杜 鏡国 ハイアールグループ副総裁 ジャパンリージョンCEO
20年の奮闘を経て日本市場に中国企業の旗を打ち立てる

2003年、世界でも有名な繁華街である日本の銀座に、斬新で目にも鮮やかな広告看板が堂々と打ち立てられた。それは、中国企業が日本で初めて打ち立てた巨大看板であり、「中国のハイアール」が「世界のハイアール」へと船出したことを意味していた。

2011年、ハイアールは、世界の家電業界をリードする三洋電機の白物家電事業を買収し、ハイアールとアクアによる海外初のダブルブランド戦略を展開。2020年、新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るう中、ハイアールのスマート家電は急速かつ着実に伸び、情勢に逆らい、中国ブランドが世界経済をリードするに至った。

先ごろ、本誌は、ハイアールグループの杜鏡国副総裁を取材し、日本におけるハイアールの20年の足跡、中国ブランドのグローバルモデルとなったハイアールジャパンリージョンの魅力、中国ブランドが国際社会で新たなイメージを確立するための方途を探った。

「市場から市場へ」の先駆的取り組み

—— 2002年当時、日本の家電製品は世界的に有名で、対中輸出額も膨大であり、ハイアールの日本進出には大きな壁が立ちはだかったのではないでしょうか。なぜ日本市場に目を向けたのですか。

杜鏡国 「グローバル化」は、ハイアールグループの発展にとって避けては通れない道でした。「先難後易」の戦術に照らして、ヨーロッパと日本の市場が攻略すべき最前線でした。実際のところ、ハイアールの技術はドイツから導入されたものです。三年を費やし、ドイツの技術によって生産した製品をドイツに輸出する際、ハイアールは、技術の「先生」に相対する事態となりました。弊グループの張瑞敏取締役会長兼CEOは、ヨーロッパの販売業者に対し、力強い言葉でこう約束しました。「商標を取り外した状態で、『メイドインチャイナ』だと言われたなら、ハイアールはヨーロッパ市場への進出をあきらめます」と。ハイアール製品はヨーロッパ市場の検証にも耐えてきました。

私はかつて技術の国産化業務を担当したことがあります。今でも記憶に新しいのは「豆電球」にまつわる話です。

当時、ハイアールの製品には、海外の技術を導入し現地化して市場に出したものがあり、販売開始から7年、売れ行きは極めて好調でした。製品の中に緑の表示ランプが全く識別できないものがありました。現地化したものの、海外での耐用年数には遠く及ばなかったのです。顧客に最高の製品を提供するために、販売期間中ずっと、われわれは部品を海外から輸入しました。張会長が冷蔵庫を破壊した「ハンマー事件」は語り草となっていますが、ハイレベル・ハイクオリティはハイアールの代名詞になっています。

当時、中国では低価格訴求だけでなく、品質を重要視するようになっていましたが、ブランドを重要視していたのはハイアールだけです。

日本市場を開拓することはもとより困難なことでしたが、日本市場への進出は、ハイアールブランドと生産・サプライチェーンシステムが認められたことの証明だと思います。

—— 家電大国として、日本人には強い自尊心があります。日本進出には、厳しい試練があったのではないでしょうか。

杜鏡国 ハイアールの日本における発展は、大きく三つのステップに分けられます。先ず、日本に初上陸した2002年です。冷蔵庫と洗濯機が満載されたコンテナが日本に到着し、三洋本社ビルの階下で、国内外メディアのカメラのフラッシュの中、盛大な「上陸」のセレモニーが行われ、中国ブランドの世界ハイエンド市場での戦いがスタートしました。

2007年にハイアールと三洋電機は合弁会社を設立し、冷蔵庫等の白物家電に注力しました。ハイアールは資金とサプライチェーンシステムを整理再編し、中国と日本の双方で専門技術を開放し、市場資源や販売チャネル等の一連の対策をとり、長所を出し合い、資源を共有し、市場における相乗効果をもたらしました。

