安倍 晋三 元首相(自民党)
日中両国はバランス感覚をもつべき

安倍晋三元首相は政界では「タカ派」と称されている。最近では、日中関係のデリケートな問題をめぐって、注目される言論をしている。同時にまた、2009年に首相に就任すると、小泉純一郎氏が首相就任期間に靖国神社を6回も参拝して、「氷」のような状態になった日中関係を打破するために、直ちに中国へ「氷を砕く旅」に出かけたことは忘れ難い。そして、日中関係を「戦略的互恵関係」と位置づけた。この提案は中国の指導部に賛同され、新しい日中関係が始まった。では、安倍元首相は現在の日中関係をどのようにみているのだろうか。日中国交正常化40周年にあたり、衆議院議員会館でインタビューした。

 

日中は引っ越しのできない隣国

―― 首相就任後、直ちに中国へ「氷を砕く旅」に出かけ、日中関係を「戦略的互恵関係」と位置づけ、日中関係に新たな発展の機会を開きました。なぜこのようになさったのですか。それ以前の日中関係をどう評価していますか。

安倍 日本にとっても、中国にとっても、良好な関係は極めて重要です。中国の成長をいかに日本の経済に取り込んでいくかが、日本経済の発展にとって大きな鍵になるわけです。中国にとっても日本の投資が必要です。

いわば、切っても切れない関係であり、両国は引っ越しのしようのない隣国で、この関係を確かなものにしていくことは、両国の利益に合致し、繁栄につながるもので、それは地域や世界全体にとってもプラスです。

 首相に就任した時は、日中関係が停滞していました。ですから、こういう状況を変えていこうと決意し、日中関係の位置づけを打ち出したのです。

 

日中間の協力はアジア太平洋地域の発展を促進

―― 日中関係を「戦略互恵関係」と位置づけてから、両国の経済関係は飛躍的な発展を遂げ、相互信頼も深まりました。まさしく「互恵」です。しかし、メディアでは、日中関係において「戦略」の面は曖昧で、共通の戦略的利益に欠けているとの指摘がありますが、どう思われますか。

 安倍 日中関係を考える際には、日本と中国は社会体制が違うことを理解すべきです。また、日中の長い歴史についていえば、歴史に対する認識の違いもあります。そのようなことから、日中関係においては様々な課題もありますし、その時々にいろいろな問題が起こります。世界中に、このような二国間関係はたくさんあります。

 お互いが経済を発展させていこうという観点から言えば、日中は切っても切れない関係です。今後、確かに積極的に両国の関係中の「戦略」の必要性を検討していくべきです。両国が協力することによって、アジア太平洋地域はより安定的に発展していくと思いますが、そういう認識を互いに持つことが大切です。

 

 

日中は協力しあうべき

―― 現在、日中関係における最大の課題は、政治的な相互信頼に欠けることだと考えますが、どう解決すべきだと思われますか。

 安倍 中国は経済的に台頭するにつれて、政治的影響力を強めています。さらに軍事費の増強によって、海におけるプレゼンス(存在感)が高まっています。東シナ海問題と尖閣諸島問題(中国名:釣魚島)については、中国と日本の主張がぶつかっています。こうした問題については、国家の主権が絡む問題であって、日本は譲歩することはできないと、私は主張しています。

 同時に、日本も中国も、エネルギーや人口といった問題に遭遇しています。これらは両国が協力して、新しい解決の道を模索していくべきです。ですから、努力して協力しあっていくべきだと思っています。

          

東アジアは海洋での協力を

―― 最近、日韓両国は防衛に関わる2つの軍事協定を締結しようとしています。両国は国連平和維持活動に参加した際に、互いに支援しあい、重要な軍事情報を共有しています。そして、メディアでは韓国も中国と「物品役務相互提供協定(ACSA)」に署名する予定だと報道しています。今後の東アジア、とりわけ日中韓三国間の軍事的提携について、どう思われますか。

安倍 日本と韓国の関係ですが、ご承知のように日本と米国は同盟関係にあり、韓国と米国も同盟関係にあります。つまり、米国は扇の要のようなものなのです。日韓は同盟関係にありませんが、防衛協力関係にはあるわけです。そこで、今後、日中間において、偶発的な軍事上の衝突が起こらないように、日韓と中韓は安全保障または防衛分野において、連絡協議体制を作っていくことが大切です。これはまた、テロを封じ込めていくことにもなります。東アジア、すなわち日中韓の3国間で、海洋においての協力を模索していくことも考えられます。

 

日中両国はバランス感覚を持つべき

―― 安倍元首相の『夕刊フジ』のコラムをよく読んでいます。時々、刺激的な内容があります。インドでの国際シンポジウムで、日本は米国、インドと手を組んで中国に対抗していこうと主張されたのをみたことがあります。こうした考えを聞かせてください。

