貿易戦争に勝者なし、双方が譲歩「責任感ある大国」示す―日本にも恩恵

米中両国は1月15日、ワシントンで貿易協議での「第1段階の合意」について署名式を行った。米国は19年12月に予定していた追加関税の発動を見送り、19年9月に発動した関税も一部引き下げる。中国は米国からの農産物輸入を拡大する。11月の米大統領選で再選を狙うトランプ大統領と経済減速を回避したい習近平政権の思惑が一致。これにより米中経済摩擦は「休戦」に向かい、各国の経済界や市場も安堵した。

中国は米国に制裁関税の段階的な撤回を確約させる一方、自らの構造改革問題を先送りした。米大統領選を今年秋に控えて実績作りを急ぐトランプ大統領の足元を見透かし、米農産品購入拡大と引き換えに米国から譲歩を勝ち取ったと言える。

米中摩擦は、次代の「覇権争い」が絡むため中長期的に尾を引くのは避けられないが、一区切りついた格好だ。

初の合意文書

署名式にはトランプ米大統領、中国の劉鶴副首相らが出席。トランプ大統領は「中国との重要な一歩を踏み出した。公正な貿易を実現する歴史的な取引だ。アメリカの農家や労働者ためになる」と成果を強調。劉副首相は「米中両国は、大局的な観点から違いを直視してコントロールすべきで、第1段階の合意は、中国、米国、そして世界に利益をもたらす」とアピールした。両国が貿易拡大や市場開放などで合意文書にとりまとめるのは、18年7月に関税合戦が勃発して以降で初めて。

合意の柱は米中貿易の大幅拡大。中国は米国からモノとサービスの輸入を2年で2000億ドル増やす。輸入拡大規模の内訳は、工業品が777億ドル、液化天然ガス(LNG)などエネルギーが524億ドル、農畜産品が320億ドル。米国側は19年9月に発動した制裁関税第4弾(1200億ドル分)の関税率を15%か
ら7・5%に引き下げる。発動済みの制裁関税を緩和するのは初めてだ。

トランプ大統領が2017年1月の大統領就任以来、特に力を注いだのは対米貿易赤字の削減。米中経済摩擦が起き、関税の引き上げ合戦が2年近くにわたって展開された。世界1位と2位の経済大国の貿易戦争の影響は2つの国家にとどまらず、日本をはじめ多くの国の経済にマイナスの結果を及ぼすことになった。

ハイテク覇権巡る争い

米中貿易摩擦の本質はハイテク技術を巡る競争だ。米中貿易摩擦の背後に体制を巡る摩擦が見え隠れている。世界経済史から見れば、日米、米欧など過去に起きた貿易摩擦はいずれも複雑な要素が絡み合い千差万別である。トランプ大統領、習近平国家主席は強い個性と指導力を保持している。世界の歴史から見れば、2大国のトップが不仲になれば、感情的になりやすく、メンツを重視し勝ち負けを競いがちとなる。世界各国のリーダーは米中貿易摩擦のエスカレートを懸念。欧州やアジア各国の首脳と同様、安倍晋三首相も自由貿易を守る立場から摩擦緩和に向け動き出した。

米国は経済発展が行き詰りつつある現状に危機感を抱き、覇権国家としての地位を維持・強化することを狙って米中貿易戦争をスタートさせた。米国の貿易政策は中国だけでなく、他の国をターゲットにすることもあり、米国と貿易協定を締結した同盟国・日本も例外ではない。日本としても、さらなる戦略が必要になろう。貿易摩擦が起きて以来、米中双方は手を緩めることなく、相手に高関税を掛け合った。米国が「自国ファースト」方針の下で攻勢をかけ、これに中国が激しく対抗した結果、幾度となく交渉決裂寸前に陥ることもあった。

トランプ氏、習主席に感謝

多角化した世界経済や国際情勢の中、中国は様々な国際会議などの場で、多国間主義の堅持や保護主義の阻止などをアピール。これらの理念は経済発展に欠かせないため、安倍首相を含む多くの国家トップの支持を得た。米国との交渉に当たっても粘り強く対話の道を追求した。従来米国は「中国は責任感のある大国であるべきだ」と促していたが、世界の「安定と繁栄」を実現するために、中国はこれに応えたと言えよう。米国も世界一の大国のリーダーとして土壇場で矜持ある態度を示したのではないか。署名式を前に中国の為替操作国指定を解除した。

米中双方ともに大局観を持ち妥協したのは特筆すべきことである。トランプ氏は習近平主席に感謝の意を表明し、「それほど遠くない将来」に中国を訪問する意向を示した。米中第一段階貿易協議の調印は、米中両国に利益をもたらすだけでなく、日本を含む国際社会にも多大な利益をもたらす。米中貿易戦争の結果、日本の输出総量は大幅に減少。特に中国向けの输出が落ち込んだ。従来、中国は日本から産業設備、化学材料、電子部品などを輸入、加工して米国へ輸出した。米国が仕掛けた貿易摩擦の影響で、高い関税に影響され日本も甚大なダメージを受けた。

日本の重要な役割

自国第一主義や、保護主義は世界貿易全体にマイナスの影響を与える。貿易戦争には勝者はない。相互にウィンウィンの道を切り開くべきである。第一段階の貿易協議の合意締結にもかかわらず摩擦終息にはなお課題が山積している。貿易摩擦を解決するために、最も重要なのは「戦い」ではなく、「話し合い」である。今後、米中両政府だけでなく、日本政府もこのような状況を理解し、摩擦の解消に重要な役割を果たすべきだろう。

≪筆者プロフィール≫

1971年時事通信社入社。ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。Record China社長・主筆を経て現在同社相談役・主筆、人民日報海外版日本月刊顧問。日中経済文化促進会会長。東京都日中友好協会特任顧問。著著に「中国危機―巨大化するチャイナリスクに備えよ」など。