範 国輝 渥美坂井法律事務所 シニアパートナー
中国企業のグローバル化戦略への適切なアドバイス

実は、範国輝弁護士へのインタビューはこれが二度目だ。彼は日本の渥美坂井法律事務所のシニアパートナーである。前回のインタビューの際、範国輝弁護士は悠然と語ってくれ、それを速記して原稿にまとめたのであるが、彼はそれを見た時、難色を示した。「この記事では今まで関わった日中企業間の買収に関する事案に触れていますが、いろいろ考えた結果、やはり開示できないと思います」。いつもなら、このような場面に遭遇すると内心不可解で、強い不満を感じることさえある。しかし、その時は心が騒いだ。日中両国間の経済界で活躍する華人弁護士の高い職業倫理とモラルに感激したからだ。

先だって、東京銀座の街頭に高く掲げられたハイアールの広告や、JR山手線の車体のハイアールの広告を見かけ、もう一度範国輝弁護士にインタビューしたいという衝動にかられた。ハイアールの三洋電機買収は範国輝弁護士が手がけた買収案件だからであるが、更に重要なのは、この買収が中国企業のグローバル化戦略の一つの手本となったということである。

今回のインタビューでは具体的な事例には触れず、彼の考えを整理する手法をとると決めた。日本で30年近く生活し、最高学府の東京大学博士課程を卒業し、数十件の日中間の企業投資買収や紛争解決に関わった弁護士の思考は伝える意味があると考えたからだ。

 

人類運命共同体の価値観

—— 現在、世界では「自国中心主義」、「自国ファースト」の潮流が強まっていますが、中国ではグローバル化を強調、人類運命共同体を打ち立てる方針です。それについてはどう思われますか。

範国輝 世界の歴史の大きな転換期です。過去の歴史から見ると、大国は台頭すると、「自国中心主義」を強調することなく、政治的、軍事的、経済的手段により相手を征服して植民地や半植民地にしてきました。現在、さまざまな要因によってこれらの大国は程度こそ異なるものの衰退または劣勢に直面し、突然「自国中心主義」、「自国ファースト」を打ち出し、次々に政策を調整し、国の開放レベルを変えようとしています。しかし、中国は改革開放中に台頭した大国として、グローバル化の長所を体験していますし、われわれは過去の大国が歩んだ道を行かずに経済建設のプランによって世界に影響を与え、ウィンウィンの成果を持つ人類運命共同体を作ろうとしています。「自国中心主義」、或は「自国ファースト」を打ち出そうとする国家は、今までにグローバル化の利益を十分に味わっており、時代に対応せずに今日の状況を作り出しているにすぎない、と私は強く感じています。今日、中国は人類運命共同体を構築することの意義を大いに宣伝し、これを一つの経済的コンテンツにとどめずに、一つの価値観としなければなりません、そして、大国と共にウィンウィンに向かい、彼らが台頭する中で形成した固定観念を弱体化する必要があります。

 

中国の外資優遇政策の変化

—— ここ数年、日本メディアでは日本企業が中国での市場開拓で「ボトルネック」に遭遇していると論評していますが、それについてどうお考えですか。

範国輝 この問題は多角的に考えていく必要があります。1980年代中国が改革開放政策を実施して以降、多くの日本企業が中国に進出し、中国は安価な労働力に加え、土地及び税収面における優遇政策を享受しました。しかし、中国は30年余の経済発展により「世界の工場」から巨大市場へ変貌したことで優遇政策が撤廃されたので、これらのメリットを狙った対中投資は当然続くことができません。また、嘗ての台湾も韓国もそうであったように、どこの発展途上国も同様で、そのような優遇政策が永遠に提供されることはなく、現在の中国も同じです。2010年に中国のGDPははじめて日本を5000万ドル(約55億円)上回りましたが、2017年には日本のGDPの3倍近くにまで増えました。このような背景の下、中国に対して改革開放初期のように外資企業に多くの便宜を図るよう求めるのは理にかなっていません。同時に、多くの国が中国に市場経済を進化させるように求め、安い品物を売るからと中国と貿易戦争を起こそうとさえしているのに、彼らは同時に中国に投資する際にはあらゆる手段を講じて「安さ」を得ようとしていることも理にかなっていないと指摘する必要があります。この点について日本は明確で深い理解をすべきなのです。

また、中国では改革開放の初期、経済分野の法律が不備であったり、空白状態にあり、このような状況では利益を得やすいものの、リスクも大きかったのです。現在、中国はこの分野の法律はほぼ完備しており、ベンチャー投資をしたい外資企業は自然に手足を縛られており、抜け道はどんどん少なくなっています。もし外資企業が中国の経済法の健全性が彼らに法律上の保護を与えていることを認識すれば、見方を変えるでしょう。