独自のビジョンと胆力をもったこれらの革新的協力は、当時、海外ブランドが中国の「技術、製品、生産ライン」に参入したのとは大きく異なり、三洋電機の10年にわたる赤字経営に終止符を打ち、一年後には黒字経営に転じさせました。

この独創的な協力モデルは、経済産業省から「ハイアールと三洋電機の協力は両社間の協力であるだけでなく、両国の経済協力の重要なマイルストーンである」と、高い評価を得ました。

2011年、ハイアールは三洋電機の白物家電事業を正式に買収し、完全子会社化しました。ハイアールとアクアのダブルブランド展開という斬新な形で日本市場に登場し、日本の主要家電ブランドに名を連ねたのです。

三つの強みで「家電大国」に地位を築く

—— 逆境の中で日本市場を開拓し、口コミによって日本の消費者を獲得し、ハイアールは認知度の低いブランドから主流のブランドへと、一連の変革を経験してこられました。家電大国日本で一定の地位を築いたハイアールの強みとは何でしょうか。

杜鏡国 ハイアールが日本に進出した2002年、日本ブランドと海外ブランドの市場シェアは6対1で、海外ブランドの「1」はハイアールでした。とは言え、当時のハイアールの実力が突出していたわけではありません。駆け出しのハイアールが、半世紀以上の歴史を有し世界トップ500企業に名を連ねる三洋電機に挑むことができたのは、常に革新の精神を失わなかったからです。

老舗家電メーカーが世界の市場で恩恵を享受していた頃、中国のハイアールは勇猛果敢に険しい峰に挑んでいました。ハイアールを12年連続で世界トップの大手家電ブランドに押し上げたのは、この前進を続ける決意だったのです。それは歴史の必然でもあります。

ハイアールグループの張会長は、会社設立当初、「やるからには一番」を目標に掲げました。ハイアールは世界中に10+Nのオープン・イノベーション・システム、28カ所の工業団地、122カ所の製造拠点を擁し、日本にも開発拠点が2カ所ありますが、それらはゼロから立ち上げたものではなく、成熟した技術を擁する既存の研究センターを買収し、整理統合したものです。

グローバルサプライチェーンと研究開発システム、テクノロジーネットワークと製品リソースの共有、世界の各市場での取り組みが、ハイアールの確かな発展を支える強力なエンジンになっています。

「人単合一(企業・顧客価値の統合)」モデルは、ハイアールの最大の強みです。この経営モデルは世界の学会やビジネスの世界で注目を集め認められています。目標、戦略、システム、機動性、組織編成は企業経営に欠かせないものです。

「人単合一」モデルによって、従業員の当事者意識が喚起され、個人、製品、企業の価値は増進し、全従業員が常に目標に向かって邁進することができ、コンセプトの機動性と先進性を維持し、イノベーションを続けていくことができます。

「成功している企業はない。あるのは、時代とともに変化できる企業のみだ」と、張会長は話します。ハイアールは製品の生産からプラットフォームの構築、更にはエコシステムの構築に至るまで、常に時代の脈動に後れをとることなく、目まぐるしく変化するビジネス環境の中で、独自のリソースと優位性を打ち立てながら革新を起こしています。

「品質」は空気のように当たり前で欠かせないもの

—— 日本の消費者は日本ブランドに対する信頼が高く、低価格だけでは日本市場を獲得することはできません。ハイアールはどのようにして日本で急速に知名度を上げ、消費者の信頼を獲得したのでしょうか。

杜鏡国 私の言う「忘却」とは、本当に忘れてしまうという意味ではありません。品質は、ハイアールにとって最も重要な競争力のひとつです。空気が生命にとって欠かせないものであるのと同様に、ハイアールにとって品質の重要性は、忘れてしまうほど「常態化」しています。

初めてドイツに製品を輸出した際、予備として30台多く出荷しました。万一不良品が出た場合、顧客に修理のための時間や精神的な損失を与えないためです。その30台は今も待機している状態です。