 安倍 地域の平和と安定のためには、軍事バランスをとっていくことが極めて重要です。中国は改革開放の政策で、経済的には飛躍的な成長をしました。軍事力についても、この20年間、軍事費が10%増え続けています。

これは注目すべきことです。日印米の三国は同盟関係にはありませんが、地域の安定のために、安全保障上の協力関係を進めていくべきだと思います。中国とインドとの間にもそうした対話があると思います。

 日本と中国、米国と中国もそうですが、安定とバランスを保ち、いわゆる外交は国際社会の角度から出発して、一定のバランスを取っていくことが大切だと思います。

その中で、日中関係は戦略的互恵関係ですから、お互いが豊かに、成長していこうとする国と国として、バランス感覚を常にもっていなければいけないと思います。

 中国には中国の国益が、日本には日本の国益があります。先ほども申しあげましたが、「尖閣諸島(中国名:釣魚島)」の問題について、日本は譲歩しません。中国側も中国の主張をしていますし、その点について今は言及しません。大切なのは、この問題を国の政策決定者が、国際社会全体の角度から、日中関係の大局から、どのようにコントロールしていくかということです。

 

実効支配かどうか問題

―― 「釣魚島」の問題については、鄧小平が「次の世代」に託すと言われました。新しい世代の政治家として、この問題については、両国が戦争に発展しないために、どう解決したらよいとお考えですか。

安倍 はっきり申し上げて、尖閣諸島(中国名:釣魚島)は日本固有の領土です。つまり、領土問題は存在しないという立場です。私の政権時代も一貫してこの立場でした。この点を中国側は誤解しないでいただきたいです。

 ―― 日本はロシア、韓国との間にも領土問題があります。釣魚島は日本と中国との領土紛争です。日本はこうした領土紛争において、なぜ異なる態度をとるのでしょうか。

 安倍 北方四島の問題、竹島の問題、尖閣諸島(中国名:釣魚島)の問題は、置かれている状況がそれぞれ違います。北方四島については、日本の立場からすれば、すでにロシアが不法に実効支配しているのです。竹島についても同様で、現段階で韓国が実効支配しています。

しかし、尖閣諸島は日本の実効支配下にあります。我々としては、領土問題は存在しないと言っているわけです。一方、北方四島と竹島については領土問題として存在しているのです。 

 

安定した関係維持が重要

―― 昨年以来、米国は「アジア回帰」を強調し、日米同盟のさらなる強化をはかっています。この時期における米国の新戦略をどう考えますか。これは対中戦略なのでしょうか。

 安倍 今の日米安保条約は1960年に改訂されました。もともと1952年に日本は独立を回復したのですが、軍事力を持っていませんでしたから、米国の占領軍がそのまま残るという形になったのです。

1960年の安保条約改定で、より対等な関係になっていきました。当時はまだソ連という存在があり、米国は日本に対する防衛義務を担うことになりました。いわば、共産主義対自由主義という「冷戦」の中において、日米同盟関係が日本を守る上で、極めて有効でした。

ソ連の崩壊後、日米同盟関係をどう位置づけていくか、限られた地域だけの安全保障のためだけでなく、国際社会の平和と安定のためにも、日米同盟関係を活かしていこうというふうに変化してきています。

 現在は、台頭する中国の軍事力が米国の「アジア回帰戦略」の重要なファクターになりました。大西洋と太平洋については、米国の軍事戦略は太平洋重視になっていますが、中国の存在が大きいからだと思います。

地域をより安定化させて、軍事バランスを取っていくには、アジアの多くの国々も、日米同盟が安定的な関係であり、地域の平和と安定のために役割を果たすことを望んでいると、我々は理解しています。

 もちろん、日中関係と米中関係を維持していくことが、日米共通の考え方です。安定性が重要です。安定が崩れると、日中双方にとって不利益で、米国も国際社会も望んでいないと思います。

 

民主党に明確な対中政策なし

―― 民主党の対中政策をどうみていますか。もし再び首相に就任したら、日中関係をどのように発展させたいと考えていますか。

 安倍 民主党の対中戦略はよく分かりません。外交政策というものがないようで、民主党にあるのは「政策」でなくて「希望」です。対中関係がこうなってほしいとか、日米同盟がああなってほしいというものです。

それは分析や戦略から導きだされるものではなくて、「こういう関係になったらいいな」という考えです。残念ながら、民主党の外交や国際関係は彼らが希望するようにはうまくはいきません。

 私が首相になるかどうかとは関係なく、日中関係は重要だと考えています。とりわけ、国民レベルにおける相互理解を深めていくことが非常に重要です。

ですから、私が総理大臣の時には、高校生を含む中国からの留学生を多く日本にご招待するような政策を実施してきました。こうしたことが両国関係の安定化につながっていくと確信しています。