アジアの眼〈74〉
「アートは、多元性へ向かう橋渡し的な場を提供するもの」
――中国の現代美術家 胡項城

上海のPSA(現代芸術博物館)パワーステーション美術館で個展開催中の胡項城Hu Xiangchengを現場で取材してきた。

Asking Every Day天天問というテーマの胡氏の個展は、4月13日から開催し、6月9日まで開催される。

1977年に上海戯劇大学(中国語では上海戲劇学院)を卒業し、そのまま大学に残り教鞭をとった(中国語では、「留校」と言う)彼は、1978年から授業援助プロジェクトによりチベット大学芸術学部で2年間教えることになるが、そこで大きな事故に遭い、生死の境をさまよった。そこで経験した死生観への「悟り」が、のちの作品に大きく影響を与えることになる。その時に感じた「見えない力」と「無常」、われわれ人間はとても無力であることも実感したという。

アトリエ提供

チベットのあと、1986年には日本に渡り、その後、武蔵野美術大学大学院で現代アートを学ぶ。

90年代初期、上海ビエンナーレの初期創立メンバーも務めるが、その後三年間にわたる南部アフリカでの滞在制作を経験する。

上海からチベット、東京からアフリカ、ニューヨーク、パリと中国の農村部での数々の珍しく豊富な体験と文化蓄積は彼の作品世界に現れる。

2000年ごろから彼は、上海の金沢、青浦、朱家角など郊外の地域文化形成に力を注いだ。地域文化のリサーチから民間に残すべき古き良き伝統を保護し、建設するためにまちづくり、保護修復、あるいは復元などに大きく力を注ぎ込み、建築、空間、地域に残る村音楽、イベントなど多岐にわたる保護活動を行った。

2003年には中国美術大学地縁文化学術委員会の顧問、上海美術館国際墨絵展の学術委員も務めた。翌年の2004年にはベネチアビエンナーレの国際彫刻展に参加し、福井市立美術館のグループ展にも参加する。2005年には横浜トリエンナーレに参加し、同年朱家角鎮建設顧問を務める。2006年には台北市立美術館「中国空間の現代アート―黄色い箱」に出展した。

その後も、ベネチア、サンパウロ建築ビエンナーレ、マカオ芸術博物館などの国際展に出品を続け、2010年の上海万博に際してはアフリカ連合館のアートディレクターを務めた。

PSA美術館の1階全体を会場にしている今回の個展は、切符売り場に入ってすぐ目の前に巨大なインスタレーションが設置されている。作品名『10万個の10カ年計画』は、作家の幼少期に中国で流行った書籍『10万個の何故』からインスパイヤされた作品だ。100万年というわれわれ人間が思う遠い未来の変化に対する天真爛漫な推測と想像及び現実に対する見方でもある。人間は、現実的にも未来的にも天には勝てない。未知の目に見えない何かにも勝てないのは、宿命的な悲観論なのか、それとも現実に対する逃避なのか、観る者によって見方は変動するだろう。とてつもなく危ないか、それとも未来予想図は明るいか、標準解答はないはずだ。

photo by maggi

美術館が元々発電所だったこともあり、『管覗き(パイプビュー)』というインスタレーション作品には、電信柱や普通は地下に埋められ見えない部分を素材として間に手彫りの手や狐を設置し、その影が映っていて幻想的だ。『時光』という作品は、パイプ管には中国の有名な詩人蘇軾の詩歌がプリントされている。石炭を使っていたベルトコンベアには、螺旋状の生命体を表すものが設置され、開幕式にはメインカスタマーで敢えて手動で推していた。その作品名は『螺旋紋』である。国をまたぐ時の指紋登録からヒントを得たものだ。「ビーナスの指紋」という平面作品と対を成している。

人類の長い歴史をたどると、実は単独で行う創作よりもグループで共同制作する作品の方が多い。個展では、何点かコラボ作品を設置している。敦煌の壁画やさまざまな世界遺産もそうである。今回の『山海大観』はチベットの友人も含めて11人での共同作業だ。材料は、チベット現地の建築材料、岩絵の具を作る天然材料、中国宣紙、アクリル等を混ぜている。

『心像図』は1985年に彼の学生である蔡國強とのコラボ作品だ。チベットで大きな事故に遭い、生死は天が決めると悟った際に自分でもよくわからない記号をいっぱい描いていたようだ。それを蔡が故郷泉州で焼いて持ってきた。縄は時間を表すが、この作品は当時大きすぎて置き場に困り、分解して人にあげたりしたらしい。今回はその再制作である。

『来日共作、皆可期』という作品は未来の誰かとのコラボ作品である。何百年経っても乾かないこの作品は、たくさんの顔料を金箔で封じ込めているが、将来的に誰かにぽちっと穴を開けてもらうとブルーの絵の具が流れ出る仕組みだ。その仕草を行う未知の誰かとの共作なのだ。その壁には、鏡が設置されているため、その前に立って自撮りをすると展示会場のほかの作品が写り込むのだ。作家は展示会場に設置された作品たちの間に意図的に関係性を持たせているのだ。DNAを受け継いだ子供たちのように…。

『フェイクハンドコレクション』は、今回の個展のポスターにも使われているが、シドニーのホワイトラビット美術館に収蔵されている。

『尺度』というインスタレーション作品は、伸縮性のあるゴムメジャーを材料に使っている。ロットが少なく、なかなか作ってもらえなかったが、幸運なことに今回作ってもらえた。メジャーはモノの寸法を測る道具なのに、伸縮性を持たすと世のスタンダードを変え、奥様の手編みセーターを解いて作品の一部にするため、開幕20分前ギリギリまで制作していた。世の中の基準が一定するとフェアでいいのか、自由なのか。そして、『グローバルアロープロジェクト』という地面に矢印を指した作品、入り口の真正面にあって迫力満点だ。

【十万ノ10カ年計画】、2024年、アトリエ提供

個展のテーマにもなった作品『天天問』の前で、ミュージシャンたちと上海語の方言を用いて、アドリブでラップを歌った。個展会場からサプライズに拍手が湧いた。日常の365点の物たちを使ったサウンドインスタレーション、屈原氏の天問ならぬ「天天問」にした胡氏のユーモアが光る。

『一滴の墨の旅物語』、『擬似一、二』など平面作品も展示され、オープン初日だけ『酔春』という生花や植物を使った作品も展示された。国際的キュレーターの南條史生が言うように、彼は、欧米しいては日本でも使われていない芸術形式を見出した。胡項城氏は、いわゆる何派とも限定分類しがたい稀有の現代美術家だ。

展示会が始まっても、多くの作品は未完のままで、展示会場に設置された彼のアトリエでは作品が常に現在進行形で作られていそうなイメージだ。彼をすべて理解するのは難しい。進化し続けるからだ。

個展開催以来、彼の個展には近所に住んでいる一庶民から、世界の著名な科学者(ノーベル賞受賞者など) 及び主要な美術館の館長たちが訪れている。労働節の長い休暇中は入場者数がとても多かった。

洪欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。