公明党代表から祝電 中日300名の経営者が参集
『人民日報海外版日本月刊』創刊12周年記念の集いが盛大に開催

創刊より12春秋、本誌は中国の真の姿を紹介し、経済交流を推し進めてきた。2023年11月21日夕、百年の歴史を誇る東京雅叙園ホテルには、中日の製造、金融、IT、貿易、不動産、観光、教育、芸術、医療、科学技術、飲食、法務、メディア等の各業界から300余名の名士が賑やかに集い、「『人民日報海外版日本月刊』創刊12周年記念 日中経営者交流会2023」が盛大に開催された。

大型スクリーンに、『人民日報海外版日本月刊』の創刊から12年の歩みを記録したビデオが映し出されると、中日のゲストが共に往時を邂逅し、未来を展望する中、開会を待たずして会場内は熱を帯びた。12年前、『人民日報海外版』の認可を受け、中国共産党中央委員会の機関紙である『人民日報』の豊富なニュースソースを基に、株式会社日本新華僑通信社は日本の主流社会及び業界のハイエンド層向けに、日本で日本語月刊誌『人民日報海外版日本月刊』を創刊した。


『人民日報海外版日本月刊』はこの12年、日本の首相経験者、国会議員、都道府県知事、ノーベル賞受賞者、中日経済交流従事者、科学研究分野のリーダー、在日華僑華人の名士らと対話し、取材を通して生の声を発信し、中日両国の読者に相互理解促進のための窓口を開き、相互信頼と協力の橋を架けてきた。

はじめに、本誌発行人の呉暁楽が主催者を代表して次のように挨拶した。「皆さまの12年来のご支援に心より感謝申し上げます。本誌は創刊以来12年間、毎年『日中経営者交流会』を開催して参りました。中日両国の相互理解、交流、相互信頼を促進することはわれわれの不変の初心であり、歴史的責任です。2022年は中日国交正常化50周年でした。23年は『中日平和友好条約』締結45周年の記念すべき年です。つい最近、中日両国首脳の会見が実現しました。中日関係が最も重要な時期に、こうした記念行事を開催することには特別な意義があります。『国の交わりは民の相親しむに在り。民の交わりは心の相知るに在り』と言います。相互理解によって、ウィンウィンの新局面は生まれます」。

続いて、日本中華總商会の䔥敬如会長が来賓を代表してスピーチした。「『人民日報海外版日本月刊』の影響力は、日本の様々な場面で感じることができます。海外で行われるイベントでもよく読まれ、話題にのぼります。貴誌が創刊以来12年間、中日両国各界の人士に貴重なプラットフォームを構築し、中日両国の経済と文化の交流・協力の促進にかけがえのない貢献をしてこられましたことに、中日両国の企業家を代表し、心より感謝申し上げます。明年、日本中華總商会は創立25周年を迎えます。これからも貴誌との連携を深め、共に成長して参りたいと思います」。

双日オートグループ東海株式会社の嶋吉良典代表取締役社長は、双日の歴史、中国との関係、自身の中国に対する思いなどを語った。2023年10月に小牧市にオープンした中部地方で第一号となるBYD店舗「BYD AUTO 名古屋北」がまさに嶋吉良典社長の中国への思いを体現している。嶋吉社長は中国語で「生意興隆通四海、財源茂盛達三江(商売繁盛天下に遍き 財源滔々汲めども尽きず)」と朗じ、参列者の長足の発展を祈念した。

フィンロジックス株式会社の神月陸見代表取締役社長は、アナリストとしての専門的観点から、ポストコロナ時代の経済動向を読み解き、事業者や個人の投資管理、リスク管理へのアドバイスを語った。

ひざの痛みクリニック・チーフドクターの長谷川良一氏は、iPS細胞研究で最先端をいく京都大学の出身であり、本誌最新号で独占インタビューを受けていただいた。長谷川氏は自身の中国への思いを語り、雑誌の表紙を飾り、交流会に参列できたことを光栄に思うとし、人びとのより良い生活と、日中の医療発展に尽くしていきたいと抱負を述べた。

全日本空輸株式会社の朱金諾常任理事は、1972年の中日国交正常化後、中国政府としてはじめて組織された中日相互訪問団の一員であり、全日本空輸株式会社初の中国人従業員として20数年間勤務し、中日の要人・団体に何度も随行し、東京オリンピックでは中国人初の聖火ランナーとなった。氏は中日国交正常化の正真正銘の証人であり、体験者、推進者である。『人民日報海外版日本月刊』の創刊12周年に当たって、朱金諾氏を顧問として招聘した。理事、顧問一堂が壇上に上がり、共に喜びを分かち合った。

朱金諾氏は編集長の蒋豊から顧問の委嘱状を受け取ると、次のように述べた。「この12年間、私は日本の各業界、各地で貴誌が影響力と存在感を増し、社会的信頼性を高めている様子を目の当たりにして参りました。本日はこのように顧問に就任させていただいたことを大変光栄に思います。これからも中日両国の交流・協力、平和友好に微力を尽くして参ります。引き続きご支援を賜りますようお願い申し上げます」。

