アジアの眼〈69〉
絵を描く以外考えられない
――アメリカで活躍している若手作家   劉静涵 Jinghan Jesse Liu 

12月初旬のマイアミビーチは、アート・バーゼルを筆頭に同時期にArt Miami,Scope,Untitaled Artとアートフェアで盛り上がっている。この地域は、南米に近いせいもあってか、テレビを付けると英語よりもスペイン語が先に出てきたり、ネットフリックスの字幕もスペイン語が自然と出てくる。

アトリエ提供

アート・バーゼルを一通り見終わって、何となく足が自然とビーチ側に向いたので、かねてからVIPパスをいただいた縁もあり、アジアのギャラリーが日本、韓国、中国とパラパラと少ない中で、9月のPhoto Fiar Newyorkで出店していたロスで2019年に開館した若手のギャラリスト、イーウェイさんのブースで立ち止まった。Yiwei Galleryはオ-ナのYiwei Luという自分の名前で命名したロスにあるギャラリーだ。世界中のア-トフェアに出かけては、同世代の作家たちを世に出すキュレーターだ。海外で活躍する若手で精力的に走り出している。

不思議な色彩の作品たち。不安そうな人たちが何からか逃れたいが、逃れようがないかもしれないと半分諦めているような姿勢と不穏な光りがそこにはあった。

しばらく作品について話してから取材の時間を急速に決めた。

コラム歴代最年少の作家の取材になった彼女は北京出身で、高校時代に南カロライナー州に移り住むことになり、ニューヨークにある美大SVA(School of Visual Arts)を2022年に卒業したばかりのいわゆるコロナ禍に学部時代をほぼ過ごした大学生である。ただし、元来お宅だったので自分にはほぼ影響はないと主張していた。

2023年3月にYIWEI Galleryで個展を開催したが、作品はほぼ完売状態だったという。夜の状況設定、何からか逃げ出そうとしている不思議な恐怖感や不安、でも画面自体は恍惚なほど美しい光が差している。

photo by Yiwei Lu

コロナ禍をほぼ自宅で過ごしたこの世代の子たち独特の共感を得たかと想像しても見るが、それだけではなさそうだ。

今回のアートフェアでもほぼ完売しそうな感じだ。作品の横には赤点がたくさん付いていた。

彼女は夜中に創作する。夜の方が絵を描くシチュエーションになりやすいのと、静かな中で作品のストーリーが浮かびやすくもなるらしいのだ。確かに、夜中はSNSの連絡も減り、自分の時間が持てるのは確実だ。長いストレートの髪を持った女性たちは顔がはっきりと描かれていない一つの状態に陥っている集団だ。不安で、繊細かつ豊かな圧迫された女性たちは、何から逃れようと頑張っているのか。男性社会の呪縛か、情報化社会の過剰な社交による逃避願望なのかはわかないが、美しい作品群の真意はその逃げ出しにかかった人たちである。誰かではなく彼女たちだ。

彼女のストーリー性は、小説から、映画からあるいは多くの素材から由来している。抑圧されたその疑似体験は、コロナと重なって彼女の引きこもりをとても正常な日常にしたわけだ。

同世代の大学生たちの授業がオンラインであり、ZOOMであり、CHAT GPTも加わってリアルに付き合いのない、顔を合わせて教室で議論する経験のない大学時代がいつの間にか終了したという。

“Gloom”, 2022 Oil On Canvas,24×20 inches アトリエ提供

そして、彼らはあるいは彼女らはそのまま社会人になり、会社に勤めはじめる。「ナイトグロー(Gloom)」シリーズでは、彼女の油絵作品が15枚あるが、女性たちが夜中にピクニックをするという非現実的な設定だ。植物、満月、隕石雨及び光る湖面。それぞれの要素が、さまざまな形態で画面に散りばめられており、タロットカードのように煌びやかで神秘性を帯び、現実離れしている。色彩の中のネオンがかったところがそのシュールさを更に惹き立たせているのかもしれない。色彩学の濃いめの色から薄めの色へ、そして寒色系から暖色系へと徐々にグラデーションになっている。彼女の絵画の世界で奇妙な夜が表現されている。

天井に植物が優雅に飾られ、卓上には花が煌びやかに彩飾され、ワイングラスを持ったり、アイポッドを見せあったりしている華やかな社交の場。その場で、一人だけ誰とも混じっていない一人ぼっちの子がいる。そして、その部屋には窓がない密封空間である。社会恐惧症という言葉があり、「社恐」と略されている流行語だ。一見楽しくて華やかに見える場面は、誰かにとっては恐ろしい場面だという。

“Night Escape”, 2023 Oil On Canvas,30x24inches アトリエ提供

アートフェアに出された新作「夜逃げ(Night Escape)」は女の子二人が手を繋いで流れ星の中を脱走していく場面設定がある。やはり顔は描かれていないが、見る側からすると勇敢な探検家に見られることもある。

“Secret Garden” , 2022 Oil On Canvas,20×24 inches アトリエ提供

ロスでの初個展の最も好きな作品「シークレット・ガーデン(Secret Garden)」は、髪の毛を切る画面だ。夜中に普通は髪を切らない、月光の下で髪を切るとはミステリアスだが、相当親しい関係性ではある。

“Night Lava” , 2023 Oil On Canvas,36×36 inches アトリエ提供

今回の新作で作家自身が最もお気に入りの作品は「ナイトラバ(Night Lava)」という作品だ。溶けていく溶岩は相当危なかしい状況であるが、優雅に火遊びをしている皆はその危険性を感知できていないようだ。

神秘で、美しい画面の下で若干怖くてスリルなストーリーを夜中に展開している彼女から目が離せない。そして、この原稿も夜中に書いている。

「絵を描かないことは想像できない」と彼女はボソッと話した。言葉少なめの彼女が、「絵を描いてなかったら、何をしていたと思う?」に対する答えだ。

 

洪欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。