張 杰 中国恒天集団有限公司・代表取締役
中日企業の協力は大局観に立つべき

初冬の頃、東京から北京にやってくると、湿り気のある冷たさから突き刺すような寒さに変った。2011年12月22日、中服ビル(事務やビジネス、サービス業が一体となった都市の中心部にある高級オフィスビル)のロビーの広報コーナーで次のような言葉を目にした。

「中国恒天集団は『人々に喜びを、社会に恵みを』という崇高な理想を掲げ、『株主に利益をもたらし、顧客に価値をもたらし、従業員にチャンスをもたらし、社会に富をもたらす』という経営理念を実行する」――短い言葉だが、「中国企業上位500社ランキング」の一つに数えられる大企業の名称の由来や抱負が伝わってきて、強い熱意を感じた。

記者は、紡績・アパレル産業界で活躍する中国恒天集団の張杰代表取締役を訪ねた。 

忘れられない3ヵ月の研修

恒天集団の張杰代表取締役は弁舌がさわやかだ。1980年代、中国紡織部からの派遣で、宮崎県にある旭化成の工場で3ヵ月研修を受けたことがある。その後、日本へは3回しか訪れたことがないが、思い出深い国となっている。

日本の研修で印象深かったのは、企業の管理だという。企業内でいわゆる「指さし確認」を実施しているのを見た。それは、従業員がバルブを開けて仕事を始める時、地面に描かれたルートに沿ってバルブの前に行く。バルブの正面に立って、右指をバルブに向けて伸ばし、「バルブを開けます」あるいは「バルブを閉めます」と大きな声で合図してから、作業にとりかかる。

「まるで軍隊のような動作だが、従業員の責任感を高め、作業中の事故を減らし、結果的に生産性を高めることができるものだった」という。帰国後、日本企業のこの作業方法を「指で確認、声で合図、操作開始」と意訳し、『中国紡績報』に発表した。

張氏は日本企業の管理方法は中国文化と密接な関係にあることに気がついた。たとえば、会社によっては「社訓」があるが、中国の古典から引用されたものも多い。団結力を発揮し、技術を伝授し、事後反省することなどは、どれも中国文化の中にみられるものだ。

「中国文化が日本に伝わってから、企業管理にも運用されている。それなら、中国人も自分の文化を生かして、うまく企業管理ができるはずだ」と、張氏はこの体験にもとづき、感動と信念をもって、恒天集団を経営している。

中国には3種類の企業が必要

中国の大型国営企業に対して理解できない日本人に対して、張氏は滔々と考えを述べた。

「国には、民間企業、国営企業、多国籍企業という3種類の企業が必要だという。民間企業がなければ、その国に活力がなくなり、企業間は補い合うことがない。国営企業がなければ、その国は支柱の経済を失ってしまう。

今日のヨーロッパ、アメリカ、日本の状況をみればわかるが、経済の高度成長期は、民間企業、私営企業が発展するが、ほとんどの富は個人のものになってしまう。国が経済危機に陥った時、利益を最大限に追求する民間企業が国を助けることは難しい。ただ政府を怨み、批判し、最後は金の儲かるところへ行ってしまう。国内が儲からないとなれば、海外に行く。そこで、国内産業が空洞化し、国全体の競争力が低下する。

国営企業は国の企業であり、その利益の一部は国のものであり、利益が増えれば国の利益につながる。この国家所有とは誰が享受するものなのか。大多数の低、中所得者、弱者の人々だ。これによって均衡がとれた構造となる。

もちろん、多国籍企業も必要だ。ある意味では、これは『オオカミと踊る』ようなもので、自身の競争力をつけるのに有利だが、国の最重要な分野が多国籍企業に支配されないように注意しなければならない。

新中国建国後に中国は、国営企業を重要視した結果、経済が立ち後れてしまったが、今も国営企業を重要視しているから経済がなかなか発展しない、とかつて日本の友人が話した。彼らは中国のことを理解していない。現在の国有企業は以前の国営企業ではない。国営と国有では一文字違うが、天と地の差がある。

それは計画経済の産物ではなく、市場経済のもとで運営されている。国が所有し、市場化経営方式へ転換していくことは非常に重要である。今日の中国経済の発展は、民間企業、国有企業、多国籍企業がともに勝ち取った結果であり、こういう状態は今後も中国の進歩を推し進めていくだろう」。 

 

日本の経験を参考に産業園をつくる

2011年3月、中国恒天集団有限公司と北京市人民政府は協定書を結んだ。多額の投資をして、北京市通州区に「国家時尚創意中心北京(宋庄)時尚創意産業園」を建設する。なぜ紡績機械、アパレルの国有大企業が大型文化プロジェクトの投資に関わるのか。

張氏は次のように語った。

「恒天集団は間違いなく紡績、アパレルの企業である。衣食住は人間にとって必需で、なかでも『衣』は一番大事だ。食事を一食抜かすことができても、服を着ないわけにはいかない。

衣食が満ち足りると、服装が多様化する。それは美や流行への追求、ステータスを表したり、精神面を満足させたりする。場所を提供し、新しい文化を創造する世界中の人々が集まり、刺激し合い協力し合って、新しい時代を表現する製品を創り出せるような『新しい流行の都』としての北京を目指していきたい」。

ここまで話すと話題が一変して、張氏は東京こそ世界の「新しい流行の都」だと語った。

「日本の発展からみてとれるのは、経済が一定の水準に達すると文化産業が発展していくことだ。なかでも、アパレル産業は文化産業のリーダーとなっている。日本のファッションブランドは中国などアジアの国々で評判がよいが、これは日本の流行が認められたということで、親日の『哈日族(ハリズー)』もこういうところから生まれた。中国のアパレル産業も大きくなろうとしているが、まだ力が弱く自国のブランドも少ない。中国はもっと日本に学ばねばならない。

