アジアの眼〈71〉
「途上国から世界に通用するブランドを作りたい」
――日本の実業家、デザイナー 山口絵理子

青山通りに面したワールド北青山ビルの一階で、ショーとショーの合間に、山口絵理子氏に短い取材を試みた。ほとんど飛び込みなので20分ほどしか取れなかったにもかかわらず、彼女の笑顔に秘めた強い信念と、好きな仕事をやり通している人のエネルギーとパワーに心が動いた。

 

事務所提供

慶應義塾大学在学中、ワシントンの国際機関でインターンを経て感じた疑問を解くために赴いたバングラデシュ、そこでBRAC大学院開発学部修士課程に留学し、日本の大手商社のダッカ事務所に研修生として勤めながら夜間の大学院に通ったという。2006年にバングラデシュで起業したマザーハウスは、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」というミッションを掲げている。今ではインドで洋服、ネパールでストール、スリランカ、インドネシア、ミャンマーではジュエリーと、各地の特色を生かした商品づくりをしているという。彼女はその土地が誇る素材と技術を活かして商品にするのが好きで、バングラデシュでジュートという麻を発見し、それを使ってバッグを作ったのがブランドの始まりだったという。

バッグ、ジュエリー、アパレル、チョコレートと事業を多元化しているマザーハウス。日本国内に43店舗あり、台湾、シンガポールにも出店、オンラインショップも併用している、インドネシアのカカオを使ったチョコレートは、銀座に専門店も展開している。

バングラデシュ自社工場

バングラデシュでは、工場に300名の工員がおり、「国際貢献のため」という理由ではなく、商品の良さで買ってもらいたいため、品質に妥協しない。職人にレベルの高いことを要求しているだけに、給与も労働環境も現地ではトップクラスを保証しているという。

代表的なレザーバッグ、事務所提供

なぜバングラデシュなのか。大学のゼミでは竹中平蔵ゼミに参加し、「途上国が発展できるかどうかは、教育にかかっている」という言葉に啓発されたらしい。そして、授業を通じて学校に行きたくても学校に通えない子供が世界中に何億人もいることを知り、ネットで検索すると最貧国がバングラデシュだった。アメリカのワシントンを本拠地とする米州開発銀行でインターンを経験した後、夏休みを利用してダッカに2週間滞在した。

彼女はバングラデシュでの経験から、素材に出会い、高い不良品率を改善するために、工場現場の生産制度を「ライン制」から「テーブル制」に変えたことや朝礼でお客様の声を生産者に届けるようにしたり、それぞれの国の現場に合わせて、柔軟に管理方法を変えたという。

そして、創業者である山口氏はチーフデザイナーも兼任している。デザインの勉強をしていないのにデザイナーをしていることも驚きだが、それをショップのスタッフも含めて嬉しそうに言ってくるのが不思議だった。仕事をしていくプロセスで、足りない部分は勉強しながらゼロから切り拓く性格は、柔道で鍛えられた体育会系の強靭な精神力とガッツが影響したのだろうと想像する。

コロナ禍で海外に行けなかった時期があったと思う。だけど、ブランドの根幹は変えず、バッグの回収、リメイク事業、フードブランドLITTLE MOTHERHOUSEを始めた。それまで取り組めなかったことを、コロナ禍だからこそ取り組めたこともある。結果的には店舗数は増えたという。

ファッションショーバナー、事務所提供

ファッションショー、事務所提供

ファッションショーは4回目だという。1店鋪目の銀座のショップで出会った洋服たち。テキスタイルの風合いの良さに心躍った。

インドだと北と南で繊維の質が違うという。カディという素材はガンジーが纏っていたという自由と淵源がある素材だ。北のコルカッタでは自社工場で40名ほどの工員が働く。

カディ記事を紡ぐ職人(インド・コルカタ)、事務所提供

手織りにこだわる生地作りからの服づくり。プロセスを大事にし、地域社会の良い物を活かすそのやり方にはたくさんの生きるヒントを感じる。品質にこだわり、良い物作りのプロセスで「人」を育て、それが最も大事な「社会教育」を担っている。

起業家マインドだけではない。幼少期にはイジメにあい不登校になった経験も。だけど世界には学校に行きたくても行けない子供がたくさんいる。感じたままに行動に移し、自ら変えていこうとするバイタリティ、敷かれた楽なレールを行くのではなく、自分で道を切り拓いていくモチベーションの高さに心が動かされた。

偶然ではあるが、筆者自身が学生起業したのも同じ2006年。アシンメトリーのパターン、今回のショーのテーマである「Wing of Fly」も昨年上海での開館展ショーの際の「一人飛び」とどこか通じるものを感じる。そして、「自分だけの空」というロスのバイオリニストへの音源へのこだわりもカッコいい。ショー会場の華やかな飾り付けではなく、シンプルに真摯に伝えるメッセージ、それでいて斬新だ。

photo by WAKATSUKI

「機能性」とデザイン性はときには相反する場合もあるが、ニットを少し緩く編むとか素材から作るイノベーションの形。何よりも雇用機会をいっぱい創出している彼女は尊敬されるべき実業家だ。ショーに直結する先行予約会、彼女のアイディアと行動力にパワーをもらった気がする。

彼女はこれまでにWWDジャパン「NEXT LEADERS 2020」、「EYアントレプレナー・オブ・ザ・イ

ヤー2022 ジャパン」などに選出され、MBS「情熱大陸」(2008年)、テレビ東京「カンブリア宮殿」(2017年)、NHKスペシャル(2020)などメディアにも多数出演されている。

愛について学ぶべきものは何もない。いや、仕事を通し、起業を通し、彼女の仕事を通して私は「愛」について学んだ気がする。アフターコロナに無気力に陥り、公私共に落ち込んでいる自分へのエールになった。

 

洪欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。