曹 陽 株式会社MIRAIt Service Design社長
日中のイノベーションの違いとは

IT業界は波乱万丈であり、豪傑たちが集まっている。競争は激烈であり、不安定だ。日本のIT業界を見れば、業界のトップクラスを占めているのは地の利と人間関係を得ている日本人が経営する企業である。

しかし、日本のIT業ランキング上位の企業の中には在日華僑である曹陽が設立した会社がある。確かな技術と信頼性を誇るこの会社は、日本の大企業の提携パートナーであるだけでなく、最盛期には日中両国の従業員を1800人以上雇用していた。

いかに実績が素晴らしくても、曹陽氏は過去のことに過ぎないと言う。常に未来に着目する曹陽氏はITの成長トレンドをにらみ、IT企業の株式会社MIRAIt Service Designを設立し、従来のIT業界から新興のIT技術分野に進出し、AI(人工知能)などの分野の開発と応用を進めている。先日、曹陽氏を訪問し話を聞いた。


撮影/本誌記者 倪亜敏

失業から立ち上がる

—— 今、IT業界に大変勢いがあることは誰でも知っています。でも30年前、多くの中国人がコンピューターとは何かということさえ知らなかった時代に、今日のIT産業の隆盛を見通した人はほとんどいませんでした。1990年代の中国の大学卒業生が在日新華僑の企業家へと転じた経歴についてお話いただけますか。

曹陽 私が1990年に東北電力学院(現・東北電力大学)を卒業したところから始めましょう。当時政府は卒業生に対し統一して仕事を分配していました。卒業生たちはこのような「親方日の丸」的な境遇に甘んじていました。でも、私個人としては見知らぬものへの挑戦が好きな性格でしたので、分配される道は選ばず、歴史も浅く従業員が100人に満たない日中合弁のソフトウエア企業に就職しました。1991年、会社の派遣により日本にソフトウエア開発の研修に行くことになり、私と日本という国、私とIT業界との絆が結ばれたのです。

1990年代、日本のバブル経済がはじけ、私の就職した会社も経営が悪化し、ついに97年中国から撤退しました。まさか自分が一夜にして失業してしまうとは夢にも思っていませんでした。でも、振り返ると、この失業という経験が私に衝撃を与え積極的な意味を持たせたのです。私ははっきりと、自分の力で境遇を変えなければならないと気付かされました。

97年末、私は再び来日しソフトウエア開発の仕事に就きましたが、心の中では運命の流れをただ受け入れることはできないという信念を持っていました。ですから、仕事をしながら将来の道を模索していたのです。99年、何人かの昔の同僚、そして20人余りの20代の若い人たちとともに情報技術の会社を立ち上げ、ソフトウエア開発業務を始めました。

IT技術でサービスモデルを変える

—— 起業は大変なことだと思いますが、曹社長は2社のIT企業の立ち上げに成功されています。企業経営の理念はどういったものでしょうか。また、その2社にはどんな違いがありますか。その背景にどんな考えがあるのでしょうか。

曹陽 私は企業の本質は「サービス」だと考えています。ですから、「技術と信頼性」の経営方針を堅持しています。事業が拡大しても、顧客の発注書を受け取り続け、有名なグローバル情報技術企業にも認められています。実直な経営姿勢、苦労して獲得した口コミも当社が2008年のリーマンショックを乗り切るのを助けてくれました。16年、当社の日中両国の従業員は1800人以上いました。この1800人余の従業員には、1800戸の家庭がありますから、経営者の責任は重いのです。この1800戸の家庭のために、薄氷を踏むような思いで経営しなければなりません。

私がはじめて立ち上げたのは従来型のIT企業で、主な業務はソフトウエアの開発です。「日進月歩」する世界上の事物があるとすれば、IT技術は必然的にそのうちの一つといえます。日中両国を往来する技術者出身の新華僑として、私は両国のIT技術の状況を知っていますので、日本社会が新しい技術の応用という面で中国に差があることに気づきました。そんなわけで、私は16年にまたMIRAIt Service Designを立ち上げました。この会社は新興IT技術分野の企業であり、科学技術の最前線に密着し、AIを含めた新技術の開発と応用をしています。MIRAItという会社名は日本語の「未来」の発音とITの二つの語を結び付けました。私たちはIT技術によりサービスモデルを刷新し続け、美しい未来を作りたいと思っています。

