張 翠萍  弁護士
「心」が人生を輝かせる

日本では、弁護士や医師、教師は「先生」と呼ばれる。それは彼らが「社会の良心」、「社会の大黒柱」と認知されているからだ。なかでも弁護士は、国家の大計を唱える首相や国会議員を多く輩出しており、さまざまな権利と利益を守るため、一般市民にとっても頼りになる存在だ。日本でも1、2を争うエリートである弁護士という業界において、在日華人がトップクラスに登りつめた。西村あさひ法律事務所はおよそ500名の弁護士が所属する日本最大の法律事務所である。同事務所の張翠萍弁護士は今年37歳、英国の法律媒体Chambers Global – The World’s Leading Lawyers for Business 2013および2012により、2年連続でCorporate/M&A部門のThe World’s Leading Lawyerに選出された。彼女は同事務所でただ一人、入所2年で外国法パートナーとなった外国弁護士であり、また現時点では日本の四大法律事務所で唯一の中国人パートナーである。その成功の秘訣を彼女は、「弁護士は医者のようなものです。良医は予防医学に精通し、薬で治療しますが、やぶ医者では患者の治療が手遅れになります。両者の最大の違いは『心』を込めているかどうかでしょう。専門知識はその手段にすぎず、大事なのは『心』です」と語る。

読書は運命を変えるだけではない

福建省恵安県には「恵安女」と呼ばれる女性がいる。彼女たちはその珍しい服装や風習、勤勉さで知られている。男性が漁や出稼ぎに出ているとき、「恵安女」は田を耕し、道を作り、岩を担ぎ、商売をするだけでなく、夫の両親によく仕え、子女を教育し、家の中も外のことも一手に引き受けるのである。彼女たちはどこまでも続く広い海のような包容力と、頑強な岩のような強さを兼ね備えており、張翠萍氏は、そんな海辺の美しい風景を体現しているかのような「恵安女」である。

「恵安女」張翠萍氏は、小さい頃から本の虫だった。漁師の家に生まれたため、家には本が少なく、兄や姉、近所の年上の子供たちの学校教材を読むことが一番の心の糧であった。小学生の時には中学の国語や歴史の教科書を一気に読んでしまい、他に読むものを必死に探したこともあった。金庸の武侠小説から外国の名作に至るまで、三毛の『サハラ物語』から路瑶の『平凡な世界』まで、彼女は活字の海で泳ぐことができた。まだまだ女性に教育など、という風潮の強かった故郷にあって、彼女には本を自由に買うお金が与えられなかったが、兄はお小遣いでときどき本を買っていた。妹に本を汚されたくない兄が、本をなかなか貸してくれないときには、兄の出かけている時間を見計らって兄の部屋に忍び込み、いつ兄が帰ってくるかと足音に耳を澄ませながら、こっそり本を探し出しては夢中で読んだ。

実はこの経験によって、彼女は速読という才能を身に付けることができたのである。彼女は短時間でどんなに分厚い本でも読破できるようになり、現在のように一日に複数の案件をこなすための基礎を築いたともいえる。国際投資に関するリーガルアドバイスを提供するには、関係する複数の分野・業界について短時間で情報収集を行い、その特徴や関連する法律制度の基本原理を把握しなければならない。スピーディーな対応力が不可欠なのである。彼女は「私は兄に感謝しなければならないですね。兄がすぐに本を貸してくれていたら、今の私はなかったでしょう」と笑う。

人々はなぜ本を読むのか。中国では「知識は運命を変える」と言われているが、彼女にとって本とは何か。「真の読書家は、本が運命を変えるから読書をしているわけではないでしょう。心のままに読めばそれでいい。私にとって読書は、未知の世界への扉を開く鍵であり、本を読むこと自体が心からの楽しみであり、いつも無限のパワーを与えてくれます」。

Win-Winこそ最高のゴール

張翠萍氏は来日前、10年余にわたる日本企業の対中投資に関する現地での法律業務を通して、決定権を持つ日本本社の中国の法律に関する知識、理解の不足が、多くの投資や経営戦略の失敗を招いてしまっていることに気づいた。

彼女はまた、2009年から中国民間企業出資ファンドによる本間ゴルフの買収など、対日投資の大型案件を担当し、中国企業にとっては日本に中国人弁護士がいる必要性があることを強く感じた。そこで、日中間ビジネスを手掛ける企業に「寄り添った」弁護士になろうと決心し、来日を決意したのである。