自民党と連立政権を組む公明党の代表・山口那津男参議院議員から祝電が寄せられ、山口代表は次のように語った。「本年は日中平和友好条約締結45周年の節目の年であります。長年の両国の友好関係を支えてきたのは民間交流であり、とりわけ本日ご参集の企業経営者の皆さまの努力の賜物と言っても過言ではありません。過日サンフランシスコで行われたAPECにおいても米中や日中の首脳会談が実現しました。公明党も明日より党訪中団を派遣致します。日中関係がより一層前向きな方向に進むように力を尽くしてまいる所存です」。

ウィスキー文化研究所の土屋守代表は、上梓されたばかりの中国語版『ジャパニーズウイスキーイヤーブック2023』を手に登壇し挨拶した。土屋代表は日本ウィスキーの発展の歴史及び中国との交流の歴史を振り返り、日本におよそ80あるウィスキー蒸留所の特色を紹介するとともに、本誌スタッフへの感謝の言葉を述べた。『日本ウィスキー年鑑2023』は、土屋守代表によって日本語で執筆・発行され、すでに日本語版と英語版が出版されている。先ごろ、本誌編集部が中国語版の編集を担い、ウィスキー文化研究所より出版された。精美な装丁と洗練された文言による重厚な専門年鑑は、中日両国の経済協力と交流を証明する生きた事例である。

末松義規衆議院議員は国会終了後に会場に駆けつけ、自身が中国に関心を抱くようになった契機は、家族と中国の交流であったと率直に語った。末松議員は大学2年時に、選択科目として中国語を履修し、日中友好の架け橋になりたいとの志を立てた。後に外務省に進み、今も初心を貫いている。

AZ-COM丸和ホールディングス株式会社の和佐見勝代表取締役社長は、『人民日報海外版日本月刊』の呉暁楽発行人と蒋豊編集長の12年間にわたる弛まぬ努力を「気宇広大」の言葉に集約した。そして、二人のロールモデルとしての役割を高く評価し、日本の経営者が二人から学ぶべき点は多いと語った。

乾杯が行われ、歓談の時間に移ると、参加者は情報交換を行ったり、ビジネスチャンスや協力について語らう中、アジア芸術文化促進会会長で、著名な在日アーティストである王文強氏が巧みな変面の演技を披露し、さらには慶事を寿ぐ伝統の獅子舞が躍如として現れ、威風堂々たる舞いを舞い、ゲストを喜ばせた。

「『人民日報海外版日本月刊』創刊12周年記念 日中経営者交流会2023」は各界友人から配慮を賜った。以下に列挙させていただく。株式会社時事通信社の境克彦代表取締役社長、中国国際航空公司の馮力日韓地区社長、一般社団法人日本医療国際化機構の蒋暁松理事長、横浜山手中華学校の張岩松校長、一般社団法人日本華文教育協会の顔安会長、横浜大学の加藤祐三名誉教授、公益社団法人日本中国友好協会の永田哲二常務理事、あすか信用組合の木村弘常務理事、東京ヒルズクリニックの杉浦功修理事長、ベース株式会社の中山克成代表取締役社長、源清田商事株式会社の王秀徳代表取締役社長、ビーワイディージャパン株式会社の王斌プロジェクト推進部長、交通銀行東京支店の陳笑鹿副支店長、SMBC日興証券株式会社の杉田定大顧問、株式会社興和インターナショナルの林立代表取締役社長、カモメツーリスト株式会社の山添翔代表取締役社長、一般社団法人琉球経済戦略研究会の方徳輝代表理事、一般社団法人日本華僑不動産協会の野村昌弘会長、株式会社シーエイチアイの林継夫監査役、零和国際商業創新会の古川拓海会長、T&K株式会社の華思林代表取締役、早稻田言語学院の張平代表取締役、一般社団法人水蓮舞蹈芸術学校の山田愛子理事長、一般社団法人九州華僑華人連合会の奥薩卓瑪会長、JBエナジー株式会社の朝日正雄代表取締役社長、株式会社TAKARAの翁道逵代表取締役、行知学園株式会社の陸洋校長、ZANN CORPORATIONの中村龍道会長、JTMホールディングス株式会社の山田麗華代表取締役社長、日本新華僑実業有限会社の郭均成代表取締役社長、『人民日報海外版日本月刊』社中部支社の鄭興社長。

古越龍山東京事務所が用意した女児紅の馥郁たる香りが漂う。安徽の古井貢酒が盛会に花を添え、続いて青島ビールが振舞われた。日本の友人は「今日われわれは、中国の銘酒を高く掲げながら、沢山の中日経済交流の橋を架けています」と嬉しそうに話した。フィンロジックス株式会社からは300名のゲストに周杰倫コンサートのSSS席チケットの抽選券が贈られ、会場の興奮は冷めやらなかった。

日本のゲストからは、『人民日報海外版日本月刊』のデジタル版を望む声、年度合冊版の製作、四半期ごとの経済動向学習会の開催、地方支社の増設、日本企業家中国考察団の派遣、中国科技創新プロジェクトへの協力を提案する声が寄せられた。彼らは共に『人民日報海外版日本月刊』が新たな輝きを放ち続けることを願い、創刊15周年、20周年、100周年の集いに参加できることを心待ちにしている。

(撮影:呂鵬、郭子川、在日天津同郷会・李振溪会長)