経済学者が振り返る中国の個人所得税改革
6000万人の個人所得税免除による国民生活の改善、3度の個人所得税免除基準引き上げで「抽肥補痩」社会再分配を促進

2011年9月1日、改定版「中華人民共和国個人所得税法」が全面的に実施された。この新個人所得税法実施後、月収3500元(約4万5000円)未満(「三険一金〈養老保険、医療保険、失業保険、住宅公共積立金〉」を控除後)のサラリーマンは個人所得税の納付が不要になり、税率の構成も中低所得層に有利な調整が行われた。

所得納税者であるサラリーマンが、サラリーマン全体に占める割合は、以前の28%から8%以下に下降し、個人所得税納税者数は約8400万人から2400万人に激減した。この10年の間に、この「徳政プロジェクト」はどんな効果をもたらしたのか。どんな問題にぶつかったのか。将来の目標はどう設定するべきか。

 政策が中低所得層に傾斜

―― 10年間に個人所得税法が何度も改定されましたが、なぜこのようにしたのか?

賈康 中国が社会主義市場経済の目標モデルを確立した後、個人所得税は成長性と大きな潜在力を示しました。1994年以来、個人所得税収は年平均34%の成長幅で急速に増加しました。1994年、中国の個人所得税収はたったの73億元(約913億円)でしたが、2008年には3722億元(約4兆6500億円)まで増え、15年間の収入規模は50倍に増加し、全税収に占める割合は1.4%から6.4%に上昇しました。目下の国内税収規模の順位において第4位という大きな税目になっています。

個人所得税調整の最終目的は、再配分して“抽肥補痩”(たくさんあるところから引き抜き、不足しているところを補う)すること、つまり富裕層にさらに多く金を出させることでしょう。現在の個人税法案は高収入層の税負担増加が明確ですが、社会構造の合理化を促進する観点から言うと、将来の個人所得税政策は、中間所得層の支援を更に具現化すべきです。

劉小川 個人所得税免除基準の引き上げについて具体的に言いますと、控除基準は次のような3度の調整を経てきました。

①2005年、800元(約1万1000円)から1600元(約2万2000円)に引き上げ。②2008年、1600元(約2万4000円)から2000元(約3万円)に引き上げ。③2011年、2000元(約2万5000円)から3500元(約4万3000円)に引き上げ(*当時の年平均レートから換算した1000円単位)

この絶え間ない調整は、中国の急速な経済発展、人々の生活レベル・収入レベルの急速な向上に起因するだけでなく、収入分配の公平性の調整において元来の控除標準の作用がますます小さくなっていることにも起因しています。貧富の差を縮め、国民、特に中低所得層に直接かかわる利益を保護し、経済社会の調和のとれた健康な発展を促進するために調整を行ったのです。個人所得税の費用控除基準の引き上げは、インフレが住民の基本生活にもたらす影響と増加する税負担を、ある程度軽減することができます。

陳工 この改革プロジェクトの背景は3点あります。

①国家財政に内在する要求を十分に具現化する。中国の国家財政の基本構造はすでに確立されたが、国家財政のさらなる発展は国民生活と民主的財政にある。個人所得税免除額の引き上げは、まさにこの要求を具現化するものである。

②社会経済発展の需要に適応する。長い間、中国の経済発展は主に投資と輸出の需要に頼ってきたが、これらの経済成長の持続性には限度があり、国内の消費需要に頼ってこそ経済と社会の持続的な成長を確保できる。

③個人所得税調整収入分配の作用を十分に発揮する。中国の収入分配格差の問題は日増しに深刻になっている。個人所得税免除基準の引き上げは、この矛盾を改善するのにプラスである。

税収の運用にテコ入れ、分配の不公平を改善

―― 個人所得税免除基準改革の難しい点は何ですか。

陳工 個人所得税免除基準改革の難しい点は、個人所得税の社会的公平性と収入分配調節機能をどう具現化していくかです。中国の経済地域格差は大きいため、各地域の物価指数と経済収入にははっきりとした差があり、いかにして総合的物価水準に合わせ、地域をいかなるタイプに区分するかです。次に、高低の異なる免税額を確定すること、それが改革の難しい点です。3つ目としては、中国の医療支出、教育費、年金などの改革が進むにつれ、中国国民の収入構造に大きな変化が発生し、いかに合理的に課税控除項目を確定するかも難しい点です。4つ目は、物価が上昇し続ける背景の下、いかに合理的に物価とリンクさせつつ、低収入者の基本的生活を保障できる免除額を設定するかというのも難しい点です。