今、計画している北京(宋庄)時尚創意産業園は、いわゆる工業団地や科学技術団地でなく、ましてテーマパークでもない。将来、第4の産業形態、いわゆる未来を志向するクリエイティブ産業センターにしたいと考えている。文化的製品がメインで、オリジナリティをもつ人々に仕事環境を提供することにより、その作品、製品の市場化を助けたい。

中国人民大学も産業園の周辺に分校を建設予定で、清華大学の美術学院大学院、中国電影学院なども宋庄にやってくる。イギリスのサンマルティンファッション学校も中国への進出を希望しているし、日本の団体とも交渉中だ。日本とさまざまな形で協力を進めていきたいと思っている」。 

中日企業は大局観に立ち協力することが必要

中日両国の経済協力に話が及ぶと、「協力関係を推し進めていくなかで、日本企業と中国企業の関係には問題がある」と張氏は率直に指摘し、次のように語った。

「いま日本の景気は低迷し、日本企業は海外で活路を求めざるを得ない。しかし、一部の企業は自社の技術を盗まれはしないか、将来的に市場がなくならないかと心配している。かつて、日本のある企業家と会った際、ある技術に注目し、一緒に仕事をしたいと打診した。しかし、応じてはくれなかった。

その技術を用いても、日本の市場では大きな利益は得られないと分かっているものの、中国への投資もリスクが大きいと考えていたようだ。そして、その技術を凍結してしまった。凍結することに、どんな意味があるのだろうか。考え方を少し変えて、技術を投資として提供し、中国企業と合弁すれば、リスクは避けられるではないか。双方にとって利益があるはずだ。結局、考え方の問題だ」。

張氏はさらに感情をこめて語った。

「多くの技術について、中国人は今日、明日はムリでも、明後日には習得できるだろう。中国人がこうした技術を手にした時に、技術を提供してくれなかった外国企業は中国との協力という門戸を閉ざしたことになる。

自動車がその例で、かつて日本企業は中国に協力しようとしなかった。中国が技術を『盗む』のを恐れた。その結果、ドイツ企業が中国企業との協力を進め、市場のシェアをドイツ企業が占めることになった。

日本企業は、『これは私のもので、あれはあなたのもの』といった小さな枠にとらわれずに、広い見地に立って、中国企業とともに発展し成長していくという考え方が必要である」。

張氏はこのように実例をあげながら、中日の経済関係は、誰がやられるか、誰が王手をかけるかといった「将棋」のような関係ではなく、お互いに助け合って進んでいく「ダイヤモンドゲーム」のような関係であるべきだと強調した。 

恒天集団の「トヨタの夢」

取材が終わりに近づく頃、恒天集団はこれまでトヨタ自動車を手本にやってきたと、張氏は教えてくれた。トヨタ自動車は初め紡績業を営んでいたが、その後、世界的な自動車メーカーになった。

「恒天集団には『トヨタの夢』ともいうべきものがあり、現在、自動車の開発に取り組んでいる。それはトヨタが歩んだ道を繰り返すのではなく、その精神と考え方に学び、ビジネス用の車で自らの市場を開拓していくつもりだ」。

張氏はこんなことも話した。「名古屋市には産業技術記念館『トヨタテクノミュージアム』がある。そこでは、紡績業から自動車業に転業した苦難に満ちた歴史が展示されている。アメリカのコカコーラ社も『コカコーラ博物館』をもち、毎日多くの人がチケットを買って見学している。

トヨタには、北京(宋庄)時尚創意産業園に『トヨタ博物館』を建ててほしいと考えている。きっと企業イメージと中国市場の開拓に影響を与えるだろう。イタリアの名車フェラーリの設計にはファッションデザイナーも加わっていると聞いているが、流行と科学が一つになることは、文化産業にとってとても重要なことなのである」。

中日間の政治的信頼関係に期待

いま中国国内で上映中の張芸謀(チャン・イーモウ)監督の最新作「金陵十三釵~The Flowers Of War」(日中戦争下の1937年に起こった南京攻防戦を描いた作品)の話題になった。こういう歴史を何度も繰り返すやり方が好きではないと、記者は率直に話した。約束した取材の時間が迫っていたが、張氏の話す勢いは止まらなかった。

「この戦争は当時の日本の政治家の過ちであって、同じことはもうできないし、教訓は十分汲み取られているはずだ。このような歴史問題で、両国は永遠に友好関係を築けず、『叩くか、叩かれるか』といった相互不信に陥ってはいけない。このことは太平洋の彼方にある大国にとっては、何より関心があることだ。

中日両国が仲良くなれば、かの国の利益はずいぶん少なくなる。中国も日本もアメリカ国債を購入しているが、それはなぜか。アメリカが強いからに他ならない。だが、アメリカがいま強いのは、ある意味では中国や日本などがその国債を買って支えているからだ。もし、中国と日本がアメリカ国債を購入する資金を、互いの国に投資すればどうなるだろう」。

最後に張氏は、「中日両国は、政治の信頼関係を築くために努力しなければならない。両国の政治家、企業家、そして国民は、このことを新しい角度でとらえ、貧しい人々がもっとも多いアジア地域で、どうすればアジアの人々の生活を向上させ、欧米の生活レベルに近づけることができるか。この課題を解決していくのは、中日両国の政治家と企業家の責任だ。だから、中国と日本は手を携えて歩まなければならない。私は、中日両国の将来に大きな期待を寄せている」と強調した。