最近、彼女は株式会社ポーラの中国の子会社である宝麗(中国)美容有限公司が中国で日系企業では初の直販ライセンスを獲得する案件を担当した。中国では、直販はマルチ商法になりやすいことから非常にセンシティブな分野であるといえる。たとえ中国企業であっても、直販ライセンスを獲得するためには非常に厳しい審査を受ける必要があることからも、その申請の難しさは容易に推測できる。彼女は、中国の直販関連法規制の根本は「商品が実在すること」が前提であり、同時に「社会における公共の利益」や「直販業の発展状況」などの要素をも配慮しなければならないという点にあると考え、この原則を押さえた手続きや交渉を粘り強く行った。彼女の中国の実情に則った戦略と努力は、垂涎の的である直販ライセンスを宝麗(中国)にもたらした。

張翠萍氏が手がける対中投資案件は、資源エネルギー、環境保護、医療、不動産開発、電子商取引、フランチャイズ、国際争訟などの分野に及んでいる。東京を拠点にはしているが、厳冬の内モンゴルで買収案件のデューデリジェンスを終わらせた後、そのまま直接南方に飛び合弁交渉に関わるなど、常に投資の最前線でクライアントのために飛び回っている。

彼女は日本企業の対中投資に関する法律業務に従事して今年で15年目となるが、中国の渉外法律制度の変遷を自ら肌で感じてきた。「今まではできなかったことが、できるようになる。今まではできたことが、できなくなることもある。変革期の弁護士業務は、任重くして道遠し、です」。日系企業が直販ライセンス取得に成功したことは、「今まではできなかったことが、できるようになる」の典型的な例であり、一方で最近中国で摘発された外資系企業の賄賂や価格カルテル事件は、まさに「今まではできたことが、できなくなることもある」の証左である。

 日本市場に進出してくる中国企業に対し、彼女は常に「『郷に入れば郷に従え』の気持ちが大事」とアドバイスしている。2011年12月、遼寧大族冠華印刷科技股?有限公司が印刷機械の老舗企業である株式会社シノハラを買収した案件で、彼女は大族冠華の代理人を務めた。交渉の過程は紆余曲折あり小さなことでも双方が激しく対立していたが、彼女は、文化の違いとミスコミュニケーションにより問題が生じていると考え、クライアントに日本人の心情や習慣、ビジネス慣行を説明すると同時に、意識的にこれらの問題について日本側と交渉、橋渡しをした。クライアントは彼女のアドバイスを受けて早急に方針を調整し、日本側の条件と基準に合わせて進めた交渉は、10カ月の困難を経て妥結、17に及ぶ契約が締結され、大族冠華はついに株式会社シノハラに資本を投下し、救済した。

現在、大族冠華は中国でシノハラチャイナを立ち上げただけでなく、日本にも新たに会社を設立し、R&D・生産・サービス拠点を設けた。これによって日本の伝統ブランドが救われ、日本の優秀な人材をとどめることもできた。そして、同時に大族冠華も激烈な競争の中で地歩を固め、さらに前進することができたのである。本件は大きな成功を収めた国際的なM&A案件であり、張翠萍氏の仕事はクライアントからも高い評価を得た。

「M&Aを成功させるためには、優秀な弁護士を見つけることが必要です。買い手が誰であろうと、交渉のテーブルで直接相手をするのは双方が指定した弁護士だからです。日本と中国の法律や文化は違いますから、日中両国の法律や文化に精通した弁護士を見つけることが双方にとって非常に重要です」。彼女はさらに、「取引を円満に進めるためには穏やかな『心』が必要です。訴訟に勝てる弁護士が最も良い弁護士というわけではなく、相互にWin-Winを実現することこそ最高のゴールです」と付け加えた。

感謝の念を胸にさらなる前進

また、何かを成し遂げるためには必ず周囲の人の助けが必要であると張翠萍氏は話す。もし西村あさひ法律事務所という大きな舞台がなければ、もし全力で彼女をサポートしてくれる家族がいなければ、彼女もこれほど多くの大規模な日中案件に関わることはできなかっただろうと語る。彼女はそれらすべてに感謝し、前進し続けるパワーの源にしているのである。

張翠萍氏は「存在即ち合理」という言葉を座右の銘の1つとしている。困難であろうと、食い違いがあろうと、存在そのものに合理性がある以上、考えすぎる必要はないという。華人が日本で成功を收めるには、自身のアィデンティティを中国人と認識したうえで、日本の文化や慣習を尊重する『心』が大切である。その『心』があれば、自然に日本社会に溶け込み、万事なるようになり、華人は異国の地でも、人生をより素晴らしいものにできるのである。