賈康 注目に値するのは、毎回個人所得税法の改定のたび、大衆の意見の中から建設的・合理的な部分を積極的に取り入れていることです。個人所得税は国民生活と密接な関係があるので、専門家の見方だけで税法を改定するのではなく、もっとこの背景にある大衆の心理や要求を見る必要があるのです。

現在、個人所得税改革の主な目標は、政府の財政収入のさらなる調達ではなく、個人収入格差の有効な調整をし、分配の不公平さの矛盾を改善することにあります。昨年の個人所得税調整後、納税サラリーマン全体に占める、適用税率5%の納税者の比率は約70%、適用税率10%以下の比率は94%に達しました。

 徴税基準の上方修正は税改革の序曲

―― 個人所得税改革では、今後どんなことをすべきか。

賈康 目下、中国の個人税収が下降し続けているのは、まさに個人所得税免除基準の引き上げと構造的減税が効力を発揮している結果です。個人所得税免除基準の上方修正は税改革の序曲です。次の段階の改革を考えるとすれば、徴税基準だけに注意を向けるのではなく、総合的な一体改革に努力すべきです。さしあたり、個人所得税改革推進は、大きな決断を下さなければならない上に、具体的な制度設計に対して、特に項目別控除の実施細則をいかに確定するかということが、いっそう現実的で緊急を要する問題となっています。合理的な個人税制の設計は、「総合的な計算と徴収、控除分類、年次決算」の改革という方向性を強調し、社会構成員の収入を合理的に調整するのに有効な機能でなければなりません。このように、いっそう合理的な制度設計とは、家庭の総収入を合算し、一人当たりの平均収入水準の差異を考慮し、個別に対処することなのです。

劉小川 個人所得税改革には、明確な方針と目標があるべきです。収入格差を調整するために、分配機構の重要な構成要素を整備し、公平性を具現化し、きめ細かい管理を通して、違法や違反を厳しく取り締まる必要があります。制度全体の合理化といった角度から見ると、個人所得税は今後の発展の重点になるべきですし、徐々に財政収入の主要な供給源の1つになるべきです。分かりやすく言うと、関連税目を減らして国民の個人収入を大きく増やし、個人所得税制度を整備することを通して、より良い発展を実現するということです。西側国家の発展の歴史をみると、多くの国で個人所得税は最終的には大きな税目となっています。中国も将来この方向に発展していくべきです。

陳工 個人所得税免除基準の改革は物価指数との兼ね合いを考える必要がありますが、同時に地域経済の格差を考慮し、さらに扶養人数の負担の違いも考慮しなければいけません。このようなことだけが、本当に公平性と収入分配の調整作用を具現化できるのです。

【参考】

個人所得税改革年表

●2011年6月30日 全国人民代表大会常務委員会で、「個人所得税法改定に関する決定」が表決によって採択され、個人所得税免税基準が最高で3500元に引き上げられ、給料の所得税率のレベル分けが調整された。9月1日から実施。

●2007年12月29日 第10期全国人民代表大会常務委員会の第31回会議で、「個人所得税法の改定に関する決定」が表決された。個人所得税免税基準は2008年3月1日、1600元から2000元に引き上げられた。

●2005年10月27日 第10期全国人民代表大会常務委員会第18回会議で、「全国人民代表大会個人所得税法に関する決定」が表決により採択され、免除基準が800元から1600元に上方修正された。2006年1月1日から施行。

●2003年10月22日 財政部は、現行の個人所得税制の改革を提案し、個人所得税免税基準を適正に引き上げると同時に、中間所得層に対し、低税率政策を採るという報告を公表した。

●1993年10月31日 第8期全国人民代表大会第4回会議で、「『中華人民共和国個人所得税法』の改定に関する決定」の修正案が採択され、国内外問わず、中国居住民と中国から所得がある非住民すべてに対し、法に則り個人所得税を徴収することが規定された。

●1980年9月1日 第5期全国人民代表大会第3回会議で、「中華人民共和国個人所得税法」を交付することが採択された。中国の個人所得税制度がこれを持って成立した。