アジアの眼〈70〉
「捨てられたものには、命の痕跡がある」
――ニューヨーク在住世界の美術家 Sook jin Jo

アトリエ提供

クリスマスシーズンのニューヨークで韓国人作家Sook jin Joを取材した。親戚のお家にバカンスに出かけてきたばかりの、彼女のチェルシーにあるアトリエを訪ねた。

韓国の弘益大学大学院出身の彼女は単色派の巨匠パク・ソーボーの愛弟子だった。キャンバスが高くて合板を材料にしようとした際にパク先生から「それはあまりいい材料じゃないよ」と言われたらしいが、彼女は逆に「そっかあ、この材料はまだ他の人は使ったことが無いんだなあー」と思ったらしい。「なら、これで勝負してみよう」と決めて、合板に自画像のような抽象的な表現をしてみた。そして、その作品はキャンバスを中心に絵画の表現をしていた当時では斬新で注目を浴びた。それが、彼女独特の芸術言語になった。単色派の巨匠たちに混じってグループ展に出展したが、20代にして個展も開催できるようになった。学部時代は美大に通っていた訳ではない。アートクラブやスクールに通う間に、単色派の面々が教授を務めている弘益大学大学院に異例で合格した。専攻したのは西洋画だった。これまでに個展を40回、グループ展を100回以上開催している注目の韓国人美術家だ。ニューヨークに移り住むようになったきっかけは、1988年にグループ展に出品するため東京に行ったことだった。峯村敏明という美術評論家の企画したグループ展に出品するために、初めて出かけた海外が東京だった。黒田という方にはじめて日本に来た感想を聞かれたが、あまりいい反応を見せられず答えに困っていたら、その方が新幹線のチケットを購入してくれて、京都に行ってくるように言われ、言葉こそ通じないがワークショップもしてきた。その京都で見たアメリカ人作家の展示会が彼女にショックを与え、アメリカ行きを決断させた。かつて見たことのない彫刻、インスタレーション、平面等多元的なアメリカ人作家の展示会だった。そういう作品を作りたいとニューヨークに行く決意をした。

photo by Richard Numeroff

アメリカではプラット・インスティテュートで修士課程に在学し、1990年、Sohoに立地したOk Harris of Artでデビュー展を開催し、木のアサンブラージュがアート界で注目を浴びた。当時のメジャーなアート雑誌『Art Today』及び『Art in America』やアートニュースで新鮮かつ主要な展示として取り扱われた。

彼女の作品は彫刻、インスタレーション、ドローイング、写真、パフォーマンス、映像、パブリック・アートというマルチな表現方法を用いるが、合板あるいは後に常用する「捨てられた素材」を材料として、アートと建築、テアトルなどへのコラボレーションによるボーダレスな表現方法をフルに活用している。

Exhibition View, 2007, Arko Art Center, Seoul, Korea

世界中のアーティスト・レジデンスで作品を作り、アート・プロジェクトに参加している。彼女は、人間と自然の関係、命ある全ての存在に好奇心のアンテナを立てている。日常から遠く離れた様々な地域に出かける際には敢えてプランを立てず無計画の状態で現地入りするという。そして、現地で素材を発見し、作品を通してその地域に還元して帰ってくるという。

南米ブラジルの僻地で子供達とアートで壁を作品にした話や、スウェーデンの自閉症施設での共同アート・プロジェクトの話など、彼女の作品は多くのストーリーを地域の人たちと紡ぎ出している。そして、それはやがて彼女の作品の内側に潜む哲学になり、観るものに響いてくるのだ。

Color of Life,1999, Socrates Sculpture Park, New York

かつてニューヨークのソクラテス彫刻公園で造ったパブリック・アート「命の色」(1999年)は、コロナ禍の2020年に国立現代美術館のコミッション作品として再制作され、「隠れん坊」という作品名になり、美術館展示後に、釜山にある孤児院施設に寄贈された。パブリック・アートとして韓国チャンウォン(昌原)のヨンジ公園にも設置された。時間を超えて再生と復活を重ねる過程は、作品が少しずつ進化していく過程でもある。済州現代美術館では広大な敷地でサウンド・アートを展開し話題を呼んだ。グアテマラで祈りの家を作った。空間に差し込む自然な光りの交差、そこに飾られた「モノ」たちの作品の中での「復活」、彼女のパッションはごく普通に捨てられた無価値のものたちに再度「命」を吹き込むことだ。一般人の目にゴミとして認識されるもの、世の中の全ての命の尊さは彼女の目と手によって再構築されるだけでなく、共同作業をしてくれる地域住民や子供たちに影響を与える大事なコミュニケーションのプロセスだ。美術評論家ドナルド・カスピットは「ごく一般的な世俗的なものを完全で聖なるものに仕上げる」と彼女の作品を評価する。国際彫刻センターが選定する世界42人の注目作家の中で唯一の韓国作家であり、『スカルプチャー』という彫刻専門誌では表紙に彼女の作品を何度か起用している。韓国人作家ではナムジュン・パク以来最も興味深く、注目されている重要な美術家の一人だ。

Nobody, 2014, Seoul Museum of Art, Korea

捨てられたものには使っていた者の痕跡やメモリーが刻まれている。彼女は、女性アーティストは綺麗なものを作らないといけないという固定概念を破り、スケールの大きい強い作品に細部と繊細さを加える。アトリエにいる三匹の猫たち、廃棄された素材を彼女なりの方法と可能性により、実験的で挑戦的な作業が続けられている。

コロナ禍の中、100人以上のホームレスをインタビューし、写真にした彼女。大都市のニューヨークでゴミを常に拾い作品にしていくことが、偶然にもパリ留学時代の自分の行為と重なり、私の大好きな「椅子」を作品にしていることにも縁を感じた。

photo by Lorenzo Faiello

我々は忘れっぽい。大好きだったことも、夢中になっていたこともいつかは捨てて新しいものへと目を移す。それも輪廻というサイクルであり自然の摂理かも知れない。旅を愛し、「死生観」を直視し表現している彼女の作品には、いつも前衛的で尖ったものが秘められている。ずっと愛し続け、無条件に信頼した者に裏切られた厳しい現実の中で、彼女の作品はニューヨーク傷心旅行の唯一の慰めであり、救いだった。

 

洪欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。