華僑の心と知恵を結集したAI製品

—— AIは今の時代最も注目されている分野ですが、御社ではどのように技術を用いてサービスモデルを刷新していこうとされていますか。

曹陽 技術は理想を実現するツールです。海外で頑張っている新華僑が最も気にかけているのは中国の両親の健康であり、両親の面倒を見られることが精神を安定させるということに注目しました。そこで、人の子としての孝行の心とAIとを結合させ、AI高齢者介護システム「mamorun」を開発しました。

「mamorun」システムは高齢者の健康状態の見守りをサポートします。一般的に、本人に健康上の問題が生じた場合には、日常生活の行動に変化が現れます。たとえば歩く姿勢が変化したり、座ったり立ったりする時の力の変化などです。これらのシグナルがかなり微弱な時は、本人も、身近にいる家族さえも気付かないのですが、「mamorun」システムのセンサーではとらえることができます。「mamorun」システムはセンサー、映像を通して人間の行動所作をとらえ、データを集めて高齢者の生活状態を把握することで、AIの分析学習の基礎とします。

簡単に言うと、「mamorun」システムは遠く離れた新華僑華人がいつでも両親の健康状態を把握でき、何か異常が生じた時はすぐに様子を聞き、病院に診察に行くようにうながすことができます。新華僑華人の両親の多くが中国で生活していることに鑑み、このシステムはまず中国市場に投入します。


撮影/本誌記者 倪亜敏

中国と日本のイノベーション原動力の差

—— MIRAIt Service Designの従業員の90%は日本人です。会社のかじ取りという点で、日本社会と中国社会のイノベーションの原動力にはどんな違いがあると思われますか。

曹陽 目下の中国はイノベーション起業の熱意が強いのですが、日本は明らかに活発さが不足しています。私はいくつかの原因によってこの差が生まれたと思います。

まず、中国のイノベーション熱はアメリカの影響を受けているのです。中国のIT企業を見ると、牽引しているのはまさにアメリカからの留学帰りの人たちです。また、中国社会は日本よりも失敗に対して寛容ですし、さらに失敗者に再度の挑戦のチャンスを与えサポートしようとします。中国では、イノベーションの失敗の原因が真剣に分析されており、結局思考パターンの間違いなのか、あるいは技術上の未熟さなのか、そこから今後継続してサポートし投資するかを判断します。

日本人は大変優秀ですが、新しい分野ではなかなか成長できません。日本社会の雰囲気と伝統文化の中では、一度失敗すると再びサポートを受けるのは難しい。だから多くの人が失敗をおそれて挑戦しないのです。これが日本の社会、企業、個人のイノベーションの障害となっています。

このほか、日本人の若者が「無欲」であることも、彼らをイノベーションに向かわせない障害となっています。社会が成熟し、仕事の環境も良い中で成長した若者ですから、大卒でも3〜400万円ほどの年俸で満足してしまい、昇進や転職を考えない。仏教では「欲なくばすなわち剛なり」と言いますが、イノベーションという面から見れば、「無欲」は本当にやりたいことに身を投じる力がないことを意味します。またイノベーションや起業の方法をいろいろ考えることもなくなります。

私個人としては、中国と日本のIT企業は学び合うメリットを必要としていると思います。日本企業は一貫してソフトウエアを製造業としてとらえており、匠の精神で精密さと完璧さを追求していますが、マーケットのニーズと経済効果をおろそかにしています。中国企業は新技術の投入・応用とマーケット、経済効果を生み出すことには強いものの、多くの失敗したケースの総括としては、匠の精神が欠けており、ソフトウエアの精緻さが不足していることにあります。もし互いの長所を結び付けられれば、中国と日本のIT業界はより良い製品サービスを提供し、飛躍的に前進、成長できるでしょう。

取材後記

訪問を終えて曹陽氏の会社を出て狭い通りを歩いていくと、日本最大の孔子廟である湯島聖堂を通り過ぎた。そうだ、イノベーションにしても、起業にしても、体に流れる文化の血統と心情がいつも変わらぬ原動力となるのだと感じた。