李 爽 株式会社ドッグラボ 専務、一般社団法人医親会理事
日本の「がん探知犬」育成に華人が貢献


撮影/本誌記者 呂鵬

犬の嗅覚は人間の100万倍以上と言われ、探索救助犬、麻薬探知犬、盲導犬などとして人々の生活をサポートしている。今日では医学界にも活躍の場を広げ、多くの「がん探知犬」が誕生している。

「がん探知犬」の名前が初めて世に出たのは1989年で、著名な医学雑誌『ランセット』で報告された。その後、イギリス、イタリア、韓国などが相次いで「がん探知犬」の育成に乗り出した。日本で始動したのは2000年で、20年の歳月を経て、佐藤悠二氏の名前が知られるようになった。

2007年4月、先ず『ジャパンタイムズ』が佐藤氏の訓練成果を発表し、2010年9月にはNHK、TBS、朝日新聞、2012年4月には読売新聞、2013年2月には東京新聞、2017年5月にはフジテレビなど日本のメディアが次々と取り上げ、ドイツ、アメリカ、スペイン、ブラジル、カナダ等からも取材が訪れた。

現在、千葉県にある「がん探知犬」育成センターは20以上の医療機関と提携を結んでいる。山形県金山町でも、住民向けに「がん探知犬」によるがん検診の導入を始めた。ところが、この「がん探知犬」の育成事業に華僑華人が貢献していることはあまり知られていない。その華僑華人の名前は李爽。先ごろ、本誌は株式会社ドッグラボを訪ね、李爽専務を取材した。

100%に近い
「がん探知犬」の精度

—— 統計によると、現在、三人に一人ががんに罹るとされ、アメリカ、中国、日本は「がん大国」と呼ばれています。保健機関は各医療機関に対して検診と早期発見を働きかけています。報道によると、「がん探知犬」はスクリーニング検査において精密検査よりも優れた点があるとのことですが。

李爽 がんは最も多い死亡原因のひとつです。現在、X線、超音波、PET-CT、血液検査等の方法がありますが、一部の患者はそれらの方法でもがんを検出できません。

早期発見が難しいがんもあります。PET-CT検査で検出された時点では、すでに二期、三期まで進行しています。「がん探知犬」が優れているのは、がんの潜伏期や、がん細胞がつくられる時に放出するにおいを嗅ぎ分けることができる点です。

潜伏期における検出は「がん探知犬」にしかできません。しかも、精度はほぼ100%です。検査の精度を期すために、検査センターでは一つの検体の再検査を6回から12回行います。

日本の多くの医療機関と提携

—— 「がん探知犬」の育成が最初に行われたのはどの国でしょうか。また、日本ではいつ始まったのでしょうか。その課程で最も苦労した点を教えていただけますか。

李爽 「がん探知犬」は偶然見つかりました。1989年、著名な医学雑誌『ランセット』が、イギリス・ロンドンで、皮膚がんが早期に発見された事例について報告しました。それによると、ロンドンに住むある女性医師が足に膨らみのあるホクロを見つけ、皮膚科で検査した結果、悪性ではないということでした。ところが、彼女が飼っていたコリー犬が、いつも彼女の足元にうずくまってホクロの臭いを嗅いでは落ち着かない様子でした。犬の異常な様子を察知して精密検査を行ったところ、初期の皮膚がんと診断されたのです。発見が早かったため転移はありませんでした。

日本では2000年から始まりました。多くのドッグトレーナーがこの分野に取り組む中で、最終的に佐藤悠二先生の名前が知られるようになりました。佐藤先生は1947年、東京生まれ。1989年に千葉県に犬の訓練センターを設立し、10年間で数多くの水難救助犬を育成し、2005年から「がん探知犬」の育成事業に乗り出しました。

最も苦労したのは、如何にして「がん探知犬」の能力を人々に、特に医療機関や医師の先生方に受け入れていただき、信用してもらうことでした。最終的に、日本医師会から認可をいただき、多くの病院と提携することができました。悪性腫瘍かどうかの判断を仰ぐため、患者の呼気を送って来る病院の医師もいました。

—— 日本社会で「がん探知犬」は広く認知され応用されています。日本でメディカルツーリズムが大きく推進されている今日、中国からの観光客や在日華人にも体験できるチャンスはありますか。

李爽 あります。日本のテレビ報道によると、多くの在日華人にも知られているようです。中国からの観光客から問い合わせがあって、実際に検査を受けたというケースもありました。これまでで数百人にのぼります。検体を多く収集することで、「がん探知犬」の研究に役立てることができます。さらに、提携している日本の多くの病院に事例を提供することもできます。

「がん探知犬」の
社会的利益を重視

—— 先生は天津のご出身で、来日して29年になられます。他の分野でも成功を収めておられますが、「がん探知犬」育成事業に乗り出したきっかけは何だったのですか。

李爽 主な理由は二つあります。まずは、友人の遺志です。私には日本人の親友がいました。私と同年代で、小児科医でした。彼は毎年健康診断を受け、血液検査の数値が高く出ていたのですが、ずっと原因がわかりませんでした。PET-CT検査の原理はこうです。体内にブドウ糖に近い成分の検査薬を注射し、ブドウ糖を多く取り込んでいる細胞を探し、がんを発見します。しかし、友人のがんはブドウ糖とは無関係だったために見つからなかったのです。がんと分かった時には、すでに全身の臓器に転移していました。友人が佐藤先生を私に紹介したのです。私が「がん探知犬」育成事業に参画し、がんをより早期により確実に発見して欲しいというのが、彼の遺志でした。

二つ目の理由として、私の父と妻ががんになったことが挙げられます。ですから、私はがんの早期発見の重要性を身に染みて分かっています。早期発見と早期治療によって、患者の苦痛を取り除き家族の負担を軽減することができます。私の経験からもそうですし、社会全体の認識もそうではないでしょうか。健康保険料が上がり続けているのはなぜなのか。それは、医療費が増え続けているからです。がんの早期発見によって、多くの社会的資源を節約することができます。

私は実業家として、また企業経営者として、この分野に投資すべきであると考えました。私が重視しているのは経済的利益ではなく社会的利益です。

将来はAIチップで、
がんのスクリーニングが可能

—— 「がん探知犬」の今後の展望について聞かせていただけますか。

李爽 もちろんです。私は一中国人として、「がん探知犬」育成事業に参画し、日本の先進医療に携わる方々に受け入れていただき、ともに働けることをとても光栄に思います。この事業は国籍を超えて人類社会全体に幸福をもたらします。

「がん探知犬」育成事業への投資は、最初の一歩に過ぎません。今後我々は、「がん探知犬」が特定した様々ながん臭を利用して、センサーを研究開発したいと思っています。将来はAIチップでがんのスクリーニングが可能になるでしょう。

取材後記

健康大国、高齢大国を探求する中日両国にあって、「がん探知犬」の存在は大きな可能性を示している。この事業によって、我々の健康寿命が延び、安心と幸福感が増すことに期待したい。「がん探知犬」育成事業に身を投じる佐藤先生と李爽先生に感謝を捧げたい。