更に、過去に外国企業の多くが中国に進出した際、豊富な安い労働力、土地と税制の優遇政策を享受してきたのなら、今後は中国の巨大市場を念頭に置き、業界の進化、技術開発空間、環境の整備、サービス産業育成という分野への投資を重視すべきであり、そのような認識の転換は非常に重要です。

 

買収戦略は長期的に

—— 弁護士として、日中両国企業間のM&Aについてどう対応していますか。成功例、失敗例から、もっとも読者に訴えたいことは何でしょうか。

範国輝 日中両国間の企業M&Aが増えていることは、日中両国経済の成長を表しています。今まで日本企業は中国に多分野にわたって積極的な投資を行い、中国経済の発展に寄与してきました。現在、中国経済が発展したことで中国企業が日本で投資や企業を買収していますが、これは非常に正常な経済行為であり、特に喧伝するに値する点はありません。

強調したいことは、企業買収戦略は長期的な視点が必要だということです。成功と失敗の例から分かることは、企業買収後、経営が不調であれば同じように倒産や再度の譲渡を招くということです。大企業または有名ブランドを買収したら、うぬぼれた考えとやり方は厳禁だと思います。その大企業や有名ブランドにはすでにかつての栄光の歴史がないことをよく考えるべきです。

 

中国企業への助言

—— 現在、多くの中国企業が「グローバル化」の歩みを速めています。何か具体的なアドバイスをいただけますか。

範国輝 中国企業の「グローバル化」は、中国が人類運命共同体を構築するための重要なプロセスであり、中国が公共財をつくるための重要な一環でもあります。勿論、前提は中国の国家経済に有益であるということです。そのために、私は海外進出しようとする中国企業にいくつかアドバイスをしたいと思います。

第 1 に、十分に相手先国家の文化、政治経済及び法制度の違いを理解し、深く研究することです。海外進出した一部企業が挫折に遭遇するのは、この分野の研究が足りないからです。

第 2 に、提携または買収するターゲット企業に対する法務及び会計デューディリジェンスを行い、企業の位置付けを確認することです。各分野の専門家に依頼して調査を行い、できるだけ漏れのないようにします。

第 3 に、相手先国家の経済法制度を真剣に理解し、本国の経済法制度と比較し、違いを見つけ、同時に市場の未来を理解することによって生き残り、成長できる余地があるということです。

第 4 に、大風呂敷を広げ、資金を投入すれば成功すると考えないことです。資金は確かに提携と買収には不可欠なものですが、しかし成功を保証するものではありません。現実に相応しいビジョンは持つべきですが、大風呂敷は空振りとなり損をします。

第 5 に、「少しずつ介入し、少しずつ関与する」を通じて信頼関係を構築することです。独断で決定して大金を投入するやり方は「成金のやり方」であり、国際的な経営の中では嫌われます。順を追って進め、参与し続ける中で理解を深め、進んだり退いたりすることが、やはりとても重要です。

第 6 に、企業調査の中では専門家を信用し、支出を切り詰めないことです。いわゆる友人、ブローカーを頼りにし、彼らにコミッションを払うことはいとわないのに、弁護士や会計士によるデューディリジェンスの費用は惜しむ企業がありますが、その結果、契約締結後に法律上の穴が百出し、財務上繰り返し破綻してしまい、後悔しても間に合わないのです。

第 7 として、企業買収後は相手企業文化と慣習の尊重、法令順守の下での企業運営が極めて重要です。人事管理、コンプライアンス、税制、知的財産権等につき法律に基づいて管理しなければなりません。

インタビューの際、範国輝弁護士が日本で今まで手がけた野村証券、ホンダ、日産、三菱、東芝、王子製紙や、中信集団、中国建材、ハイアール、山東如意集団などの日中両国の大型企業による合弁、買収などの法律業務を数多く担当してきたことについて知った。

すなわち、彼は国際弁護士としてアウトバウンドインバウンドにおいて幅広く法律業務を携わっており、日中企業間の投資M&A紛争解決分野において大いに貢献してきたことで、クライアントから高い評価を得ている。

仕事の成功について、彼は自分が特別なものを持っているとは考えていない。

「小さな成功は獲得しましたが、それは時代背景から切り離すことはできません。日本で何をするにしても、日に日に強大となる祖国こそ中国人が最大の役割を発揮でき、最大の価値を実現する根本的な理由があるのです。ですから、どんなことでも、私は自分自身に最高の仕事をすることを求めます。それは、私たちは自分自身を代表しているだけではなく、中国を代表しているからです。今後も日中経済の交流と発展のため、日中投資M&A分野における架け橋としての役割を全うするため、努力し続けていきたいと思います」。

◆ 撮影/本誌記者 王鵬