日本の家電市場に参入することは、オリンピックに出場するようなものです。オリンピックに出場できるのは、それぞれの競技でずば抜けた成績を持つ人たちです。言うまでもなく、日本市場に参入し堂々と立っていることが、ハイアール製品の品質の何よりの証明です。

—— 近年、消費者の白物家電に対するニーズにはどんな変化が見られますか。

杜鏡国 ここ三十年、大きな変化は見られません。日本の消費者は現実的で、製品の機能や品質など基本性能に対する要求が高く、カスタマイズ家電に対するニーズは限られています。

中国市場のニーズは大きく変化しています。中国の消費者ニーズは、何もなかったところから、より優れたものへ、カスタマイズ家電へ、スマート家電へと、そのプロセスは急速かつ頻繁に変化してきました。

日本の市場で得た経験

—— 近年、中国の技術は飛躍的な発展を遂げ、ますます多くのブランドが日本市場に進出しています。中国ブランドの先駆者として、また、IoTシステムとスマートホーム・エコスステムの先導者として、日本市場への進出を希望する中国企業に対して、どのようなアドバイスがありますか。

杜鏡国 日本の市場はシンプルでもあり複雑でもあります。シンプルというのは、ルールと秩序があるということです。複雑さについては三つの側面から言うことができます。

先ず、日本の消費者はとても目が肥えていて、技術が必要とされていないような製品にも高度な技術的要件が隠れています。次に、日本の市場は洗練されていて、小さなミスが命取りになります。この二十年間、ハイアールは薄氷を踏むようにして日本市場で踏ん張ってきました。更には、日本市場は長い間、新商品を次々と打ち出す形で収益を上げてきました。持続的な投資と揺るぎない信念が、ブランド力を永続ならしめるのです。

要するに、中国企業が日本で成功したいのであれば、日本の文化に適応し、日本の市場ルールに則った経営をしなければなりません。

決め手は消費者ニーズ

—— 現在、世界はこの百年来経験したことのない大きな変化の中にあります。今後の中日の経済交流についてどう予測されますか。

杜鏡国 「ウィンウィン」が中日の企業が一貫して追求すべき目標です。

2020年は新型コロナウイルスが猛威を振るい、国際政治も経済環境も目まぐるしく変化しましたが、消費者のニーズに応えるというハイアールのモットーが揺らぐことはありませんでした。

コロナ禍は、あらゆる業界・業種に深刻な影響を及ぼしましたが、ハイアールジャパンリージョンは常に消費者に向き合い、あらゆる困難を克服し、市場のニーズに応えながら通常業務を維持し、「顧客のニーズがある限り、一台の欠品も出さない」との姿勢を貫いてきました。

また、超音波洗濯機など業界初となる製品を計画通りにリリースし、市場のニーズに見事に応えました。当然のことながら、その背後では、ハイアールの強力で完全なサプライチェーンとIoTシステムが力を発揮しています。

日本市場の反応は、目に見える形で現れました。2020年、ハイアールは冷蔵庫・冷凍庫台数No.1、新生活応援家電、コインランドリーでもシェア一位という優れた業績を上げました。苦境の中にチャンスはあるものです。消費者のニーズを企業の経営理念に密接にリンクさせることで、時代の最前線に身を置くことができるのです。

取材後記

杜鏡国社長への取材は、私の日本生活三十年の「中国ブランド」にまつわる記憶を手繰り寄せるものになった。日本に来たばかりの頃、街角で日本人が捨てた家電を拾い、帰国の際には友人に教わりながら家族に電気機器を買ったものである。

日本での暮らし向きが良くなると、少しずつ広い家に住み替え、家電製品を使うほどに快適さが増した。最近引っ越しをした際、ハイアールの白物家電を購入した。「有名ブランド品だから安心ですよ!」――日本の販売員のセールストークが耳に心地良かった。