けました。西安市とはその後も友情を深めてきましたが、最も心打たれたのは、新型コロナウイルスの感染拡大に際して、西安市から豊島区に2万枚のマスクを贈っていただいたことです。本当にとても感動いたしました。


撮影/本誌記者 原田繁

街の景観を一変させた巡回バス

—— 豊島区の中心である池袋の街角で目を引く光景があります。池袋駅周辺を巡回する赤い「IKEBUS(イケバス)」です。どういった経緯でこの路線バスは誕生したのでしょうか。

高野 IKEBUSは環境に優しい電気バスです。最高時速は19キロで、豊島区の中心街をゆっくりと巡回します。2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて、急いで10台準備しました。外国人観光客に、これに乗って、日本、東京、豊島区への理解を深めてもらいたいとの願いからでした。1台1台手作りの、「池袋RED」というオリジナルの色で彩られた真っ赤なIKEBUSは、池袋の街のイメージを一変させ、豊島区の名物になりました。

伝統工芸の普及に力を入れる

—— 現在、日本の伝統工芸品は中国で非常に人気があります。豊島区でも最近、伝統工芸展が開催されましたが、伝統工芸の伝承と普及についてはどうお考えでしょうか。

高野 豊島区には「伝統工芸保存会」という団体があり、毎年伝統工芸展を開催しています。伝統工芸も豊島区が誇る文化の一つです。伝統工芸には長い歴史があり、我々の手で絶やすようなことがあってはなりません。そして、「伝承」するだけでなく「普及」させることが重要です。伝統工芸は、普及させ、販売していくことで生命力を高め、未来への活路が開かれます。

こうした考えから、豊島区では特に東京籐工芸、東京手描友禅、東京組紐、江戸提灯等の伝統工芸品の制作だけでなく、海外へのプロモーションにも力を入れています。外国を訪問する際には必ず伝統工芸品を携え、自ら「広報大使」となり、海外での認知度を高めるよう努めています。

災害に強い、安全・安心のまちづくり

—— 日本は地震が多く、「地震大国」とも呼ばれていますが、豊島区ではどのような防災対策を講じていますか。

高野 東京23区の中では、豊島区は地盤が堅固で比較的安全な地域と言えます。しかし、我々は防災意識をしっかりと持ち、防災教育や防災対策を疎かにすることはありません。先ごろ完成した防災公園は区内最大面積の公園で、災害発生時には1万人程度収容できます。この防災公園には、冷蔵庫を完備し食糧を備蓄できる倉庫、給水設備やトイレ設備、更には、72時間発電が可能な装置もあり、東京都のモデルにも成り得るのではないかと思っています。

また、豊島区庁舎の5階は防災指令センターになっています。一旦大きな地震が発生すれば災害対策本部となり、東京都や他の22区の区長と直接連絡を取ることができます。我々はそこで、刻々と変化する被災状況を確認し、秩序立った対応を指揮することができます。また、35カ所の避難所では混雑状況をリアルタイムで確認できるシステムも導入し、コロナ禍でも安全・安心に避難していただけます。

今後も、安全・安心な都市空間の中で、文化の力で世界中の人々を魅了し、人と産業を惹きつける好循環を創出する「国際アート・カルチャー都市」の実現に向けて走り続けます。

取材後記

豊島区長の取材を終えて、私は深い感慨を覚えた。今年83歳になる高野之夫区長であるが、頭脳は明晰で行動が早い。高野区長は地方自治の「傑作」を創出している。だからこそ、日本を代表して国際舞台で活躍できるのだと感じた。